翻弄の序曲
「ううう~あんまりだあ~、ロメロチャレンジに関わらなければあぁぁ~。
そもそもインベントなんかと仲良くしなければあぁ~」
ロメロ隊に無理やり配属されて涙するアイナ。
可哀そうなアイナ。
そんな彼女を慰めてくれる心優しい男性が……いるわけない。
「はっはっは、まあ三人になったし隊っぽくなったな。
もう一人ぐらい人員が欲しいところだなあ~」
ロメロはマイペースだ。
アイナは隊員になったので、次のことを考え始めている。
ちなみにロメロはモテる。
だが典型的な釣った魚に餌をやらないタイプだ。
釣り終わったアイナに餌を与える気はないのだ。
「あと一人か~、モンスター狩り要員には探知が出来る人が欲しいですね~」
インベントはいつも通りだ。
アイナが同じ隊になろうがなるまいがどうでもいい。
モンスターをとにかく狩りた~~い。
「なるほどな。探知要員か」
「ロメロさんって探知できたりしないんですか?」
「全くできないな!」
「幽結界を拡げたりとかできないんですか?」
「無理無理。あれは四メートルが限界なんだ。
そもそも探知目的の技じゃあないんだよ」
「う~ん……それじゃあ探知要員を探すしかないですねえ」
「ふむ。探知といえば【人】持ちか」
【人】のルーンは周囲の状況を把握できるルーンだ。
インベントが望むような危険区域にガンガン進入して、モンスターを狩りまくるスタイルにはもってこいのルーン。
ただし非常にレアだ。
「【人】のルーン持ってるやつなんて余ってねえよ。ボケ~、ボケ~」
涙声のアイナが、キレ悪くツッコミを入れた。
「ん~そうだなあ~。【人】のルーンはどこの隊でも重宝されるからなあ~」
「だったらノルド隊長みたいに、【馬】とか【猛牛】持ちの人ですかね」
【馬】や【猛牛】のルーンは動物的な勘を持つことができる。
だが、ノルドのように正確にモンスターの位置を把握できるのはごく一部である。
長年の経験があるからこそ備わる特殊能力といっていいだろう。
「ふ~む、ノルドのことは知っているが彼ほどの探知能力を持ったやつは見たこと無いなあ」
「あ、知ってるんですね」
「まあ昔、色々あってな。というか『宵蛇』にスカウトしたんだけど断られた」
「へえ~」
アイナは顔を歪めた。
(サラッと結構すげえ話をしてるんじゃね?
ノルド隊長って、『狂人』なんて呼ばれてたけど、超凄かったんだ。
てかインベント、『宵蛇』に興味なさすぎじゃね?)
インベントは『宵蛇』に興味など無い。
インベントが興味あるのは……以下略。
「あ、ラホイルを呼びましょう」
「ん? 誰だいそれ」
「ラホイルっていうのは俺の同期なんですけど、【馬】のルーンでノルドさんから探知のやり方を教わってるんですよ」
「ほほう! いいじゃないか」
ラホイルがいないところで盛り上がる二人。
だがラホイルは未だ傷心中である。
立ち直るにはもう少しの時間が必要だ。
もしも今、戦闘馬鹿のロメロ率いる『変態』ならぬ『変人二人の隊』に強制入隊させられると、ラホイルの精神は崩壊してしまうかもしれない。
そんな危機は偶然回避されることになる。
一人の女の子がスタスタと歩いてきた。
インベントとアイナは、知らない女の子が近づいてきたので誰だろうと首を傾げる。
いやインベントは知っているのだけど、誰だったか思い出せずにいた。
「――ロメロ副隊長」
「……ハア。どうしてお前がここにいるんだ? フラウ」
フラウ・ファイテン。
『宵蛇』一番の下っ端だった19歳の女の子。ロゼが入隊するまでは最年少だった。
ロメロに憧れ『宵蛇』に入隊したフラウ。
フラウはロメロの背後から近づき声をかけるがロメロは振り向かず応えた。
「ちゃ、ちゃんと隊長の許可はとったっすよ!」
「デ……――隊長が許可を出したのか?」
デリータと言いそうになるが、念のため隊長と言い直すロメロ。
「はい!」
「だが……ダメダメ! 俺はインベントと遊ぶんだからな」
「い、嫌っす! ロメロ副隊長がいないんだったら『宵蛇』にいても意味無いっす!!
それにそいつがロメロチャレンジに成功したら、私にも褒美をくれるって言ってたっす!」
インベントを指差すフラウ。
「ん? そうだったっけ?」
「言ったっす」
「そうだったかな」
「言ったっす」
「う~ん……じゃあ仕方ないか」
アイナは、ロメロチャレンジの手伝いをほとんどしていないフラウに対し、図々しい女だと思いつつもツッコム元気も無かった。
こうしてなぜか『宵蛇』のフラウ・ファイテンがロメロ隊に入隊することが決まった。
ラホイルの話題はいつの間にか忘れ去られてしまった。
アイナと違い、変人の渦に巻き込まれず済んだのだ。
**
「よ~しロメロ隊のスタートだ。いやあ~小隊を率いるなんてワクワクするなあ!」
ロメロは一人はしゃいでいる。
見た目は若いが、実年齢は51歳のおっさんである。
「この隊って何するんっすか? ロメロ副隊長」
「良い質問だな! フラウ。
この隊は、モンスターを狩って狩って狩りまくる隊だ!」
一人歓声をあげるインベント。
ゲッソリしているアイナ。
ぽかーんとしているフラウ。
「活動拠点はとりあえずアイレドにしておこうか。
インベントは大型モンスターを狩りたいみたいだし、情報があれば狩りに行こう。
まあ依頼があればどこにでも行こうと思うけど、それで構わないかな?」
「うおおー! 最高です!」
喜ぶインベント。
「嫌です。家で引きこもりたいです」
泣き言を言うが無視されるアイナ。
もうあの頃には戻れないのだ。
倉庫の片隅でサボっていた日々を思い出すアイナ。
「あ、隊長からの伝言を忘れてたっす」
フラウが『宵蛇』の本当の隊長であるデリータからの伝言を思い出した。
「ん? なんだ?」
「カイルーンに行って欲しいとのことっす」
カイルーンの町。
アイレドから馬車で三日かかる町。
アイレドで紅蓮蜥蜴が発見されたタイミングとほぼ同じタイミングでドレークタイプの大型モンスターが発生したカイルーン。
イング王国南端に位置し、国境沿いでもあるためアイレドと同じく国防面で重要な町である。
それゆえカイルーン森林警備隊も中々の精鋭揃いだ。
そして――アイナ・プリッツの故郷であり、絶対に帰りたくない場所でもある。
フラウの言葉を聞き、アイナの顔がこの世の終わりのように引きつった。




