レッツ、ロメロチャレンジ!⑦
(あれじゃまともに動けないだろう)
インベントは全身甲冑で身を固めている。
甲冑の重さは40キロ近い。
インベントの貧弱な肉体ではゆっくり歩くことさえ難しい。
(プレートメイルなんて……久々に見るな。
ふふふ、戦争を思い出すなあ。あれは……楽しかった)
ロメロは笑う。
(ただ……プレートメイルってのは視界も悪いからな。
よく見えてないんじゃないのか……?)
インベントの纏っている甲冑は、板金を重ね合わせることで関節部分であっても簡単には刃が通らない構造になっている。
目の部分も細長い隙間しかない。
実際、インベントの視界はかなり狭い。
**
遡ること10日前――
「な、なんだとお? 一番重い鎧が欲しいだとお~!?」
インベントが頼ったのは、インベントの父であるロイド・リアルトだった。
久々に帰ってきたと思ったら、わけのわからないオーダーをする我が子。
「お金持ちな人が持ってたよね。あの全身覆うような……」
「ああ……プレートメイルだな。
戦時中に使われていたから今では使われてもないし、造られてもおらんのだ。
今じゃあ骨董品扱いだし……かなり高価だぞ?」
「う~ん……お金かあ。これで足りるかな?」
インベントは全財産を出した。
「んなああ!?」
インベントは森林警備隊一年目とは思えない額を父の前に出した。
何せインベントが所属する森林警備隊の前線は、後方支援に比べてはるかに給金が良い。
死の危険があるから当然と言えば当然だ。
更にオイルマン隊では光の矢を吐き出すウルフタイプの討伐。
そして紅蓮蜥蜴はAランクの大物であり、参加者には特別給金が支払われる。
結果インベントは小金持ちなのだ。
「これで買えるかなあ?」
「う、うん。か、買えるね。し、しかし……なぜそんなものが必要なんだ?」
「ちょっと……新しいことに挑戦したくってね」
「あ、新しいことだとお?」
ロイドは目を輝かせた。
(プレートメイルと言えば贈答用だ。
ま、まさか!? この子森林警備隊で商売をやっているんじゃ!?
そ、そうに違いない! でなければこれほどの大金を得られるわけが無い!
よ、読めたぞ!? この子……どこか大きな商売相手を見つけたんだな!?
その相手が……蒐集家なんだな!?)
「ふ、ふふふ、ふふふ! 任せろ!! 我が子よ!」
「おお!」
「最高級のプレートメイルを持ってきてやる!
いつまでに欲しい!?」
「できれば急ぎで」
「了解した!」
ロイドは己の人脈を総動員し、プレートメイルを探した。
そして五日後、素晴らしいフルプレートをインベントに届けたのだ。
最高級のプレートメイル。
恐ろしく重厚感のある一品。
インベントはたいそう喜んだそうな。
(父は嬉しいぞ。商売人を目指す我が子の助けになれたことが!)
ロイドはよもや高級プレートメイルをインベント本人が着用しているとは夢にも思っていない。
**
プレートメイルを手に入れてからインベントはたった一つのことを練習していた。
それは縮地だ。
(甲冑の重量は40キログラム。
俺の体重は最近筋肉がついて61キログラム。
甲冑を着た俺の体重はおおよそ100キログラムだ。
100キロバージョンの縮地。それができれば絶対に勝てる)
インベントはフルプレートを身に纏いひたすら縮地の練習をした。
100キログラムのさまよう鎧ならぬ、さまようインベントがガシャガシャ音をたてながら、ピョンピョン飛ぶ様は異様な光景だ。
アイナは変な噂がたたないように、人気のない場所で練習させた。
インベントは文字通り寝食忘れて、縮地を一からやり直していた。
何せ縮地は繊細な技である。
体重58キログラムだったインベントが、正確に狙った三メートル先に超高速移動する技。
体重が増えるごとに多少の微調整をしなければならない技だ。
収納空間からの反発力を完璧に扱い、着地まで万全を期して成功する技なのだ。
フルプレートを纏ったことで一番の問題は、着地時の衝撃だった。
速度を変えず跳ぶことはできても、着地時の衝撃はフルプレート分増大する。
その衝撃に耐えれるほどインベントの肉体は頑丈ではない。
何度も転ぶ。
何度も足を痛める。
だが足を痛めても医務室には【癒】のルーンを持つ人がいる。
スピードは落とさない。
着地は衝撃を分散させる術はある。
着地の角度とタイミングだ。練習すればいい。
そして体得したのだ。
パワー系の縮地。剛・縮地を。
**
(重いし……暑い……けど!! これで決める!
フルアーマーXX版! 剛・縮地!!)
ちなみに『フルアーマー』は装備をごてごてに盛った際によく使われるモンブレ用語。
『XX』はなんとなくカッコいいから命名した。
剛・縮地を使い、フルプレートを纏ったインベントが想像以上の速さで急接近する。
(おほおお……これは思ったよりも凄いな)
ロメロは縮地のスピードには慣れている。
だが、スピードは変わらずとも鉄の塊のようなフルアーマーXXスタイルから繰り出される剛・縮地は縮地とは全く別物だ。
無機質な鉄の塊が恐ろしい速さで接近してくる圧力は尋常ではない。
またフルプレートは視界が悪いが、ロメロもインベントの視線が見えない。
視線が見えないことが、無機質さに拍車をかけている。
さてロメロは驚きはしたものの幽結界内に入った瞬間、すぐさま対応した。
これまでであれば、優しく幽結界の外に追い出してきた。
だが――100キログラムを超える超重量のインベント。
それに対しロメロが持つのは木剣だ。
どれだけロメロの剣術、肉体が優れていたとしても押し返すことはできない。
剣がもたないのだ。
鎧の隙間を縫って攻撃しようにも、ほとんど隙間が無い。
――結果。
「むう!? ええいままよ!」
剛・縮地で急接近してきたインベントを木剣で受け止めてみるが、武器が保たないと判断しロメロはすぐに剣を引いた。
そして後退しつつ回避行動をとる。
ロメロが後退する様を見た『宵蛇』の面々は驚いた。
特にロメロの弟である『月光剣』のピット・バトオと、フラウ・ファイテンは驚きを隠せない。
(兄が引くなど……初めて見た!!)
(ろ、ロメロさんが後退したあ!? 私でもできた事ねえっすよ!?)
ロメロには卓越した剣技がある。
そして幽結界に侵入してきたら即時に反応できる。
基本的にはカウンターで全て対応できるロメロ。
そんな彼が後退する光景は非常に珍しいのだ。
かといってロメロは勝ちを譲る気は無い。
(フルプレートの場合……脇、股間が狙い目だ。
転ばせて……いや……どうやって転ばせる?
というよりもこれはロメロチャレンジだぞ。
いかに俺がスリルを味わうためにやっているのに?
俺は彼を戦闘不能にすることを考えさせられている? 追い詰められている?
くっふっふ。面白いなあ……面白いよ!)
ロメロにいつものような余裕はない。
だが幽結界から追い出すことはできなくても回避して攻撃することはできる。
フルプレートに攻撃を防がれるとしても、装甲の薄い部分を攻撃しダメージを与える事はできる。
華麗な足運びと剣技でインベントの攻撃を受け流しすり抜ける。
そして間髪容れずに首回りや関節部分に鋭い突きや斬撃を見舞う。
(痛たたた。ほんと凄いな……この人!)
インベントは「フルプレートと言えば、ランスか剣!」とのことで剛・縮地で接近しつつ、都度都度収納空間から空間抜刀し剣を使用している。
だがフルプレートは可動域が頗る劣悪であり、単調な振り回ししかできずにいた。
ロメロを後退させることには成功しているし、フルプレートのお陰でダメージも少ない。
ただ決定打が無い。
このまま継続すれば先にへばるのはインベントだ。
何故なら彼の足はジワジワと踏ん張りがきかなくなっている。
フルアーマーXXスタイルで重量を増やしたため、剛・縮地の着地の反動は倍増している。
本来ならば剛・縮地だけで決めてしまいたかった。
(……相打ち狙いでどうにかなると思ってたけど仕方ない。アレを使う)
インベントは一旦呼吸を整えた。
(チャンスは一回!)
インベントは剛・縮地を使い、再度ロメロの幽結界内に侵入する。
収納空間から剣を空間抜刀し、斬りかかる。
当然の如くロメロは回避する。
(想定通り。そして攻撃が来る)
ロメロは逃げない。
絶対に攻撃してくる。
ただ回避するなど、彼はしない。
逃げは恥。絶対強者の生き方。
インベントの視界からロメロが消える。
それも想定内。
フルプレートの視界の悪さでは彼の動きを捉えるのは困難だからだ。
(剣――収納完了)
インベントは手に持っていた剣を収納空間に入れた。
そして次の武器の準備をして――待つ。
ロメロの攻撃を。
そして来た。
後頭部に衝撃が走る。
待っていたこの時を。
(ロメロさんの木剣の長さは一メートル! つまり今、ロメロさんは俺の二メートル以内に絶対にいる!)
収納空間は二メートルの立方体だ。
つまり収納空間に入れる事ができる武器は最長二メートル。
否!
収納空間に斜めに入れれば二メートル以上の武器が入る。
更に対角線に入れれば、最大√3×2メートル。つまり3.5メートル近い武器も入れることが可能なのだ。
普段は使わない。収納空間の整理が難しくなるからだ。
だが出し惜しみして勝てる相手ではない。
インベントは万全を尽くしているのだ。
インベントが選択した武器は、棍棒だ。
イング王国の豊富な木々の中でも一番硬くしなやかなアークウッド。
アークウッドから切り出した棍棒。
アイナに無理言って、通常ではありえない3.5メートルの棍棒を用意してもらったのだ。
(3.5メートルの棍棒と俺の腕の長さを合わせれば四メートル!
四メートルが俺の間合い! ロメロさんは絶対範囲内にいる!
I・フィールド内にいるはずだあああ!!)
インベントは収納区間内の棍棒を水平に持ち、収納空間から少しだけ引き抜く。
すぐさま引き抜いて空いた収納空間の一角に砂を移動させる。
そして棍棒で砂を思いっきり押しこむ。
生まれる反発力。
反発移動? それとも縮地? ――否! 否!!
インベントはこれまで収納空間から発生する反発力を主に移動に利用してきた。
だが、今回は違う。
(『加速武器!!』)
反発力によって収納空間から高速で飛び出す棍棒。
インベントは両手でガッチリ掴んでいるが、勢いは凄まじい。
すっぽ抜けて飛んでいきそうになる。
だが、棍棒は持ち手の部分に滑り止め対策をしっかり施している。
あとはインベントの握力次第なのだ。
「んぎぎぎぎいいい!!!」
ノルドに握力を鍛えるように言われてきた。
インベントは愚直に握力強化を行い、握力は向上している。
彼方に飛んでいきそうな棍棒をなんとか握りしめる。
水平方向に持った棍棒は、インベントを軸に高速で回転する。
インベントは超重量のフルプレートを装着しているため、軸としての安定感はハンパない。
フルプレートを纏っている故、視界は悪い。
そして高速回転しているため視界は最悪に。
それでも構わない。
(絶対に当たるはず!!
この攻撃をもしも避けられるとすれば……ノルド隊長だけだよ!)
ロメロはアイレド最強である。
だがノルドのような動物的な勘は無い。
超スピードで後退することもできない。
ロメロは反応するだろうが回避できないはず。
そう信じていた。
そして――
――パキン
木剣が折れる音がした。
視界不良の中、幽壁でインベントの攻撃を防御するロメロの姿を見た。
フルアーマーXXインベント。
ロメロチャレンジを勝利。
実は、ガンダムそこまで詳しくないです!