フラウの恋模様②
(遠隔ゲート起動――――落穴空間)
インベントはフラウが攻撃の際に踏み抜こうとした場所に、遠隔ゲートを開いた。
結果、フラウの左足はずぶずぶと収納空間の中に入っていった。
【器】のルーンを持たないものからすれば、収納空間の中に体の一部が入る経験――それも足が入る経験などしたことが無い。
フラウが世界が傾いたと思ってしまったのも無理はない。
落穴空間とは、つまり収納空間の落とし穴である。
「ほお、ほお、ほお、ほおお~!」
ロメロが近づき、穴に落ちたフラウを見下ろす。
フラウは無様な姿を見られ、恥ずかしくて顔が赤面している。
「え、あ、こ、これなんっすか!」
地面に埋まっているように見える自分自身の足を引き抜くフラウ。
負けは明白だ。格好悪い。
先刻まで落穴空間に入っていたが、穴があるなら入りたい気分である。
大好きなロメロの前で醜態をさらした恥ずかしさ。だがそれより辛いのは――
「これなんだ? インベント」
「落穴空間っていう技ですね。
収納空間のゲートを足元に展開して落とす技なんですけど」
「ほっほお~! こりゃあ凄いなあ! こんなの隠し持ってたんだな」
「いやあ……ずっと考えてはいたんですけど、この技って未完成なんですよ」
「未完成?」
「自分から離れた場所にゲートを開くのって結構難しくてですねえ。
狙ったところに開くのは、まあ~できるんですけど、微調整するのは結構難しくてですねえ」
「なるほどなあ~、これロメロチャレンジで使われてたらやばかったかもな!」
「いやいや無理ですよ。フラウさんぐらいわかりやすかったから決めれましたけど、ロメロさん相手にこの技を使う余裕は無いですって」
「ふ~む、そういうものか」
ロメロとインベントの間にはフラウがいる。
だがフラウはいないかのように会話が進行していく。
(な、ナニコレ……なんか……辛いっす)
ロメロに飽きられ、インベントにしてやられたフラウ。
ただでさえ精神攻撃を喰らっているのに、更に追い打ちするかのような無視。
いや無視なんてする気は誰も無い。そんな陰険な人はこのアイナ隊にはいない。
だがインベントもロメロも落穴空間に夢中だ。
「わ、私……ちょっと今日は体調が悪いから、宿で休ませてもらうっす」
「おお、そうか。ゆっくりするといいぞ。しかしインベント――」
ロメロはインベントとの談義に戻ってしまった。
とぼとぼと帰るフラウ。
帰っていくフラウをアイナはいたたまれない気分で見つめる。
「お、おいおい! フラウがかわいそうだろ!」
インベントとロメロは首を傾けた。
「なにが?」「かわいそうなの?」
「い、いや、慕っているロメロの旦那に飽きられ、そんでもってインベントにしてやられちゃったわけよ!?
精神的に、こ~~~~くるだろ? 『うっ』って感じでさ」
「そんなこと言われてもなあ。実際飽きてしまったものは仕方ないだろう」
「な、なんで飽きちゃうんだよ! 『宵蛇』の仲間なんだろ!?」
「まあ、それはそうだが最近のフラウは面白くないんだから仕方ないだろう。
インベントもそう思うだろ?」
「俺はフラウさんのことなんてよく知らないですよ」
「だけど俺の気持ちもわかるだろ?」
インベントは昔のことを思い出して少し笑った。
「まあそうですね。俺も昔同じようなことをしてノルドさんに『タイプが違い過ぎる』って言われたことがあります」
わかり合う変人二人。
「ちょ、ちょっと待てい! 旦那は飽きっぽそうだからまだわかる。
だけどな~んで共感能力ゼロのインベントが、旦那の気持ちがわかるんだよ!?」
若干酷い発言をしているアイナ。
だが気にせずインベントが答えた。
「だって――フラウさんがロメロさんの真似をしてるからだよ」
「ま、真似?」
「足運びとか、剣の振り方とか同じだったでしょ?」
「え……?」
アイナはフラウの戦い方とロメロの戦い方を思い出す。
「ま、まあ確かに……似てる気も……」
「ほとんど一緒だよ。俺、嫌になるほどロメロチャレンジしたからね」
「はっはっは、まだまだやっていいんだぞ?」
「もういいですよー!」
「つ、つまり何か? フラウがロメロの旦那を真似してるから、面白く無いって言ってんのか?」
ロメロは乾いた声で笑う。
「別に真似したっていい。だが俺とフラウでは資質が全く違う。
違う資質で真似なんてすれば歪むだけだ。そもそも……俺の技の弱点を一番知っているのは俺だ。
飽きるに決まっているだろうが」
アイナはぽかーんとした。
そして――
「だ、だったら! 教えてやれよ!」
「何を??」
「真似なんてすんなって言ってやれば良かっただけだろ!?」
「いやいや、そんなこと自分で考えればわかるだろう」
「わかんねえから、こんなことになってるんじゃねえか!」
『改善』
悪いところや足りない点を改めて、よくすること。
ロメロもフラウも改善する意識は高い。
だが二人にとって改善はそもそものアプローチが違う。
ロメロにとっての改善とは、好奇心から始まる。
こうすればもっと面白くなるんじゃないか?
面白いことを思いついたからやってみよう!
そんな好奇心が刺激されたタイミングで改善を行う。
そして思いついた案を習得すれば、もれなくより強く、より深みのある剣士に成長していく。
それに対しフラウはロメロに認められたいからこそ改善する。
ロメロのようになりたいから改善する。
その結果、自然とロメロを模倣しようとしたのだ。
インベントがすぐに真似ていることに気付くレベルに模倣できている。
だが、皮肉なことによりロメロらしくなるほど、ロメロはフラウという存在に飽きてしまう。
努力をすれば良くなるとは限らないのだ。
アイナはもやもやした。
自分自身も心無い発言で傷ついた記憶があるからだ。
そして――
「カイルーンに戻るぞ!」
「え?」
「なんで?」
「フラウを放置するわけにいかねえだろ!」
「大丈夫だろ」
ロメロの能天気な発言。
アイナはさすがにイラっとした。
「うるさい。帰るからね」
アイナはロメロを指差した。
「今はロメロ隊じゃなくてアイナ隊、つまりあたしが隊長なんだぞ?
わかってるか~、ロメロ君!」
アイナはこれまで振り回されっぱなしだったロメロに反撃の一手を食らわせた。
「ははは、こりゃ一本取られたかな」