白い絨毯⑥ まさかのジョブチェンジ
騒々しいデグロム追い払った後、ロメロは思考を切り替えた。
ネズミの駆除などやりたいはずがない。
だが一応、かろうじて、大人であるロメロ、御年51歳。
「とりあえず……駆除するか」
「そうっすね」
「うい~」
昨日同様にフラウが中心となり、モンスターの群れを駆除する。
昨日同様にインベントは役立たずだ。
死体焼却の必要性も無くなったため、やることが無いインベント。
と思いきや――
(さあて、準備でもしますかねえ。準備~準備~)
インベントはある準備を始めていた。
ラットタイプモンスター狩りの準備? 違う。
群れを成すラットタイプモンスターを狩ることを完全に諦めていた。
苦難を克服し、努力する気も無い。
完全なる現実逃避。
結果、狩りと関係ない準備をしているのだ。
収納空間をゴソゴソと無表情で弄るインベント。
そんなインベントを心配して声をかけたのはアイナだ。
『ちょうどいいや、インベント』
「ん? なあに? アイナ」
『軽く剣の振り方、軽~く教えてやるから近くにいな。へへ』
「ほ? わかった」
インベントがおかしくなっているのとは逆で、少しずつ本来の前向きで仲間思いなアイナに戻ってきているのだ。
**
『アタシの五メートル以内にいろよ~』
「うん、わかった」
フラウがハルバードで大量虐殺してくれるおかげで、アイナとロメロは撃ち漏らしたモンスターを狩るだけでいい。
よってアイナは狩りのついでにインベントに剣の振り方のレクチャーをしてあげることにしたのだ。
『お前の剣の振り方ってのは、基本的に手で振ってるんだよな』
「う、うん」
『ま、こんな感じかな』
アイナは剣を振い、モンスターの頭部を斬った。
非力なアイナの斬撃では、モンスターを切断するには至らない。
『腕だけで剣を振うと、あんまり威力がでない。
まあ腕力があれば別なんだけどな、おっとっと』
インベントに念話でレクチャーしつつ、飛び込んでくるモンスターの頭部に剣を刺していくアイナ。
『だからな、剣を振うときは――腰の回転!』
アイナは腰の回転から生まれた力を使い、力強く剣を振った。
「おお~!」
『本当は踏み込みとか、タイミングとか色々あるんだけどな。
腰の回転はどんな武器を使うときでも重要ってわけよ。斬るときも突くときもね」
「へえ~腰かあ~」
インベントは楽しそうにアイナの話を聞いている。
アイナは胸をなでおろした。
『腰とか踏み込みとか、脱力とかまあ~色々な要素がある。
そんな色々な要素を天然で完璧にやってるのが、あそこのロメロの旦那ってわけよ』
アイナが指差した先にはつまらなそうにモンスターの首を落としていくロメロ。
死体が綺麗に積みあがっていく。
『ちなみに、あれは真似しちゃダメな例だ』
「え?」
『ロメロの旦那は、努力で到達できないレベルの動きを色々やってっからな~。
真似すれば痛い目に合うぜ~。フラウみたいにな~』
「あ~なるほど」
『ちなみにフラウの動きも真似しちゃだめだな。
あれはルーンの補正が凄すぎて、真似できない部類だ』
ハルバード一振りで、複数のモンスターを屠るパワフルガール。
「う、うん、あれは無理かも」
『とはいえインベントの場合、めちゃ重い剣を振り下ろしたり、よくわかんねえ力使ってるんだよな~。
縮地とか、疾風なんとかとか……まあよくわからねえ動きだしな。
独特過ぎてアドバイスもできねえんだよねえ。てなわけでアタシが教えれるのは基礎だけかな』
念話で饒舌に話しつつも、アイナはモンスターを仕留めていく。
「でもアイナのくるんと回る攻撃も凄いよね~」
『あんなの練習すれば誰でもできる。
アタシみたいな軽量級が威力を出すためには、あれぐらいやらねえとな~』
「へえ~、『俺』にもできるかなあ~?」
アイナはにこりと笑う。
一人称が『僕』から『俺』に戻ったので、少しだけ安心したのだ。
『ま、今度教えてやるよ』
インベント、絶賛リハビリ中。
****
二時間かけてモンスターの群れを殲滅させたアイナ隊。
「はあ、疲れたな」
ロメロは飽きていた。
同じモンスターを機械的に殺し続ける作業にうんざりしてるのだ。
「まだいるんすかねえ……毎日これだとしんどいっすよ」
「あ~、そんな展開考えたくもない! いやだ~!」
ロメロは頭を抱えた。
そんな苛立っているロメロの鼻腔をくすぐる良い香りが。
アイナも気付いた。
「なんだ……このホッとする香り?
てかインベントどこいった?」
インベントはアイナたちから離れた場所で、折り畳みの小さな机を出していた。
机の上には花柄のテーブルクロスまで敷いてある。
「みなさ~ん、お茶ですよ~」
インベントは収納空間からティーポットとカップを取り出していた。
ティーポットの中には飲みやすい暖かさをキープしたお茶。
危険区域内に相応しくない、芳醇な香り。
「おお~、優雅だな~」
うっきうきでロメロはお茶を受け取り、ひと啜り。
「はあ~、癒されるなあ~。ハーブティーか」
「疲れているときにはハーブティーですよ~」
ラットタイプモンスター狩りを早々に諦めたインベント。
開き直って、ラットタイプモンスター討伐中は完全にサポート要員に徹しようと決めたのだ。
「冷たいタオルもありますよ~」
「おお~キンキンに冷えてやがる!」
収納空間は入れた瞬間の状態を保持する。
あらかじめ、良く冷えたタオルを入れておいたのだ。
ロメロは顔にタオルをあてて、「ぷはあ~気持ちいな~」と大満足。
タオルからはほのかにアロマの香りが漂う。
アイナとフラウは大喜びのロメロを見て戸惑っている。
と同時にインベントのホスピタリティの高さに困惑している。
インベントは15歳になるまで、運び屋の父の手伝いをしていた。
嗜好品に関してはそれなりの知見を有しているのだ。
そしてお金持ちとの取引現場に立ち会った際に、執事さんのホスピタリティに驚いた経験もある。
森林警備隊になるまでの経験と、収納空間をフルに活かし、アイナ隊を癒そうとしているのだ。
まあモンスターを狩れないのでヤケクソになっているだけとも言える。
急遽、インベントは『モンスターぶっ殺しマン』から、『森の中の執事』にジョブチェンジしたのだ。
「ほら、おふたりもどうぞ~」
「お、おう」
「い、いただくっす」
お茶を受け取るふたり。
ここでインベントは追い打ちをかける。
「クッキーもありますよ~」
いつの間にかインベントの掌にはお皿に盛られたクッキーが。
基本的に女の子は甘いものに弱いのだ。
「お、いいな!」
アイナがクッキーを手に取った瞬間――
「ふ、ふお? あ、温けえ~!」
「朝、オーブンで少し温めなおしておいたんだよ」
「わ、わたしも欲しいっす!」
「どうぞどうぞ」
モンスターをぶち殺しまくり疲れた体に甘いものは嬉しい。
更にほのかに温かい。嬉しい不意打ちというやつだ。
危険区域のど真ん中。
大量のラットタイプモンスターの亡骸が放置されたすぐ近く。
どう考えても危険な場所で、アイナ隊は幸せな時間を過ごした。
インベント・リアルト。
もしも彼が、モンブレの世界の夢を見なかったら。
もしもモンスター狩りに興味をもたなかったら。
お客様を喜ばせる術に長けた、カフェオーナーにでもなっていたのかもしれない。
凝り性なので美味しいコーヒーを提供する、カフェオーナーに。
こうしてインベントは、カフェオーナーへの道を駆け上っていくのでした。
めでたしめでたし。
続く。




