サヨナラ
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三章終わりです。
濃紺のドレークタイプモンスターが佇んでいる。
その視線の先には紅蓮蜥蜴の亡骸があった。
ドレークタイプのモンスターの表情は無機質であり、表情から感情を読むのは難しい。
だが森林警備隊の面々は直感的に気づいていた。
濃紺のドレークタイプモンスターは同胞の死を悲しんでいることを。
そして――――激怒したことを。
「き、気を引き締めろお!!」
バンカースが叫ぶ。
だが……森林警備隊の面々は疲労困憊だった。
紅蓮蜥蜴を倒すために全力だったからだ。
緊張の糸は切れていた。
紅蓮蜥蜴を討伐する大仕事を完遂させ、勝利の美酒にでも酔いたい場面。
森林警備隊の面々からすれば「二匹目なんて聞いていない」だ。
絶望、諦め。
緩んだ身体は動かない。
だがそんなことをモンスターは待ってくれなかった。
ブシュ。
濃紺のドレークタイプモンスターは一番近くにいた隊員の顔を吹き飛ばした。
紅蓮蜥蜴はそれほど素早くなかったが、今度のモンスターは素早い。
つまり……逃げられない。
下手すれば全滅する。
「全体!! 逃げろ!!」
バンカースの下した命令は撤退だ。
だがバンカース本人は――
「オラア!! 来いや!!」
モンスターの前に仁王立ちするバンカース。
モンスターは躊躇なく前足を振り払った。
ドゥン――
攻撃をまともに受け止めたバンカースは微動だにしなかった。
両腕を揃え、小手で防ぐ。
バンカースのルーンは【保護】である。
【大盾】には劣るが、防御力の高いルーンだ。
小手を幽力で覆い、モンスターの攻撃を防いだのだ。
「どりゃあ!!」
防御と同時にバンカースは刀を抜いた。
新月剣。
バンカース専用の細身の刀。
耐久力が無く、モンスター討伐向けの性能ではない。
だが【保護】のルーンで新月剣の耐久力を上げ、切れ味と耐久性を両立させている。
バンカースの鋭い斬撃は、モンスターの身体を斬り裂く。
だが――
(再生……か?)
傷がみるみるうちに塞がっていく。
紅蓮蜥蜴は弱めの幽壁と再生能力だったが、濃紺のドレークモンスターは再生特化といったところだろうか。
「チッ! クソがあ!!」
バンカースはモンスターからの攻撃は的確に防ぎ、合間を縫って攻撃も繰り出す。
ディフェンダーとアタッカーを一人で担っている状況だ。
獅子奮迅。
そんな状況を隊員たちは、どうしていいかわからず立ち竦んでいる。
だが、バンカースは振り向く余裕も無い。
そんな時――
「テメエら!! さっさと撤退するぞ!!」
叫んだのはノルドだ。
この中でバンカースの意図を一番理解していたのはノルドだからだ。
騒めくがノルドは躊躇なく叫ぶ。
「とにかく散り散りになって逃げろ! 総隊長命令だぞ!!」
隊員たちはバンカースの戦う様を見つつも、一人、また一人と戦場を後にする。
皆、わかっている。
バンカースが死を覚悟して戦っていることを。
戦場にはバンカースとモンスター。
少し離れてノルドと倒れているインベント。
そしてノルドがその場を離れないことを心配しているデストラーダが残っていた。
「ノ、ノルド!? どうした!?」
デストラーダが叫ぶ。
デストラーダはノルドと同期である。
ノルドはバンカースの戦いを眺めていた。
(パッとしねえ奴だと思っていたが、やっぱりバンカース。お前は本物だ。
身を挺して隊員を逃がすことを躊躇なく選択しやがった)
この場所にいた中で、バンカースの意図を一番理解していたのはノルドだった。
何故ノルドがバンカースの意図を一番理解していたのか?
それはノルドも同じことをしようと考えていたからだ。
だが……一歩遅れたのは倒れているインベントが目の前にいたからだ。
(コイツを逃がすことを考えて躊躇しちまった。
森林警備隊の中で……あのバケモノをどうにかできるのは……俺かバンカースだけだ。
どうにか……って言っても時間稼ぎぐらいだけどな)
ノルドはデストラーダを見た。
覚悟した男の眼。
「お、おい。ノルド?」
「すまんが、このガキを頼む」
ノルドはインベントを抱え上げた。
そしてインベントの顔を見た。
その表情は、八年前、妻と娘を亡くした時に失った夫であり父である男の顔だった。
ノルドはバンカースを見た。
(二分ぐらいは……保つか)
再度インベントを見る。
「……意識があるのかわからねえが、言っておく」
「言っておく」と言ったものの、何を話すか決まらない。
数秒の沈黙の後、「あ~そうだな~」と言いつつ鼻で笑うノルド。
「ハッ。今後のアドバイスの一つでもしてやろうかと思ったが、お前には特にアドバイスは無いな。
よくわからねえ動きばっかりしやがって。
合わせるこっちの身にもなれ。ハハハ。
ま、お前みたいな奴は中々理解されにくいかもしれねえな。
みんな仲良しこよしが大好きだからなあ、ハッハッハ」
無口な男が楽しそうに話している。
そんな様子を不気味に思いながらデストラーダは眺めている。
「ま。不用意に誰かと群れる必要は無えよ。群れれば人間、緩むし鈍る。
だから…………そうだな。クックック」
(人に言えた義理じゃねえがな)
「理解者は大事にしろよ。
おめえみたいな変人の理解者はどうせ少ねえだろうからよ。
数少ねえ理解者は大事にしやがれ。ま、俺からできるアドバイスはそれぐらいだ。
あ~……後はそうだな。ロゼとラホイルのことも言っておくか――――」
****
バンカースは不退転の決意でモンスターと対峙していた。
全ての攻撃を受け止める。
隊員を逃がすために。
防御の合間に無理にでも攻撃を挟む。
モンスターに他の隊員のことを忘れさせるために。
(俺が……贄だ! 不満か!? このトカゲ野郎!!)
「オラアアア!!」
バンカースの斬撃がモンスターの首に傷をつけた。
と同時に再生していく。
「クソ……が」
バンカースの装備は新月剣と大太刀が二本。
だが新月剣と大太刀一本はすでに破損し使い物にならない。
そして最後の一本が――――折れた。
「ケ……仕舞いだ。バカヤロウ」
モンスターの攻撃をどうにか小手で防御するが、足が踏ん張らず吹き飛ばされる。
(あ~あ……終わりだわ)
吹き飛ばされたバンカースは、立ち上がることを諦めた。
後はモンスターに殺されて終わり。
(最後に……総隊長らしいことができた気がするぜ。
しかしよお……次の総隊長は誰がやるんだよ。さすがに後任の育成なんてやってない。
というか俺も急遽総隊長に決まったっけな。ははは、まあなんとかなるもんだよな)
「寝るには早いぜ、バンカースよお」
「?」
「ま、後は頼むぜ」
バンカースは目を開けるとノルドが立っている。
「ノ、ノルドさん?」と呟くと、いつも通りのノルドの笑顔だった。
ずっと昔、ただの森林警備隊の先輩だった頃の、『狂人』になる前のノルドの笑顔。
ノルドは跳ねた。
そしてモンスターの眼球を斬る。だがすぐに再生する。
「こっちに来な。トカゲさんよお」
ノルドはゆっくりとその場から立ち去っていく。
方角はアイレドの町の反対方向だ。
モンスターは追いかける。
鬼ごっこが始まる。
だがノルドの足はもう限界が来ていた。
「はっはっは、鬼さんこちら。死が来る方へ」
森の中に吸い込まれていくノルドとモンスターを見ながら、バンカースは「ノルドさん!!」と叫んだ。
バンカースの咆哮が森林の中に虚しく吸い込まれていった。
ここまでで三章終わりですが、アイレド森林警備隊編が一区切りとなります。
次章からは、色々な事に巻き込まれる展開となっておりますので、お楽しみに。
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