幕間 サグラメント孤児院の兄妹喧嘩② おや? ロゼの様子が?
ヤドンが好きです。
「俺から一本取ったら、ロメロチャレンジに推薦してやる」
そう言われたロゼは、提案に乗ることにしたのだ。
レイシンガーの案に乗るのは癪なのだが、ロメロチャレンジに参加するための唯一の道だからだ。
「本当にロメロチャレンジに推薦してくれるのね?」
「一本取れればな。ま、お前にできるわけねえがな」
「相変わらず……自信満々なんですわね」
「ハハッ! 俺ほど謙虚な奴はいねえっての。
実力差がありすぎるんだよ。も少し自分の無能さを知れよ」
ロゼはヘラヘラしているレイシンガーを睨みつける。
レイシンガー・サグラメント、26歳。
サグラメント孤児院が生んだ本物の天才。
15歳で森林警備隊に属さず、そのまま『宵蛇』入りした神童。
レアな【束縛】のルーンを持ち、触手の扱いも天性の才を持っていた。
18歳の時点で『妖狐』と呼ばれるようになり、各地の森林警備隊を中心に名を轟かせることになる。
戦い方が目立つのは、『炎天狗』のホムラと似ている。
「ま……同じ孤児院のよしみだ。
お前がいかに弱いかわからせてやるよ」
レイシンガーは触手を出した。
ロゼのように複数の触手ではなく、たった一本の触手。
「――ッ!」
ロゼは息を飲んだ。
想像していたよりも圧力が凄まじいからだ。
(レイ兄さんの触手は何度か見た記憶があるわ)
ロゼは幼少期、10年以上前の記憶を呼び覚ます。
どんな場所にもくだらないことで他人を陥れたり、虐める人間はいる。
ロゼも孤児院で養われているという理由だけで虐められた経験がある。
仲間を引き連れてロゼひとりを虐めていた大柄の少年。
たまたま通りかかったレイシンガーは両手をポケットにしまったまま触手で吹き飛ばした。
幼いロゼは臀部から発生した太い触手を見て、まるで尻尾のようだと思った。
(レイ兄さんが『妖狐』と呼ばれるようになったのもすぐ合点がいきましたわ。
そう……兄さんの触手はまるで尻尾。大型生物の尻尾のようでしたもの)
イング王国の南部に位置する、オセラシア自治区には化け狐の言い伝えがある。
『巨大な狐が、人間に化けて嘘つきな子を食べる』そんな子供向けの童話。
レイシンガーの二つ名『妖狐』はイング王国ではあまり知られていない童話から名前をもらっている。
名は体を表すとも言うが、レイシンガーの触手はまるで妖狐の尻尾のように猛々しい。
「どうした? 怖気づいたか? ダセえな」
「うるさい!」
ロゼは剣を抜いた。
模造刀ではない。愛用している剣だ。
そして触手を展開する。
10本の触手を足元から生やす。
「本気で殺すつもりでこい。紛い物と本物の差をわからせてやろう」
**
レイシンガーチャレンジは一方的だった。
「オラ!」
レイシンガーが触手を乱暴に振るうと、ロゼは簡単に吹き飛ばされた。
「ぐうう!」
ロゼは触手を使いどうにか受け身をとるが、圧倒的なレイシンガーの触手。
速く、重く、鋭い。
(ど、どうにかかいくぐらないと!)
ロゼはフットワークを駆使し、どうにかレイシンガーに接近を試みる。
(避けてから――突撃よ!)
振り上げられているレイシンガーの触手。
近づけばすぐに振り払う準備ができている。
ロゼは接近し攻撃を誘った。触手が振り払われるのを待った。だが――
(え? こない?)
ピタっと止められている触手。
避けることを見越して、フェイントをかけられたのだ。
「バァーカ」
「くうう!」
タイミングを外し、振り払われる触手。
ロゼは剣で防ぐ。
防ぐのだが――
「きゃあ!」
触手は剣に巻き付き、ロゼの剣を奪い取った。
そしてロゼの腹部を殴るように触手が攻撃する。
「ゲホ! ぐうう!」
レイシンガーは剣を投げ返した。
「弱ええ弱ええ。ちゃんとやれよ」
「ちゃ、ちゃんとやってますわよ!」
「ハハハ、まだ元気だな。しっかし弱いな。
剣の腕はまあまあだが【束縛】の使い方酷すぎるぜ。
あんまり失望させんなよ」
****
インベントがロメロチャレンジを行なっている間、ロゼは毎日レイシンガーチャレンジに挑み続けた。
インベントは試行錯誤を繰り返しロメロチャレンジに挑んでいた。
ロメロとの戦いは無理ゲー感はあったもののインベントは楽しさも感じていた。
さてロゼはどうかと言えば、インベント同様試行錯誤は繰り返していた。
レイシンガーの行動パターンはシンプル。来たものを吹き飛ばす。
だがシンプル故に攻略が難しい。
それに攻撃の読み合いはレイシンガーに軍配が上がる。
ずば抜けた他人を観察するセンスを持つレイシンガーに対し、ロゼは素直すぎた。
奇策や嵌め手は通じない。
ロゼは何度も何度も大怪我しない程度に吹き飛ばされた。
それもレイシンガーは容赦なく、顔面を攻撃してくる。
むしろ執拗に顔面を狙っているといってもいい。
そして口撃で追い打ちを喰らう。
毎日ボロボロになるロゼ。
医務室で【癒】を使ってもらい回復はさせてもらうが、体のアザがすべて消えるわけではない。
医療班のメンバーがドン引きするぐらい、日ごとボロボロになっていく15歳の少女。
打ちのめされ、嬲られ、罵倒される。
心も体もボロボロになっていく。
だが、ロゼは折れなかった。むしろ燃え上がっていく。
「アイツ……絶対殺す」
『宵蛇』に入りたいから頑張ろうなんて思いは数日で消え去っていた。
今、彼女を動かしているのは、レイシンガーをとにかく殺したいという強い思い。
「殺す。顔面をぐちゃぐちゃにしてやるわ」
憧れだった男、レイシンガー・サグラメント。
サグラメント孤児院の希望の星。
だが憧れはとうの昔に消え去った。
雑念が消えていき、日増しにレイシンガーを殺したいという思いだけが膨らんでいく。
その思いの強さに応じてロゼの攻撃は鋭くなっていく。
それでも天才レイシンガー・サグラメントには届かない。
(何が足りない!? どこを削ればいい!? これ以上どうしようもないわよ!!)
今日もダメだった。
今の自分ができる最大限をやっても、届かないことに苛立つロゼ。
目は血走り、誰も声をかけられないオーラを纏う。
よろよろとアイレドの町を歩き、家に戻るロゼ。
すれ違う人はロゼの風貌に驚いているが、ロゼは他人を気にする余裕も無かった。
**
「懲りずに来たか」
余裕綽々のレイシンガー。
「――フウ」
昂りすぎているロゼ。
深呼吸をしてどうにか呼吸、体、そして心を整える。
「そろそろ……レイシンガーチャレンジも終わりだ。
あと数日で『宵蛇』はアイレドを去るからな」
「そう」
レイシンガーは嗤う。
「しかしまあ、やっぱりお前はダメだな。才能無えよ」
「――」
言い返したいが、実力差がありすぎる。
ロゼは歯ぎしりした。
「辞めちまえよ。おまえみたいな中途半端な奴がいると周りが迷惑する。
仲間も隊長もお前のせいで死ぬ。ぜ~んぶお前が悪い。
森林警備隊なんて辞めてもっと楽な仕事につけよ。
お前――顔は悪くねえんだ。娼館で働いたらどうだ?
客として行ってやるぜ? へへへ」
噛んだ唇が切れて口の中に血の味が拡がる。
(もうだめだわ。コイツ殺すわ)
ロゼの中で何かが弾けた。
目の前の生物を殺すためだけに、自分の身体も心も【束縛】のルーンに委ねた。
死んでも構わない。だからレイシンガーを殺そうと決意した。
「――死ね」
レイシンガーチャレンジの開始ではない。
ただの死闘が始まる。




