オイルマン部隊③
ケルバブが無残に死亡し、ラホイルは左足首が切断され重傷。
あまりにもショッキングすぎる状況に、インベントは茫然としかけていた。
だが――
「集中しろ!!」
オイルマンの声で我に返る。
(と、とにかく光の攻撃に対処しなければ!)
各自、急遽現れたモンスターに集中する。
モンスターを覆っていた茂みは吹き飛ばされており、悠々と佇んでいるモンスターを視認することができた。
狼が元となったであろうモンスター。
先ほど倒したモンスターと同じく黒い毛並み。
だが鬣は逆立ち青白く輝いている。
インベントはすぐさまユニークタイプモンスターだと思った。
ユニークタイプモンスターは、姿形は同じでもオーラを纏っていて通常の個体より強いモンスターのことだ。
勿論モンブレの世界での話である。
「来るぞ!!」
モンスターが口を開ける。
そうすると光の矢が飛んできた。
「避けろ!!」
オイルマンの咆哮に反応し、各自回避行動をとった。
恐ろしく貫通性能が高い光の矢が五本飛来する。
光の矢は適度に拡散しているものの狙いはオイルマンである。
そしてオイルマンは命令を下す。
「あいつの狙いは俺だ! 全員逃げろ!!」
「た、隊長! 一人じゃ死んじまいますよ!!」
ドネルが叫ぶ。
「うるせえ! ドネル! 俺が囮になる!」
「な、なら俺がアタッカーに……」
「馬鹿野郎!! 新入りが死ぬかもしれねえんだぞ!!
おめえが担いで安全な場所まで走れ!!」
「くっ……りょ、了解!!」
ドネルがラホイルを担ぐ。
そしてレノアがラホイルを治療しつつ並走する。
インベントは切り離された、ラホイルの足を見た。
「……う~ん、一応」
インベントはラホイルの足を収納空間に入れた。
接合手術ができるかもしれないと考えたからだ。
ドネルが「新入り! お前もついてこい!」という。
だがインベントは拒んだ。
「ドネルさんは行ってください。俺はあいつを殺ります」
「ば、馬鹿言うな! ついてこい!」
「断る! さっさと行ってください! ラホイルが危険です!」
「ぐぬぬ……くそ!」
ラホイルを担いだドネルと、心配そうにインベントを見つつもレノアは走り去っていく。
(俺はラホイルを担ぐことなんてできない。
レノアさんのように癒すこともできない
だったら……できることをやるだけだ。
モンスターを……モンスターを倒さなきゃ!)
**
戦況は一方的な状況だった。
モンスターが放つ光の矢を、オイルマンはひたすら躱すだけ。
近づこうにも光の矢が激しすぎる。
逃げることも難しい。
ウルフタイプのモンスターは足も速いからだ。
オイルマンは攻撃防御どちらにも優れた男だが、足が速いわけではない。
「隊長!!」
急な呼びかけにオイルマンはビクりとした。そして振り向き――
「な!? インベント! 何してやがる!!」
「加勢に来ました!」
「ばっきゃろう! お前まで死なせてたまるか! さっさと逃げろ!!」
「ダメです! 一人じゃ勝てない!
俺が囮になれば勝てます。俺が囮、隊長がアタッカーです」
「ば、馬鹿野郎!! あいつの攻撃をお前が捌けるわけねえだろ!」
インベントの急な提案に戸惑いつつも、モンスターの攻撃は続く。
オイルマンは集中力を高め、なんとか回避を繰り返す。
「多分……できます」
「……嘘だろ? うおおおっとと!!」
緊張の中での一瞬の弛緩。オイルマンの頬を光の矢がかすめた。
(俺ならあの矢を防ぐことができる……と思う。
あの矢はとんでもない貫通力がある。
だけど直線で飛んでくるだけだ。
現に――)
「隊長だって避けるだけならできているじゃないですか」
オイルマンは未だほぼ無傷である。
だがオイルマンは力無く笑い、額の汗を拭った。
「……避け切れてない」
「え?」
「俺のルーンは【大盾】だ。文字通り盾、護りのルーン。
小手を【大盾】の力で強化している。だから避け切れなくてもガードできる」
オイルマンは避け切れない光の矢をどうにか小手で防ぎ、どうにか生きながらえている状態だ。
「な、なるほど」
「……ま、ジリ貧だけどな」
インベントはよく見ればオイルマンの顔は汗でびっしょりであることに気付いた。
このままではいずれ終わりの時が来る。
オイルマンは犠牲となり隊員を逃がそうとしているのだ。
「……俺はアレを殺すことはできない。だけど囮ならできます」
インベントはオイルマンの前に出た。
ただの新人。
それも痩せた少年。
だが何故か自信満々な様子に、オイルマンは引き留めることができなかった。
「お、おい! 死ぬぞ!」
モンスターから照射される光の矢は一度に五本。
速いから完全に避けるのは難しい。
(オイルマン部隊長が避けきれて無い時点で、俺が避けるのは無理だ)
インベントは決心し、息を吸い込んだ。
「避けられないけど、防ぐことなら……多分できる!」
インベントは収納空間にモノを入れるためのゲートを開いた。
大きさは直径30センチ。
普段は自分側に向けて開くが、モンスターに向けてゲートを開いた。
「ゲートシールド」
飛来した光の矢をゲートシールドで受け止める。
いや、中に入れてしまう。
(うん、想定通りだな)
光の矢は収納空間に入れることはできない。
出来ないと収納空間が判断したのであろう。
すぐに弾き出し、明後日の方向へ光の矢は飛んでいく。
(跳ね返せれば最高だったんだけど……まあ防げるだけで十分だ)
「部隊長!!」
「お、おう!」
「光の矢は防げます。だけど防いだ矢がどこに飛んでいくかわかりません。
後は上手いことやってください!!」
雑な説明。だが緊急事態でありオイルマンはどうにか理解した。
そして「わ、わかった」とだけ答え、気配を消した。
**
(囮役を買って出たものの、長時間は防ぐことは俺も無理だ)
何せゲートシールドは直径30センチしかない。
真っすぐ飛んでくる光の矢だが、どれを避けて、どれをゲートシールドで受け止めるか判断する時間は極めて短い。
(くそ……怖いぜ!)
そう言いつつもインベントは高揚感を抑えられずにいた。
自分が夢見てきたモンブレの世界にやっと入れたかのような気分だったからだ。
(さて……オイルマン部隊長はどこかに潜んでいるのだろうか……。
というか……俺は囮になりきれているのか?
そもそもモンスターはオイルマン部隊長を狙っていた。
俺は目立つようにしてモンスターの標的になっているけど、未だオイルマン部隊長を狙っている気がする。
このまま、遠くから光の矢をやり過ごすだけではオイルマン部隊長が攻撃するチャンスが作れないかもしれない)
ゲートシールドを駆使し光の矢をなんとか回避しつつもインベントは思い出す。
囮役とはなんなのか?
(タンク――つまり壁役ってのは相手の攻撃を受け止める。
とはいえ俺は防御タイプではなく、回避系……回避タイプのタンクだ。
だけど、相手の攻撃を受け止めるだけではタンクとは言い切れない)
インベントは笑みを浮かべた。
「へ、へへ、っへへへ。
――ヘイトを集めるのはタンクの基本だろ?」
モンブレの世界の記憶が甦る。
タンクと呼ばれる攻撃を受け止める役割には、相手の注意を引き付ける役割もある。
スキル【咆哮】で相手のヘイトを集めたり、軽く攻撃するのも効果的だ。
だがこの世界にそんなスキルは無い。
「……へへへ」
死地に向かうような気分だが、笑みは止まらない。
(これだ…………モンブレの世界のように、ヒリヒリした冒険の記憶だ)
インベントの集中力が増していく。
そして飛来する光の矢をやり過ごしたタイミングで――インベントは一歩前に進む。
攻撃は五本の光の矢。
近づくにつれ攻撃は避けるのが難しくなる。
だが更に一歩進む。
一歩だけだが、やはり怖い。
何せ直撃すれば足首が吹き飛ぶような攻撃だ。
インベントは一歩一歩進むうちに、少しずつ前傾姿勢になり腰を落としていく。
インベントは本能的に、自分自身という的を小さくしたのだ。
モンスターは同じ場所に留まり、同じ間隔で五本の矢を吐き出し続けてくる。
その内インベントに命中するのは多くて三本だ。
三本中避けるものと、防ぐものを瞬時に判断する。
「ぎっ!」
避け切れなかった一本が、インベントの左手を掠った。
ナイフのようにスパッと切れた痛みと、焼き切ったような熱さが一緒にやってくる。
インベントは右手を突き出すようなポーズをとり半身になった。
更に的を小さくするために。
「グルルルル!!」
(ははは、モンスターも怒っているな。
これでこそタンク! ヘイト集め!)
お互いの距離は10メートル。
ここまで近づくとインベントはあることに気付いた。
(こいつの攻撃はワンパターンだ。ただ真っすぐ飛ぶ光の矢を放つだけ。
更に一定間隔で放ってくる。モーションもわかりやすい。
それに距離が離れているときは適度に散らばって攻撃範囲が広かったけど、近づけば近づくほど狙いは一点に定まっていく。
これなら……もしかして)
「ガア!!」
光の矢を放つ瞬間、インベントは左にサイドステップをした。
光の矢は高速でインベントの横を通り過ぎていく。
怖い。だが避けられる。
「へへへ……。何度も見たからな……攻撃モーションはもう読めてるよ」
もう一度――
避ける。いける。避け続ける。
モンスターは怒っている。
(いいね!! さあ次の攻撃をやってこいよ!!)
インベントは調子に乗り、どんどん近づいていく。
モンスターの双眸が怪しく光り、鬣は更に青白く光り逆立つ。
そしてモンスターは……深く沈みこんだ。
(――! しまった! 行動パターンが変わった!?)
気づいた時にはもう遅い。
モンスターを挑発しすぎたため、行動パターンが変わってしまったのだ。
モンスターは飛びかかってきた。