小物のさえずり
逃亡を試みたアイナだが、しかたなく宿に戻った。
フラウの「逃げたら殺す」発言が本気にしか思えなかったのだ。
翌朝、宿屋の一階に集まった。
「ふああ~あ、寝みい」
「アイナ、よく眠れなかったの?」
「んあ? まあ……色々あってな」
視界の隅にいるフラウを見るアイナ。
(何事も無かったみたいにボケーっとしてやがる。
見た目通り緩い子かと思ったけど……あの子も『宵蛇』だもんな。
もお~、なんでこんなめんどくさいことに……かったるすぎる~)
「さて、そろそろ出かけようか」
「いきましょう!」
「うっす!」
ロメロ、インベント、フラウはやる気満々だ。
それに対しアイナはやる気ゼロ。睡眠不足も相まって中々酷い顔だ。
「ははは、どうしたどうした~? アイナ隊長~?」
「早くいこうよ~アイナ隊長~」
「どこ行くっすか? アイナ隊長?」
アイナは「うがあーー!」と吼えた。
「隊長隊長言うんじゃねえ!」
**
「で、どこいくの? モンスターいっぱいいるところがいいよね?」
「モンスターがいっぱいいるところがいいわけあるか!
でも行くしかないんだもんなあ~かったる~。めんどくさ~」
アイナは仕方がないので昔の記憶を頼りに出発しようとした。
その時――
「あれあれー!? そこにいるのはアイナじゃねえのお~?」
顔を隠しているのにアイナだと見破り声をかけてくる男性。
明らかに悪意が混じった声だ。
アイナはチラっと見た。
そしてため息交じりに「デグロムかよ」と呟いた。
「やっぱりアイナじゃねえ~かあ~、おうおう久しぶりだなあ~」
デグロムはニヤニヤしながらアイナの顔を物色するように覗きこんだ。
「何の用だよ」
「ははは、つれねえなあ~。同期じゃねえかよ。
二年も失踪してたのに急に戻ってくるなんて驚いたぜえ~」
「あっそ。じゃ忙しいから」
足早に立ち去ろうとするアイナ。
「へえ~忙しいのか? そういやアイナ隊が復活したらしいなあ~!
親父に聞いて驚いたぜえ! なんかよく知らねえけどアイレドから派遣されたとかなんとか」
デグロムはカイルーン森林警備隊総隊長のメルペの実子である。
いち早くアイナがカイルーンに戻ってきたことを聞いていたのだ。
デグロムはインベントたちを見る。
筋肉はついてきたものの未だに弱そうなインベント。
普段はゆる~い雰囲気を纏っているフラウ。
そして顔を隠している怪しいロメロ。
デグロムは大したことのない面々だと判断した。
「まあ、お連れの皆さん気を付けてくださいよお~。
ここ最近カイルーンでは死亡者が増えてるんですから~!
へっへっへ」
デグロムはちらりとアイナを見た。そして――
「それも隊長が『ポンコツのアイナ』ですしねえ~、気をつけたほうがいいですよ~。
あっはっはっは~」
アイナは唇を噛んだ。
逆に、インベント、フラウ、ロメロは全く動じない。
インベントはデグロムの話に全く興味が無い。
楽しいモンスターハンディングタイムを邪魔する、くだらない存在。
ロメロとフラウは、そもそもデグロムという存在に興味が無い。
思ったような反応を得られずデグロムは気まずさを感じ、標的をアイナに絞った。
「ま、まあ。気を付けることだな。
どうせ知らないだろうから教えてやるが、ベルケン隊が全滅したぜ」
「え!? ベルケン隊長!?」
ベルケンはアイナに優しくしてくれた人物である。
デグロムはそのことを知っていたのであえて名前を出した。
「隊全員が忽然と消えちまった。神隠しなんて言われてるけどな。
それによ――ここだけの話、つい最近大物が出たんだよ! クソみたいに素早いドレークでよお~!
斥候だったビホレウ隊とインシニア隊も全滅だ!
でもよお! 『宵蛇』が来たんだぜ?
俺、間近で『陽剣のロメロ』を見たんだ! かっこよかったぜー!」
ロメロは照れ臭そうに頭を掻いた。
よもや目の前に本人がいるとは思っていない。
「ま! 気を付けるんだな。ポンコツ」
そう言ってデグロムは去っていった。
**
少しの沈黙の後、ロメロが話し始めた。
「ん~、彼はなにが言いたかったんだろう?」
「なんかの注意喚起じゃないっすか?」
「そんなことより早くいきましょうよ~モンスタ~~モンスタ~~」
大して気にもしない三名。
アイナは少しだけ気持ちが軽くなった。
ちなみにデグロムが嫌味を言うためにアイナに近づいたことをロメロとフラウは理解している。
インベントは興味が無さ過ぎて話を聞いてもいない。
「それじゃあまあ……行きましょうかねえ」
「お、頼むぞ、アイナ隊長」
「よろしくっす! 隊長」
「アイナ~モンスタ~、隊長~モンスタ~」
アイナは鼻頭を擦り――
「へん! 隊長隊長言うんじゃねえやい!」
といって歩き出した。
**
カイルーンの町を離れ真っすぐ森林地帯を突き進む。
ロメロとインベントが先行し、その後ろを少し暗い顔で歩くアイナ。
気づけば、フラウがアイナのすぐ後ろにいた。
「さっきのやつ、宿からアイナ隊長が出てくるの待ってたっすよ」
フラウがアイナに耳打ちした。
つい数時間前に「逃げたら殺す」と言われているので、フラウを多少警戒してしまう。
だが今のフラウはふわふわとした感じの女の子だ。
ロメロやインベントに比べると、フラウは幾分かまともな人間に思えた。
『サンキュ~、あいつは粘着質なんだよ』
「うお? 念話っすね? なんか耳元で囁いてるみたいな念話っすね~」
『ははは、ポンコツ念話だよ。ほれほれ行くぞ~』
アイナ隊の面々はアイナの過去に誰も興味を示さない。
気にされないことが一番ありがたいと思うアイナだった。
(てかまあ、ロメロ隊になんて入らなきゃこんな目にも合わずに済んだんだけどな~。
ス~パ~かったるいぜ~)




