紅蓮蜥蜴狩り④
ストックが無くなってきました……。頑張ろう。
「い、インベントォ??」
上空から丸太を叩き込んだインベントを見て、バンカースは呆けてしまった。
空中から丸太を落とす技はこの中ではノルド以外知らないからだ。
紅蓮蜥蜴の口から漏れ出した炎は、喰らうと多少の喪失感は覚えるが問題ないレベルだった。
つまり、インベントが紅蓮蜥蜴の炎を封じることができれば勝機があるのだ。
だが――
「うう~~ん。ダメだこりゃ」
勝機を見出したかに見えたが、その勝機をインベント本人がすぐに放棄した。
丸太をすぐに回収し、空中に逃げてしまったのだ。
反撃の狼煙が上がったかと思いきや、すぐに狼煙は鎮火されてしまった。
これにはノルドも少し呆れた。
怒った紅蓮蜥蜴はインベントに向けて炎を吐いた。
インベントはギリギリで避けつつ、ノルドに向かって落下する。
予想外の連続にさすがにノルドも焦る。
「お、おい!」
「少し時間稼ぎお願いします!!」
そう言い残し再度飛翔するインベント。
再度炎がインベントに迫るが――いとも簡単に避けた。
「……簡単に言ってくれるぜ」
ノルドは嗤う。
「部下の期待には……応えてやらねえとなあ」
ノルドは右手に剣を構えつつ、異様な前傾姿勢になり左手で地面に触れた。
「――駈歩」
砂煙が舞い、ノルドが駆ける。
ノルドが出せる最速の一歩手前。
それでも紅蓮蜥蜴は反応している。
範囲型の炎を準備しつつ待ち構えているのだ。
「――襲歩」
ノルドは左手ならぬ左前脚を使い、最速を出した。
眼にも止まらぬ速さ。
紅蓮蜥蜴は急いで炎を吐き出そうとする。
「――交叉襲歩」
ノルドの斬撃は紅蓮蜥蜴の再度眼球を切り裂いた。
そして最速を維持したまま過ぎ去っていく。
炎が拡がる前に遥か彼方に遠ざかっているノルド。
(あ~身体痛え)
ノルドが本気で戦えば、紅蓮蜥蜴は追いつくことなどできない。
だがノルドが本気で戦えば他の隊員が連携をとるのは至難だ。
結果、ノルドは大物狩りに参加する際、スピードをかなり落として戦う。
そんなノルドが他の隊員を無視した戦いを繰り広げる。
【馬】の力を最大限発揮したスピード。
そして【向上】の力を最大限発揮し軽やかに立ち回る。
(な、なんだよ? この戦い……)
バンカースを含め、この場にいる全ての森林警備隊面々が茫然としていた。
**
10分後――
(ハア……まだかよ?)
紅蓮蜥蜴と一人戦うノルド。
全力での戦いでスピードは徐々に落ちてきているが、紅蓮蜥蜴も疲労しているのか動きが悪くなっている。
泥仕合の様相だが、一つミスすれば死ぬ状況なので気が抜けない。
長引けば不利なのはノルドだ。
(ダラダラやるのは構わねえんだが……本当に大丈夫なのかねえ?)
「少し時間稼ぎをお願いします」と言って去ってしまったインベントだが、何故戦線を離脱したのか理由もわからない。
(ま、自信満々に時間稼ぎお願いしますなんて言われると、少しは期待したくもなる。
日和ってるバンカースよりはマシだな)
バンカースは現状、傍観するしかない状態だ。
効果的な打つ手が無いのだから。
「……チッ」
ノルドは少し足がもつれた。まあ誰も気づいてはないのだが。
(広範囲型の炎は……ちょっとづつ幽力を削ってくるな……)
広範囲に吐き出された炎は、完全に躱しても霧状になって多少は喰らう。
炎は幽力を削る。幽力が減るとルーンの力を十全に使うことができなくなる。
(年寄りにこんなこと……って自分で年寄りなんて思うなんて、俺も老いたな……)
「ほらよ!」
ノルドの突きが眼球に突き刺さる。
紅蓮蜥蜴は何度も眼球を攻撃され、怒り心頭だ。
そして怒りを籠めた炎を吐き出す。
ノルドは華麗に躱す。このやり取りを10分近く繰り返しているのだ。
(お? 戻ってきたか?)
ノルドの探知範囲にインベントらしき人物が入ってきた。
というよりもこの状況で紅蓮蜥蜴に接近する人物などインベント以外に考えられないのだ。
(……ああ。なるほどな)
ノルドはあることに気付いた。
そして彼なりに策を考える。
「ふ~~む」
ノルドはおもむろにスタスタと紅蓮蜥蜴に向かって歩き始めた。
アイレド森林警備隊の面々は驚いている。
だが声をかけて良いものかわからず、沈黙している。
紅蓮蜥蜴も急に緩慢な動きをするノルドに驚いている。
炎を撃ちだせばよいのだが、紅蓮蜥蜴も疲弊しており無駄な行動はとりたくないのだ。
「ノルド隊長ーー!!」
インベントが木々の間から駆け抜けてきた。
(炎で狙い撃ちされたらどうする気だ……)
なんてノルドは考えつつも、そうならないように紅蓮蜥蜴の射線をインベントから外させ、自分自身に向けさせているのだ。
「どうする!! インベント!!」
インベントの作戦はおおよそ理解しているノルド。
だがぶっつけ本番な作戦である。
どうにか打ち合わせを行うべきなのかもしれないと思い声を張り上げるノルド。
だが――
「いつも通りでいきましょう!!」
インベントはそう言って、姿を消した。
姿を消したと言っても紅蓮蜥蜴は位置を把握しているのだが。
ノルド以外の面々は「いつも通りって……なんだよ!?」と心の中で呟いた。
大物狩りは年に一度あるかないかである。
それも新人であり初めて大物狩りに参加しているインベントに『いつも通り』など無いはずだ。
だがノルドは鼻で笑う。
首をポキポキと鳴らしつつ、疲労困憊な肉体をどうにかいつも通りの動きができるように調整する。
「了解……大将。いつも通りだな」
ノルドは理解した。
『いつも通り』――それは毎日危険区域を共にした部隊だからこそ理解できる合図だからだ。
そして大きく息を吸い込む。
再度前傾姿勢になる。
「行くぞォォ!!」
ノルドに似合わぬ咆哮がまた轟いた。
(襲歩……九十九折り……)
最速で接近し、飛びかかりながら鼻先を斬りつけた。
「コオオォォォ!!」
ノルドはそこから紅蓮蜥蜴の背に乗り駆け抜けていく。
駆け抜けながら背中を切り裂いていく。
激昂した紅蓮蜥蜴は炎をぶちかまそうと首を捻じる。
捩ってノルドを視界に収めようとした際に――忌まわしき点が目に入った。
深紅の服を纏った悪魔。
先程までは空中で蚊蜻蛉のように舞っていた悪魔。
挙句、丸太を頭蓋にぶち込んできた悪魔。
インベント・リアルトが地を蹴り接近していたのだ。
(縮地!!)
必殺の三メートル。
紅蓮蜥蜴の視界から死角へと消えた。
(丸太ドライブ……弐式!!)
地面から打ち上げるような攻撃。丸太は紅蓮蜥蜴の顔を跳ね上げた。
(丸太ドライブ……参式!!)
跳ね上げた紅蓮蜥蜴の顔を、丸太が頭上から叩き落すようにヒットした。
紅蓮蜥蜴の視界はジェットコースターのように揺れ動いている。
(丸太ドライブ…………零式ィ!!)
インベントは飛び上がり、紅蓮蜥蜴の真横から丸太を出し叩きつけた。
ちなみに本来は壱式なのだが、『零式』のほうがテンションが上がるので急遽今だけは『零式』にしている。
「ガ…………グアアア!!」
紅蓮蜥蜴の咆哮。
初めての咆哮に皆が驚く。
それほどインベントはうっとおしい存在になっているのだ。
「フン!!」
ターゲットがインベントに移ったと思った矢先、すぐにノルドは紅蓮蜥蜴の前腕を思い切り斬った。
インベントと同様、白髪細身の男がうっとおしくてしょうがない。
うっとおしいことこの上ない二人が交互に仕掛けてくる。
紅蓮蜥蜴は長期戦と二人の連携で苛立ちは極限にまで達していた。
そして苛立ちは紅蓮蜥蜴の行動パターンに変化をもたらした。
紅蓮蜥蜴は腕を振り回し、インベントを追撃しようとし始めたのだ。
「あ~あ。いいの?」
インベントはほくそ笑む。
そして紅蓮蜥蜴の攻撃に対し――
「遠隔ゲート……零式……改!!」
攻撃が当たる寸前のところでゲートを開き、丸太を出す。
丸太は紅蓮蜥蜴の攻撃で押し込まれ、大きな反発力を生む。
ちなみに『改』でもなんでもないのだが、カッコいいので『改』と名付けている。
紅蓮蜥蜴の左前脚が吹き飛んだ。
何が起こったのかわからず、ただでさえ丸い目を丸くしている紅蓮蜥蜴。
勝ち誇った顔をしているインベント。
「ガアア! ガア! ガアアァ!!」
怒りは炎に変わる。
インベントはゆっくりと上空に飛びたとうとする。
紅蓮蜥蜴は逃がす気は無い。
焼き殺すために炎を…………
(??)
炎が出ない。
紅蓮蜥蜴は不思議に思った。
炎が出ない?
否――
口が開いていない。
「……捕獲完了」
紅蓮蜥蜴の口は縄で縛ったかのように閉ざされていた。
実際の縄ではない。
「うふふ、うふふうふふふ」
紅蓮蜥蜴の死角には一人の女が立っていた。
ロゼ・サグラメント。
神童であり、ノルド隊三人目である女が立っていた。




