オリエンテーション
■森林警備隊
インベント達が住んでいるアイレドの町は、周囲が森林に囲まれています。
森林警備隊はアイレドの町の平和を護るお仕事です。
モンスターが町に入ってこないように町の周辺を警護したり、街道沿いにモンスターが発生していないかチェックし、場合によって排除します。
モンスター殺戮集団ではありません。
インベントはアイレド森林警備隊に入隊が決まった。
今日は新人入隊者向けにオリエンテーションが行われる。
アイレド森林警備隊本部の一室に今年の新人たちが集められた。
インベントは部屋を見渡した。
(思ったより少ないかな)
一室に集まったのは20名。
インベントは入隊試験を受けた人数の割には少なく感じた。
それもそのはずでインベントが感じているよりも森林警備隊は狭き門なのだ。
今年の入隊志願者は184名。
インベントが受けた入隊試験は、前線部隊の入隊試験であり試験を受けたのは108名。
そして合格したのが14名。残り6名は後方支援部隊として入隊した。
(それにしても……女の子が多いな)
インベントは周りに気取られないように観察すると、半数は女性だった。
インベントが参加した入隊試験の際は、ごく少数しか女性はいなかった。
遠距離攻撃部隊と後方支援部隊希望の人たちは別日に試験を行なっていたからだ。
そして弓の扱いが上手い【弓】のルーンは女性に多い。
よって思った以上に女性が多いのだ。
さてオリエンテーションの前に、配属先の希望を紙に書いた。
配属先は大きく分けて三部隊。
一つは後方支援。
物資の輸送や配給、救護活動など裏方がメインの仕事。
次に周辺警備部隊。これは町や駐屯地の周囲を警護する部隊だ。
基本的にモンスターは人が密集している場所には近づいてこない。なので安全性が高い。
そして前線部隊だ。
前線部隊は町から離れ、場合によってはモンスターを狩る部隊である。
インベントは迷わず『前線部隊』と書いた。
モンスターを狩りたいインベントにとっては前線部隊以外の選択肢など無かった。
ただ、前線部隊は一番人気が無い。
理由は簡単で危険だからだ。場合によっては死の危険がある。
ちなみにその分給金が高い。
席に座っているとドアが開き、図体の大きな男が入ってきた。
談笑していた面々はすぐに押し黙る。
なぜなら入ってきた男は額に傷があり、歴戦の戦士といった感じの風貌だからだ。
部屋の空気がピリピリとした。
「あ~ゴホン。俺はデストラーダだ。
最前線で日夜、アイレドの平和を護っている」
渋い声でデストラーダは話し始めた。
ちなみにオリエンテーションをデストラーダが担当するのは毎年の恒例となっている。
新人は浮かれている場合が多いので、きっちりと気持ちを締めるためにも強面のデストラーダが選ばれているのだ。
「よし……まずは希望する部隊ごとに席を替えろ」
前線、周辺警備、後方支援。
希望する部隊ごとに固まって座るように指示された。
インベントが希望する前線部隊を選んだのは三人だけだった。
「前線の希望は……お前たち三人か。顔を合わせることも多いだろう。よろしくな」
デストラーダは控えめに笑った。
インベントも愛想笑いで反応する。
(しかし……六割が周辺警備、三割が後方支援で、前線三名だけか~。少ないな~)
モンスターを狩ること以外興味が無いインベントからすれば、前線以外を選択する人たちの感覚がわからないのだ。
不思議そうに周りを見ていると、デストラーダがこちらを見て――
「おお、君が噂の神童か」
「へ?」
インベントは自分が「神童」と呼ばれたと思いドキリとした。
だがすぐに自分の後ろに座る女性が「神童」と呼ばれたことに気付いた。
「バンカース総隊長が、『今年はすげえやつが入るぞ』って言っていたぞ」
「……そうですか」
インベントの後ろに座る女は、ロゼ・サグラメント。
赤黒く少しウェーブした髪に切れ長の瞳。
身長が170センチ近くあり背筋はピンと伸び、腕組みをしている。
近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのは、彼女自身が気安く他人に関わられたくないと思っているからだ。
ロゼは興味なさげに反応する。目立つことが嫌いなのだと判断したデストラーダは――「まあ、よろしくな!」と言い何もなかったかのようにオリエンテーションの流れに戻っていく。
オリエンテーションでは、森林警備隊として注意すべき内容や、年間スケジュールを伝えられた。
そして最後に、モンスターに関しての説明が行われた。
「これからモンスターに関しての説明をするぞ。
後方支援のやつらにはあまり関係が無いかもしれんが、しっかり学んでおいてくれ」
インベントは顔を輝かせた。
「そもそもモンスターとはなんだ? よし、お前答えてみろ」
インベントが回答するように促された。
インベントは「はい!」と応えつつも――
(モンスターとは……なんだろうか??)
実はインベントはモンスターを見たことが無いのだ。
夢の中ではたくさんの凶悪なモンスターを見てきたインベント。
そして現実世界でもモンスターがいることを父から聞いて知った。
だが森林警備隊がしっかり警備しているため、一般人はモンスターを目にすることは少ない。
よってインベントはこの世界のモンスターに関してよく知らないのだ。
父からは「モンスターはとにかく近づくな。もし遭遇したら逃げろ」とだけ言われている。
「え~っと……危険な生物です!」
「そりゃあ……まあそうだが……もっと具体的には無いのか?」
「具体的に言えば……」
モンブレの世界のモンスターは嫌というほど見てきたインベント。
同じようなものかな? と思い――
「モンスターは……巨大な生物で……炎とか氷の息吹を吐き出す魔獣ですかね」
デストラーダは「……は?」と言い眉間に皺を寄せる。
「あと、素材を落としますね。
モンスターの素材は強力な武器や防具になります!」
部屋中がシーンとした。
その後ザワザワしだした。
「お前……モンスターを見たことはあるのか?」
「いえ、ありません」
インベントが痛い子としてみんなから注目されている。
デストラーダはこれはマズイと思い――
「そ、そうか。あれだなご両親がモンスターに近づけないために誇張して教えていたんだな、ははは」
「そ、そうかもしれません」
デストラーダは強面だが、犬好きな心優しいおっさんなのだ。
デストラーダは仕切り直し――
「簡単に言うと、モンスターは動物が突然変異した個体だと言われている。
化けネズミを見たことがある者は多いんじゃないだろうか? たまに町でも見かけるしな。
最近の研究だと、ルーンが暴走した動物ではないかと言われている」
ルーンの暴走と聞いて、皆がザワザワしている。
モンスターが動物の突然変異であることは大半の面々は知っている。
だが、ルーンの暴走に関しては最新の情報だからだ。
「これは極秘情報だが、みんなにも危機感を持ってもらうために話す。
数年前に八人の隊員が一匹のモンスターに殺された。
そのモンスターはゴリラが変異したタイプだった」
ゴリラが変異したモンスターと聞いて、インベントはモンブレの世界にもゴリラっぽいモンスターがいたことを思い出した。
そして一人ワクワクしだした。
「そのゴリラ型……まあ俺たちはコングタイプというんだが、コングタイプの動きは素早かった。
というかモンスターはベースとなる動物より大きく、そして素早い。更に特殊能力があった。
それはな――拳が光ったんだ」
皆、騒めいた。
拳が光るモンスターに関しては、森林警備隊の面々以外には極秘情報であり誰一人知らない情報なのだ。
巨大なゴリラを想像し、不安になっている者が多い。
一名、興奮しヨダレを垂らしそうになっている男もいるが……。
「その光の拳は盾や……人間の身体も簡単に吹き飛ばした。
あれは本当に悲惨な戦いだったよ。俺の友も死んだ」
皆が静まった。
光の拳。つまり防御不可な攻撃をするモンスターがいたのだ。
「イング王国の精鋭部隊が来てくれたおかげて討伐はできたが、かなりの被害が出てしまった。
恐らくゴリラは【太陽】のルーンを持っていたんだと思う。
俺も実際には見たことが無いが、【太陽】は防御できない攻撃ができるらしい」
インベントは一人ワクワクしていた。
(個体ごとにスキルが異なるなんて滅茶苦茶面白いなあ!
しかし……ルーンは色々あるが俺も10個ぐらいしか知らない。
ルーンに関しても勉強しないといけないかもしれないな)
デストラーダは危機感を持ってもらうために話したが、インベントは一人嬉々としていた。
とはいえデストラーダの話は効果てきめんであり、その場の空気は重い。
「ハハハ。だが安心しろ。基本的にモンスター討伐で命を落とすことは無い。
森林警備隊は集団で行動するしな。チームワークで討伐すればいいだけだ」
モンブレの世界では複数名で一体のモンスターを討伐するのが基本戦術だ。
チームで討伐と聞いて、インベントはテンションが上がる。
「とにかくモンスターには注意すること。
そして先輩や隊長の命令は絶対厳守するように」
オリエンテーションはこうして締めくくられた。