オイルマン部隊②
ハートフルモンスター討伐ストーリーです(ゲス顔
(と、遠かった……!)
目的地である滝に到着し、インベントは尻もちをついた。
1時間半走りっぱなしでどうにか到着したのだ。
「す、凄い傷だらけね」
レノアが声をかけてくれた。
ただ走っただけで何故こんなに傷だらけになっているのか理解できないのだ。
「ちょっと見せてみなさい」
そう言ってインベントの傷を見てくれた。
そして手をかざす。
「あれ?」
傷が治っていく。
(なんだか気持ちがいいな)
「私は【癒】のルーンなの」
「あ~そうなんですね」
「【癒】持ちで前線部隊に配属される人って少ないのよ。
多少の怪我なら治してあげられるわ。
ふふふ、うちの部隊で良かったでしょ?」
「そうですね……ありがたいです」
無骨な感じのオイルマン隊だが、レノアの笑顔は心の清涼剤となった。
(パーティーに支援役がいるといいよな~。
モンブレでは人気なかったけど、笛で後方支援役とかあったなあ)
レノアは「はい、おしまい」と笑顔でインベントの頭をポンと叩いてくれた。
(しかしまあ……俺なんかより体力凄いあるんだよな~。見かけによらないな)
やはり体力アップは必須だと、インベントは心に誓う。
「ふふふ、でも偉いわね。インベント君にラホイル君、両方ともついてこられるなんて予想外だったんじゃないかしら」
「あ~やっぱりそうなんですね……」
(予想はしていたけど、新人いびりみたいなものだったんだろう。
なんとか頑張って走ってよかった)
「今日は多分、これで終わりだから。
ゆっくりアイレドまで戻ることになると思うわ。命令があるまでしっかり休んでおきなさい」
「了解です」
インベントは水を飲みつつ、体力回復に専念した。
(ふう……ちょっと疲れたのは事実だ。
反発移動は結構疲れるからな)
**
「集合!!」
オイルマンの号令がかかる。
休み足りないもののレノアのおかげで大分楽になっていることを実感する。
急いでオイルマン部隊長のもとに向かった。
「え!? まだ進む!?」
レノアが驚いている。
オイルマンは続けて発言した。
「ああ、もう少しだけ進む」
「で、でもこれ以上は安全区域を越えますよ!」
「そんなことはわかっている。だが今年の新人は優秀だからな。
モンスターの一つや二つ見たいだろう? な?」
オイルマンは笑みを浮かべつつインベントとラホイルに呼びかけた。
新人が否定できる雰囲気ではない。
ラホイルは困り顔で力無く笑っている。
だがインベントは違う。
「モンスターが見たいか?」と聞かれれば全力で「イエス!」と答える男なのだ。
「そりゃあ……まあ見たいですね」
ラホイルは「え?」と驚きの声を上げ、「い、インベント!?」とレノアも声を上げた。
オイルマンは一瞬驚いたが、嬉しそうに笑った。
「ははは、そうだろそうだろ!」
「で、でも!」
「レノアは心配し過ぎだ。安全区域を少し出たぐらいでそうそう危ない目には遭わん。
俺が先行しつつ、ドネルとケルバブは新人をガードだ。
それなら問題ないだろう」
渋々レノアは納得した。
ドネルとケルバブは相変わらずニヤニヤしている。
(う~む……ちょっと不安だ。
不安だけどモンスターは見たい。
好奇心には勝てないね)
**
数分後、辺りの雰囲気が変わったことを新人二人はひしひしと感じた。
だが顕著だったのはラホイルの反応だった。
「ひぃ」
茂みから物音。ラホイルが情けない声を漏らす。
「おうおう、怖いのか~? 新入り~」
「ははは、町から離れれば離れるほどモンスターが現れる可能性は高くなるしな」
「そうだぞ~。安全領域って言ってな。安全領域を越えると危険性は一気に上がるんだ」
「安全領域は俺たちが前線でモンスターを狩ることによって維持されるってわけよ」
ドネルとケルバブがラホイルを煽る。
インベントは横目で見ているが、我関せずである。
(確かに怪しい雰囲気は感じるな。
俺としてはさっさとモンスターに出会ってみたいんだけどなあ……)
ラホイルは木々の騒めきにさえ震えている状態だ。
インベントとしては何がそんなに怖いのかわからない。
さて――
オイルマンが軽く舌打ちを二回した。
それにドネル、ケルバブ、レノアが瞬時に反応した。
インベントはなんとなく理解したが、ラホイルは戸惑っている。
インベントは小声で「警戒のサインだと思う」囁き、指で静かにするように伝えた。
「お、おう」とラホイルは口を手で覆った。
オイルマンは「ウルフタイプだ」と小声で呟く。
オイルマンの視線の先には形状は狼だが、普通のサイズより二回りほど大きい黒い狼がいる。
(うおおお! モンスターだあ!! ダークウルフ!?)
インベントは嬉々としてモンスターを見ている。
今にも涎を垂らしそうな勢いだ。
ちなみにこの世界では基本的にモンスターに名前を付けたりはしない。
狼が元となったモンスターであればウルフタイプと呼び、鼠が元となったモンスターであればラットタイプと呼ぶ。
反対にラホイルはかなりビビっている。
モンブレで何度もモンスターを見て耐性があるインベントとは違い、ラホイルにとっては刺激が強すぎた。
モンスターの迫力に震えていた。
「……やるか」
オイルマンが呟き、ドネルとケルバブはコクリと頷き静かに行動し始めた。
何かをしようとしているのだが、インベントは何をするのか予想できず期待で胸がいっぱいだ。
じっくりと観察を続ける。
ラホイルは三名が離れていくことで更に不安になっていた。
そんなラホイルを気遣い、レノアはインベントとラホイルの手を取った。
「大丈夫だからここで静かに見ていなさい」
インベントは一度頷き、ラホイルは何度も頷いた。
オイルマンは「チチチチチ」と舌打ちをした。
モンスターはオイルマン部隊長に気付き、明らかに敵意のある目つきに変わった。
レノアが「モンスターはテリトリーに入ってきた人間に対して攻撃的なのよ」と補足説明してくれる。
(なるほど、野生動物のように逃げていったりはしないわけだ。――いいね!)
モンスターは、腰をゆっくりと落とし威嚇行動に入る。
対するオイルマンはゆっくりと分厚い剣を抜いた。
クルクルと剣を回し、挑発するようにゆっくりと近づいていく。
じりじりと近づいてくるオイルマンに対し、モンスターが痺れを切らし突進してくる。
対してオイルマンは剣で綺麗に受け止めた。
更に右前足を振り上げ攻撃してくるモンスターの攻撃を、なんと左手でそのまま受け止めた。
(す、すげえ!!)
「来いッ!!」
オイルマン部隊長の咆哮。
直後、ドネルの剣撃がモンスターの左後ろ足を切り裂いた。
続けてケルバブの剣撃が右後ろ足を切り落とす。
体勢を完全に崩したモンスターに対して、オイルマンが脳天を叩き割った。
中々グロいシーンだが、完全にモンスターは沈黙した。
(こ、これがモンスター狩り!! 良い……凄く良い!!)
インベントは高揚している。早く自分自身も狩りをしたくてたまらない気持ちでいっぱいになった。
だがラホイルは吐きそうになっている。
「はっはっは! どうだ新入り!」
オイルマンが高らかに笑う。
ドネルとケルバブもしてやったりな笑顔だ。
「いや~凄いコンビネーションでしたね」
インベントは思った通りのことを口にした。
ビビっているに違いないと思っていたオイルマンは少し驚いた。
「……お、おう。ちゃんと見ていたのか?」
「勿論です。部隊長が壁役になって注意を引いて、ドネルさんとケルバブさんがステルスキルを決めたわけですね」
「す、ステ? な、なんだそりゃ?」
テンションが高まり、ついモンブレ用語が飛び出してしまったインベント。
「あ~、隠れて攻撃したってことです」
「ははは、まあな。俺たちの得意戦法だぜ」
「いや~凄い……これぞ前線って感じです」
インベントは嬉しかった。
モンブレの世界とは少し違うが、冒険っぽい世界に飛び込めていることが。
だが、先輩たちはビビらせる気だったからか、ちょっと当てが外れた感じだ。
逆にラホイルは、顔が真っ青になっている。
「だ、大丈夫? ラホイル?」
レノアに背中を擦られているが「だ、ダイジョウブっす」と言いなんとか平静を保とうとしている。
オイルマン部隊長が「まあ、始めはそんなもんだ」と慰める。
(あんまり感心するやり方ではないが、恐怖心を持たせることは大事なのかもしれないね)
「うっし……そろそろ戻るぞ。新人の歓迎会もやらねえといけねえしな」
「あ、あの」
「なんだ? インベント」
「モンスターの死骸から何か素材を取ったりはしないんですか?」
「んあ? しねえよ。モンスターの革なんて気持ち悪くて使いたくねえしな」
「そ、そうなんですね」
(革もそうだけど、定番の魔石とかは無いのかな……。
そのままにしておくなんてちょっともったいないなあ……。ん???)
モンスターの死骸を眺めていると違和感を覚えた。
そしてあることに気付いた。
「あれ?」
「どうした? インベント?」
「あそこで何か光ったような……」
死骸の先の茂み。何か青白い光に気付いたのだ。
「あん?」と言いオイルマンは眺め――
顔を歪ませ――
そして――
「は、【雹】だ!! 伏せろおぉぉぉぉ!!!」
オイルマン部隊長はインベントを突き飛ばしつつ、レノアに飛びつき地面に押し倒した。
瞬間、青白い光がオイルマン部隊に向けて放射された。
インベントは倒れつつも青白い光が過ぎ去っていくのを見た。
(な、何が起こった!?)
インベントは急いで状況確認を行う。
(レノアさんはオイルマン隊長に押し倒されているが、無傷だ。
ドネルさんも……無傷だけど、なんだ?)
インベントはドネルがニヤついている顔しか見ていない。
そんなドネルが本当に驚いた顔をしているのが印象的だった。
そして――
「あああああああああああああああぁああぁ!!」
インベントは悲鳴に心底驚いた。
ラホイルの悲鳴だ。
「どうした!?」と発する前にインベントは状況を理解し、言葉を飲み込んだ。
いや、言葉にならなかったと言うほうが正しい。
ラホイルの左足首から下が綺麗に切り離されていた。
ラホイルは倒れこみ、恐ろしいほどの出血で叫び声をあげている。
更にケルバブは――
「う、嘘だろ」
ケルバブの顔面、左肩、腹部がごっそりと吹き飛んでいた。
確認しなくても絶命していることがすぐに判った。