今夜は月が綺麗ですね。だから殺しますよ?
『宵蛇』の分隊であるロメロ隊は現在四名。
『宵蛇』のロメロとフラウ。
そしてインベントとアイナ。
ロメロ隊は今、カイルーンの町に向かい10名乗りの高級馬車を貸し切りにしている。
御者も優秀なふたりを雇った。ふたりとも【騎乗】のルーンを持つ。
【騎乗】のルーンはその名の通り騎乗能力が向上するルーンであり、悪路でも安定した運転ができるようになる。
カイルーンまでは馬車で三日かかるが非常に快適な旅路なのだ。
だが一名。頭を抱えている人物が。
「ど、どうしてこうなったあ!?」
アイナ・プリッツ18歳。
ロメロ隊に入りたくもないのに入隊させられ、絶対行きたくないのにカイルーンに連れていかれる少女。
「うう~……行きたくねええ」
「どうしたのアイナ? お腹痛いの?」
「痛くねえ! カイルーンにだけは行きたくないんだよ!!」
一般的に、女の子がこんなに嫌がっていた場合――
「どうして行きたくないの?」とか「大丈夫?」なんて言葉をかけてあげるものである。
一般的ならば。
「へえ、そっか」
インベントはま~ったく興味を示さなかった。
「興味持てえ! カイルーンは私の生まれ故郷なの!」
「あ、そうなんだ」
仕方なく勝手に話すことにしたアイナ。
「二年前にアイレドに逃げてきたのに……なんで戻らなきゃいけないんだよお」
「犯罪でもしたの?」
「す、するか! 興味持ったと思ったら犯罪者扱いすんじゃねえ!
森林警備隊が嫌になって逃げてきたの!
カイルーンには二度と戻らない予定だったのにい……」
アイナはカイルーンで生まれカイルーンで育った。
そして15歳でカイルーン森林警備隊に入隊する。
上背は無いが剣に愛された女の子。
刺突系の細身の剣を扱わせれば右に出るものはいないぐらいの才を持つ。
そしてルーンは【伝】。
【伝】のルーンは念話を使うことができるようになるルーンである。
森林警備隊で【伝】のルーンは非常に重宝される。
役割としては司令塔タイプの隊長職として。
隊長職は二つのタイプに分けられる。
自分自身が最前線に立ち隊員を引っ張る武闘派タイプ。
もう一つは隊員に的確な命令を出しつつ主に後方から戦う司令塔タイプ。
アイナは剣の才能と【伝】のルーンを持つため、武闘派と司令塔のどちらもこなせる隊長になれると期待されていたのだ。
だが、アイナには欠点があった。
周囲が求めるような隊長にはなれない致命的な欠点があった。
結果、アイナは期待されるような隊長にはなれなかった。
そして隊長失格の烙印を押され、失望されたアイナ。
だから――アイナはカイルーンから逃げ、アイレドにやってきたのだ。
**
カイルーンに到着したロメロ隊の四名。
「ねえ……おかしくないですか?」
いつもは非常識なインベントだが、今回に限っては非常に常識的な発言をした。
「む? 何がだ?」
「どこがだよ?」
反応したのはロメロとアイナである。
ロメロとアイナは頭部に布を巻きつけ、頭髪と顔の一部を隠している。
四名中二名がまるで盗賊のような恰好をしているわけだ。
「俺は顔が割れているからな。こうでもしないと人が集まってしまうんだよ」
ロメロは有名人である。
『陽剣のロメロ』は伊達じゃないのだ。
インベントはアイレドで何度も握手を求められているシーンを目撃している。
「わ、私も顔が割れてるから! バレたらかったる~いことになっちゃうの!」
インベントとフラウは首を傾げるが、まあ仕方ないと思い宿へ向かった。
****
翌日――
「それじゃあ行ってくる」
ロメロはカイルーンの森林警備隊本部に向かった。
目的はカイルーン森林警備隊の総隊長メルペに会うためだ。
ロメロ隊がカイルーン周辺で自由に動く――もとい自由にモンスターを狩ることができるよう許可を貰いに。
本来ならば、森林警備隊の規律を乱すような許可は貰えないが、ロメロは自信満々だった。
「総隊長の確か……メルペさんは俺のファンなんだよ。ははは。
それに俺たちが最前線でモンスターを狩れば森林警備隊の負担も減るだろ?
お互いに利益しかない。はっはっは。まあ吉報を待っていたまえ」
ロメロが自信満々に言った。
だからフラウはなにも問題ないと思い、自主練に励むことにした。
インベントも、大丈夫だろうと思い収納空間の調整に励んだ。
アイナは……なんとも言えぬ不安感を覚えていた。
**
昼過ぎてロメロが帰ってきた。
「待たせたね」
にこやかに帰ってくるロメロ。交渉が上手くいったのは明らかだった。
「どうでしたか!?」
「はっはっは、問題無しだ。
俺たちの隊は基本的に自由に動いていいってさ。
必要な物資や情報があればなんでも言ってくれってことだし、駐屯地にも話を通しておくってさ」
「おおー! すげえ!」
「ただ……ちょっと困ったことがあってな。
まあ、大したことではないんだが。
『ロメロ隊』って名前がよろしくないって話になってな」
「名前ですか?」
インベントは理解できていないが、アイナとフラウは理解していた。
「『陽剣のロメロ』の隊なんてこれまで無かったっすからね」
「そりゃあまあ、いきなりそんな隊ができたら目立っちゃうわな。かったる~」
「へえ」
インベントにとって目立つ目立たないは関係ない。
そんなことより早くモンスターを狩りたいのだ。
ロメロチャレンジは楽しかったものの、やはり新鮮な生きたモンスターには勝てない。
「ということで……隊の名前は『アイナ隊』になったぞ」
「ぶっふうううーーー!! ば、馬鹿かー!!」
アイナは盛大に噴き出した。
「そういえばメルペさんが心配していたぞ。
なにも言わずにカイルーンを去ったそうじゃないか?」
「むぐぐ、か、関係無いだろ」
「理由は知らんが、心配してくれている人にはちゃんと挨拶しにいったほうがいいんじゃないのか?
まあどうするかは任せるが、元々アイナは隊長だったらしいじゃないか。
だったらアイナ隊を復活させて、俺たち三人が隊員になるのが一番だろ?
そうすれば俺の名前をださないで済むしな~。
いやはや完璧だな。はっはっは!」
「か、勝手すぎる! このおっさん勝手すぎるう!」
「あ、ということはアイナが隊長ってことになるな。
ははは、よろしく頼むよ! アイナ隊長」
スーパーマイペースなロメロが、アイナ隊を復活させてしまいましたとさ。
めでたしめでたし。
****
後日談ならぬ、その夜談。
みんなが寝静まった夜、窓から空を見ていると……とても月が綺麗でした。
アイナはお金だけをポケットに忍ばせて宿を出た。
(こんなかったるいこと、やってられるか!)
ただでさえ帰りたくなかったカイルーン。
いつの間にか隊長をさせられそうになっている。
(あんなド変人と一緒にいたらどうなるかわかったもんじゃない!
てか変人と変人が一緒にいるんだからどうしようもないっての!)
アイナは寝静まった懐かしの町を歩く。
(朝一の馬車でどこかに行こう。
アイレドはまずいか……。王都方面に行こうかな)
月明かりと過去の記憶を頼りにとぼとぼと歩くアイナ。
「――なにしてんすか」
アイナはビクリとした。
こんな時間に話しかけられるとは思ってもいなかったからだ。
「あ、アンタは」
物陰から出てきたのは、フラウ・ファイテンだった。
「な、なにって」
「こんな時間にお出かけってことはないっすよね?」
「そ、そりゃあ……まあ」
アイナから見たフラウの印象は、『宵蛇』に似合わないふわふわした女の子だ。
フラウが一歳年上ではあるものの、変人二人に比べれば扱いやすそうなタイプに思えていた。
だがアイナはピリピリとした殺気に近いナニカを感じていた。
「まあ……今日の朝までに帰ってくるならオッケーっすけどね」
「え? あ、ああ。そ、そうだな」
フラウはスタスタとアイナの横を通り過ぎていく。
「――もしも」
「へ?」
「逃げたら……多分殺されますよ?」
あまりにも物騒な言葉にアイナは絶句した。
(な、なんで殺される? 意味わかんね!?)
フラウは話を続ける。
「ロメロ隊ってのは、イレギュラーっすけど『宵蛇』の分隊っす。
まあ、ロメロさんがいる時点で『宵蛇』ってことっすよ」
アイナは困惑している。
「『宵蛇』から抜けるなら、正式な手順で抜けないと……裏切者扱いっすよ?
裏切者は死あるのみ。っすよ」
フラウの茶色い髪が月明かりに照らされ、まるでおとぎ話の獣人のように見えた。
フラウの中に眠る獣を垣間見たアイナ。
「それじゃあいい散歩をっす」
アイナは思ったよりも関わってはいけない人たちに関わっていることを痛感した。
そして――
「そ、そもそも正式な手順で入隊してねえよ!」
行き場のない怒りは闇に消えていった。
ちなみに、仮に逃げても殺されません(笑)
単にフラウの思い込みです。まあアイナにとっては災難ですが人生そんなもんですよね。
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