白い絨毯⑤
アイナ隊はラットタイプの群れを蹴散らした翌日、同じ場所に向かった。
通常、モンスターを殺した後は放置する。
死体は大地に還っていくからだ。
だが今回は数百匹のラットタイプモンスターの死骸が一カ所に集まっている。
放置すれば腐敗し、疫病の原因になりかねない。
アイナ隊が再度同じ場所に出向いた理由は、死体の焼却処理を行うためだ。
「さあ~燃やすぞ~、燃やす燃やす~。みんな燃えちゃえ~」
インベントは笑っている。
だが表情はどこか虚ろで、視線は定まっていないように見える。
『ど、どした? 少年』
アイナは心配し、念話で声をかけた。
「今日は燃やすぞ~。モンスターを燃やすんだ~。
スコップ~、油~、薪~。モンスターを燃やすための道具以外持ってないんだ~」
『お、おいおい。ネズミ以外のモンスターも出るかもしれねえから武器ぐらい持っておけよ……』
「いいんだよ~。僕はモンスターも倒せない役立たずなんだ~。
僕みたいな役立たずは荷物運びをしていればいいんだよ~」
『まあ……収納空間で荷物運びって至極真っ当な使用方法だけどな。
収納空間使ってピョンピョン飛び跳ねるほうが変だしな』
「ははは~、燃やす燃やす~」
インベントはラットタイプモンスターを殺すことができなかった。
昨日は落ち込み溜息も多かった。そして早く就寝した。
そして本日、一人称が『俺』から『僕』に変わった『無気力インベント』になってしまったのだ。
(ま、放置しておけば……というか普通のモンスター一匹倒せば元に戻るだろ)
アイナは楽観的に考えた。
確かにインベントに必要なのは、贄となるモンスターだ。
だがキッカケは、アイナが思いもよらない出来事である。
それは少しだけ先のお話。
****
「おいおい……」
「これは……凄いっすね」
大量の死体を処理するのは大変である。
だが、その必要は無かった。
アイナたちは眼下に広がる光景に目を疑った。
「ね、ネズミがネズミを食ってやがる……」
阿鼻叫喚の地獄絵図と言える光景。
昨日殺したモンスターたちが、新たに発生したと思われるモンスターに食われているのだ。
「ネズミ……燃やさなきゃ……ネズミ……燃やさなきゃ……」
インベントは爪を噛みながら、呪文のように唱えている。
アイナは「だ、大丈夫だからな?」とインベントの手を引きモンスターが見えない場所まで移動させた。
そして「落ち着け~落ち着け~」となだめている。
さてフラウは、
(また駆除しなきゃいけないっすね~)
と考えているとき、ロメロの真剣な横顔を見てドキリとした。
声をかけるのもはばかられるロメロの真剣な顔。
ロメロはモンスターを睨むように観察している。
(このゴミモンスターたちはどこから湧いた?
昨日とほぼ同数……繁殖したのか? どこで? たった一日で?
そもそも繁殖だとすればどのタイミングで成長したんだ? 子供の個体がいるのか?
……クソ。こういうのはデリータの役目だろうが!)
あまりにも予想外な事態にロメロは苛立っていた。
昨日と状況が全く変わっていないからだ。
駆除するだけならばフラウがいる。
だがいつまで続くのかわからない。
永遠に増え続けるのだとすれば、最悪イング王国全土に広がる可能性さえある。
ロメロ・バトオ。
考えるのは苦手ではない。単に嫌いなのだ。
そしてルーチンワークがとにかく大嫌い。二日続けてネズミ狩りなんてうんざりなのだ。
「ハア……どうすっかな」
苛立つロメロ。
そんな時――ボロボロの青年が走ってきた。
「あ、あれ? アイナ隊長。あの子、デロデロさんじゃないっすか?」
「んあ? あ、ほんとだ」
デロデロもとい、デグロム。
左手を右手で抑えながら走ってくる。
デグロムは人がいることに安堵したのか、駆け寄ってきた。
だがそこにアイナがいることに気付き、顔を顰めた。
「なんで……てめえがここにいやがる! アイナ!」
「調査で来ただけだけど。――生きてたんだな」
「アァ!? 死んでて欲しかったのか!? クソが!」
アイナは溜息を吐いて「んなこと言ってねえだろ」と呟いた。
ロメロは少し離れた場所からモンスターの観察をしていたが、チラリとデグロムを見て溜息を吐いた。
ちなみにデグロムからはモンスターたちが見えていない。
もしもモンスターたちが騒ぐデグロムに反応してしまったら、ロメロは実力行使で黙らせる気でいた。
「クソが……! どうにかネズミどもを鹿に押し付けて逃げ切ったが……。
それもこれもテメエがカイルーンに戻ってきたからだ! このポンコツ疫病神が!」
アイナはカイルーンに戻った時ほど、精神的に弱くない。
デグロムの口撃はアイナには効かなかった。
「んなこと言われてもな……どうでもいいんだけど――」
「どうでもいいとはなんだ! この野郎!
この手を見ろ!」
そう言ってデグロムは左手を出した。
左手には小指と薬指が無かった。
「クソネズミどもが食いちぎっていきやがった。
全部てめえのせいだ!!」
支離滅裂なデグロムの発言。
だがアイナは、怒りをぶつけたいデグロムを理解し苦笑いする。
アイナは本来優しく、面倒見がよい。
ポンコツ事件のために、少し性格がねじ曲がってしまっているが。
さて、そんなことには興味が無いアイナを除くアイナ隊の面々。
その中で絶賛苛立ち中、虫の居所がすこぶる悪い男がいた。
「ハア~ア。――五月蠅いガキだ」
「なんだテメエは!」
デグロムはロメロの顔を知っている。
カイルーンでドレークタイプのモンスターが発生した際に、遠巻きながら見ていたからだ。
だがご機嫌斜めなロメロは、対外向けの陽気でスマイリーな『陽剣』では無く、苛立ちで顔が歪んでいた。
雰囲気があまりに違う。そしてデグロムは頭に血が上っている。
結果、まさか目の前に『陽剣のロメロ』がいるとは思えず、気付けなかった。
「好いた女のために体を張ったと聞いたから、思ったよりもマシな男かと思ったが――」
ロメロは剣に手をかけた。
「己の弱さ故の失態を、他人にぶつけるな。――ゴミが」
「なんだと! テメ――!!?」
ロメロは目にも止まらぬ速さでデグロムの頭部を切り落とした。
――かのようにアイナの眼には映った。
実際は【太陽】のルーンの力を纏った剣がデグロムの頭部ギリギリを掠めたのだ。
デグロムの頭皮の一角が刈り上げたかのようになった。そして斬られた髪が風で舞った。
「ひ、ひい!?」
「男が――ぎゃあぎゃあと――わめき――やがって」
言葉に合わせてロメロの剣がデグロムを傷つけないギリギリを通過する。
【太陽】の圧力と、ロメロの圧力にデグロムはガチガチと震える。
だが動いてしまうと死ぬと思い、必死に体を硬直させる。
「失せろ。愚か者めが」
ロメロがゆっくりと剣を仕舞う。
やっとデグロムは気付いた。目の前の人物が『陽剣のロメロ』であると。
「ろ、ロメ……、し、失礼しましたあああああー!」
衣服までボロボロになったデグロムは走り去っていく。
アイナはあまりに滑稽なデグロムを見て、呆れるように笑った。
アイナは肩の荷が下りたような気分になった。
ロメロはアイナのために?
違う。
単に八つ当たりをしただけである。
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