レッツ、ロメロチャレンジ!①
ノルドが死んだことを知り、動揺が隠せないロゼ。
「い、インベント」
「ん?」
「あ、あなたはノルド隊長が……亡くなったことを知っていたの?」
「うん。なんとなくね」
素っ気なく答えるインベントにロゼは――
「あ、あなた! 悲しくはないの!?」
「まあ……悲しいけど。仕方ないよ」
「な、何が仕方ないのよ!! 隊長が死んだのよ!?」
「モンスターを狩ってるんだから、死ぬことはあるよ」
インベントの返答に困惑するロゼ。
ロゼがインベントに対して求めたのは悲しみの共感だからだ。
「あ、あなた何を言ってるのよ! モンスターとノルド隊長は関係ないでしょう!?」
「モンスターの命を奪ってるんだから、自分自身の命が奪われることだって当然のことでしょ?」
「そ……そういうことじゃないわよ……。隊長が……亡くなったのよ?」
無機質に感じるインベントの発言にロゼは悲しさが溢れた。
大切な人の死。
孤児であり両親を知らぬロゼにとって、ノルドの死は人生で初めての大切な人を亡くす経験だった。
ノルドと関わった時間はそれほど長くないが、色々なことを教えてくれた大切な隊長。
ロゼは零れる涙を抑えきれない。
「ううぅ!」
ロゼはその場を立ち去った。
部屋から出ていくロゼをメイヤースが追う。
部屋の中は静寂に。
「インベント君」
静寂を破ったのは、『宵蛇』副隊長であるロメロだ。
「はい」
「君は、随分達観した死生観を持っているんだね」
「そうでしょうか?」
「ふふ、成人したての少年とは思えない落ち着きだ。
まるで――たくさんの人の死に触れてきたかのような」
ロメロの発言にインベントは笑った。
「ははは、そうかもしれないですね。
よく夢の中で人が死んでるんですよねえ~」
「ほう……夢か」
インベントにとっては死は日常茶飯事だ。
大型モンスターに挑み、人間は一瞬の判断ミスでいとも簡単に死んでいく。
勿論モンブレの世界の話である。
インベントはモンブレの世界の夢を絶えず見続けてきた。
モンスター狩りの楽しさを知っていると同時に、モンスター狩りで死ぬことも受け入れている。
つまりインベントの死生観はかなりズレている。
「……ふふふ。面白いな君」
「そうですか?」
「ああ、非常に興味深いね。
唐突だけどさ、インベント君には何か欲しいものとかあるかい?」
ロメロの発言に『宵蛇』の面々はざわついた。
「欲しいものですか?」
「そうだ。例えば…………『宵蛇』の入隊資格とか」
「いえ、別にいらないです」
「ハハハ! 即答か! いいね! でも何かあるだろ? ほら、欲しいもの」
ロメロが何を求めてインベントに質問をしてくるのかわからない。
だが欲しいものを考えてみるインベント。
そして答えはすぐに出た。
「モンスターを狩る権利――かな」
「ほお」
「好きな時にモンスターを狩りに行ける権利。そんな権利があれば欲しいですね」
ノルドが亡くなってしまった以上、ノルド隊は無くなる。
毎日モンスター狩りに行ける幸せな隊が無くなってしまうことがインベントにとっては一番の非常事態なのだ。
「ハッハッハ! こいつは面白い! そんな意味の分からない望みは初めてだ」
「そうですか?」
ロメロは笑う。
「うん……いいね。よ~しロメロチャレンジを久々にやるぞ!」
「……へ?」
「説明しよう! ロメロチャレンジとは、この俺から一本でもとれたら勝ちっていうゲームだ」
突然説明を始めるロメロ。
『宵蛇』の隊員たちは呆れている様子だ。
「期間は……そうだな一か月ってところかな!
その間に俺から一本とればインベント君の勝ち。そして勝ったら俺ができることならなんでもしてあげよう!」
「ほほう」
インベントは『宵蛇』をよく知らないが、『宵蛇』の副隊長であるロメロの提案に興味を持った。
『毎日モンスターを狩る権利』が得られるかもしれないからだ。
「そうと決まれば出発だ! フラウ! ついておいで!」
『宵蛇』で一番若い女性隊員のフラウは「ええ~!?」と言いつつ立ち上がった。
「ほら! インベント君も行くぞ!」
「は、はあ」
ロメロはフラウとインベントを連れて出ていってしまった。
ここにロメロチャレンジがスタートする。
****
会議室のその後――
「い、行ってしまいましたね」
バンカースは突然の事態に茫然とした。
ロメロチャレンジのため三人が出ていったため、会議室に残ったのは『宵蛇』のメンバー七名とバンカースだけ。
「うむ。ロメロは思いついたら動いてしまうタイプでな、申し訳ない」
ホムラは頭を下げる。
バンカースは150センチしかないホムラが頭を下げると、本当に小柄だなあと実感した。
「まあ、会議の目的は大方果たせた。
ロゼさんには少々キツイ時間になってしまったが、しっかりとフォローはするので安心してほしい」
「そ、そうですか」
事前にホムラから「多少厳しく話を聞くかもしれない」とは聞いていた。
もはや『多少』のレベルではなかったのだが。
「ちなみに今後の話をさせていただきたいんだが、先に何か聞きたいことはありますか?」
バンカースは「う~ん」と言う。
考えたフリをしているが、本当はどうしても聞きたいことがあった。
「すみません。一つだけ聞きたい」
「なんだろうか?」
「あの……どうして……アイレドに来るのがこれほど遅かったんでしょうか?」
バンカースは机の下で拳を握りしめていた。
もしも『宵蛇』がもっと早く来ていたら、被害はほとんど出なかったであろう。
それぐらい『宵蛇』の実力は突出している。
来てくれたことに関しては感謝しつつも、どうしてもっと早く来てくれなかったのか?
その点に関してはどうしても不満が残っている。
「ふむ……」
少し間が空いて――
「到着が遅れたことは申し訳なく思っている。
ここからの話は極秘だが……バンカースさん。あなたには聞く権利があるだろう」
「伺います」
「カイルーンの町を知っているかな?」
「え、ええ。カイルーンって言えばアイレドから馬車で三日かかる結構大きな町ですよね?
行ったことは無いですけど、カイルーン出身の奴は結構いますから」
「実はカイルーンからも『宵蛇』に対して出動要請があった」
「え?」
「信じられない話だが、ほぼ同じタイミングで出動要請が入ったのだ。
ドレークタイプの大物の討伐依頼がね」
「は? いや、そんな……」
「私たちは迷った。アイレド、カイルーン。どちらもドレークタイプの大物。
アイレドでは炎を吐くタイプだったが、カイルーンではすさまじく身体能力の高いタイプだった。
どちらも危険だとは思ったが……総合的に判断しカイルーンの討伐を優先させてもらった」
バンカースは唖然とした。
「ば、馬鹿な!
大物なんて年に一回出ればいいほうだ。
それが全く同じタイミングで現れたってことですか? あ、ありえない……」
「こちらも驚いている。
だが……やはりアイレド森林警備隊は優秀だった。
被害は出たものの一匹は撃破してくれた。二体目がいたなど信じがたいことだったがな」
「く、くそう……なんでこんなことに!」
バンカースは歯ぎしりする。
「代わりと言ってはなんだが、『宵蛇』は一か月アイレドとカイルーン周辺を警備させていただく予定だ」
「え!?」
「何か特殊な事情があれば出動するかもしれんが、是非当てにしてほしい」
「そ、そりゃあ助かります! 隊員たちも喜ぶでしょうし!」
「ふふふ、それは何よりだ」
****
会議室のその後のその後――
「お疲れ様、ホムラ」
バンカースが退席し、会議室には『宵蛇』の面々だけが残っていた。
そして隊長であるホムラに対して声をかけたのは――デリータという男。
二つ名は無く、普段はできるだけ気配を消している優男。
「あ、デリータさん。お疲れ様でしたあ!」
ホムラは今までのキリっとした表情を思いっきり崩していた。
ホムラは『宵蛇』隊長という仮面を脱ぎ捨て、本来の28歳の女の子『ホムラちゃんモード』になる。
「悪かったね。悪役を任せてしまった」
今日の会議、ホムラにできるだけ高圧的に話させたのはデリータである。
また、ホムラが判断に困る場面では、デリータが念話を使い指示を出していた。
デリータのルーンの内一つは【伝】であり、念話が使えるのだ。
レイシンガーがロゼを執拗に攻めた際も、デリータはあえて続けさせた。
『宵蛇』の面々が誰一人表情を崩さなかったのは、デリータが止めなかったからだ。
デリータが問題無いと判断すれば問題が無い。
『宵蛇』の隊員は全員、心の底からそう思っているのだ。
「全然大丈夫で~す! 慣れてますからね。
でも良かったんですか~? レイは暴走するし~、ロメロさんはどっかに行っちゃうし~」
レイシンガーは「ほっとけ」と呟く。
デリータは優しく笑いかけた。
「ははは、問題ないよ。
インベント君もロゼさんも良い方向に進むはずさ」
「まあデリータさんが言うなら間違いないですねえ~」
「しかしまあ……インベント君はちょっとどうなるかわからないな」
「あ~。あの不思議ちゃんですか」
レイシンガーが下品に笑いながら話に参加する。
「ハハハ、ありゃあ大物っすよ。ロメロさんが目をつけるのもわかる。
ロメロさん、『宵蛇』に入れるつもりなんじゃないっすか?」
「私はちょっと気味悪かったですよ~。15歳って感じじゃなかったし」
「だけど空を飛べるってのはデケえ。
マジで星天狗の再来だ。そうでしょ~? デリータ隊長?」
デリータはにこりと笑った。
『宵蛇』の本当の隊長は、デリータなのである。
だがデリータはとある理由で自分自身が隊長であることはひた隠しているのだ。
「ま、どうなるかな。
それよりも……君の後輩も気になるけどねえ」
レイシンガーは「はっ! あんな出来損ないはダメですよ」と吐き捨てた。
「ははは。さあてどうなるかな」
全てを見透かしたようなデリータの冷めた笑い声が会議室に響いてすぐに消えた。