紅蓮蜥蜴狩り③
「効いてるぞーー!! 油断せずに行くぞーー!!」
バンカースの咆哮で隊員たちは鼓舞され、攻撃を続けた。
疲労は溜まっていくものの、代わる代わる攻撃をしているのでまだまだ余力は残っている。
勝てる――
ゆっくりと弱っていく紅蓮蜥蜴。
心なしか尾の攻撃にキレが無くなっていく。
表情が読みにくいが、顔からは疲労感を感じているように見えていた。
バンカースは吐き出された炎を華麗に避けた。
(へ! 癪だがよ、インベントが言ってたように炎は10秒間の間隔が必要みたいだな!)
「行けええ!!!」
バンカースが先陣をきり、皆、後に続く。
炎を吐いた後の10秒間はボーナスタイムだ。
10秒後の炎を警戒すれば、紅蓮蜥蜴はそれほど怖くない。
――――そう思っていた。
紅蓮蜥蜴が再度炎を吐き出すモーションに入った際――
(む!? これまでと動きが違う!?)
そう気づいたのは空中で戦いの様子を観戦するインベントだけだった。
紅蓮蜥蜴は炎を吐く際に、口を少し上げて息を吸うような仕草を挟む。
だが今回は口を上げず、背中を膨らませるような動きをとった。
そして紅蓮蜥蜴はこれまで同様に炎を吐いた。
インベントが期待したような形状を変化させたり、連射するような器用なことはできない。
ただ――――放つ方向を変えた。それだけだった。
「うぎゃあああああああ!!」
「いぎいぎぎいいいいいいいい!!」
隊員のニ名が炎を喰らい紅蓮蜥蜴の周りで倒れた。
紅蓮蜥蜴はこれまでの恨みをこめ、足で踏みつぶす。
隊員はトマトのように弾けて絶命した。
(な、なにが起きた??)
バンカースは状況が判らず混乱している。
他の隊員も同様に混乱している。何が起こったのか正確に把握しているのはインベントただ一人だからだ。
加えてここに来て初の死者が発生したことで場は動揺していた。
「バンカース!!」
「え? あ」
ノルドがバンカースに向かって吠える。
攻撃参加していなかったノルドがインベントを除けば一番状況を把握していた。
「あの野郎、炎を真下に吐きやがった!」
「ま、真下?」
「それで爆発した炎に巻き込まれて二人がやられた!!」
「なんだと!」
紅蓮蜥蜴は炎を真っすぐ撃っても当たらないので、苦し紛れで真下に炎を撃ったのだ。
その結果、行き場をなくした炎が紅蓮蜥蜴の周囲に拡がった。
距離を捨てた分、近距離範囲攻撃の炎を手に入れたのだ。
(ど、どうする……!?)
バンカースは冷静に状況を分析する。
(ここにきて対近接用の炎かよ!?
ヒットアンドアウェイだとかなりの判断力とスピードが求められちまうぞ!?)
皆の足が止まった。
バンカースが命令を出さないことと、やみくもに突撃すれば二の舞であることが明白だからだ。
膠着状態? 否――
「ぎやあああああ!!!」
紅蓮蜥蜴の炎に一名がやられた。
今度は通常の炎だ。
紅蓮蜥蜴は探知能力を備えている。
近寄ってこないならば打ち払うまでだ。
「バンカーースッ!!」
「ハッ!?」
「敵は待ってくれねえぞ!!
俺が時間を稼ぐ! 考えろ!!」
ノルドが飛び出した。
この場にいる誰よりも速い男が紅蓮蜥蜴の顔面を斬りつけた。
炎を警戒していた故に顔面への攻撃はほとんどされていなかった。
結果、ノルドの攻撃には紅蓮蜥蜴も面食らった。
だがここぞとばかりに近距離用の炎を準備し――――放った。
紅蓮蜥蜴の顔の真下から円柱状に炎が立ち昇る。
「クッ!」
ノルドはギリギリで躱す。
逆に言えばノルドでギリギリなのだ。他の面々では回避することが難しいことが露呈してしまった。
結果バンカースはより迷ってしまう。
(遠距離……から攻めるか? いや決め手に欠ける……ジリ貧になる。
とはいえ……炎を避けつつ攻撃……どうする!? どうする……!?)
さて――
「へっ……可愛いトカゲだ」
ノルドは一人、紅蓮蜥蜴の前に立った。
範囲タイプの炎をギリギリ躱せる位置に立ったのだ。
そして大きく息を吸い――
「俺が時間を稼いでやる!! どうするかさっさと決めろ!!」
ノルドは大きすぎる声で叫んだ。
紅蓮蜥蜴は――――
通常タイプの炎を吐く。
「それじゃあ当たらねえよ!!」
ノルドはギリギリで回避しつつも急接近し、紅蓮蜥蜴の眼球を切り裂いた。
だが幽壁で護られているため、致命傷にはならない。
「チッ!」
10秒が経過する。
その前にノルドは距離をとる。
間一髪のタイミングで範囲タイプの炎を躱す。
見ているバンカースは汗を拭った。
(あ、あんな戦い方じゃあ……命がいくつあっても足りねえ!!
クソ! どうする!!?)
それでもノルドは止まらない。
ここでノルドが止まれば、紅蓮蜥蜴は通常の炎と範囲タイプの炎のニ種類を使い分けることができるようになる。
ノルドが接近戦を挑むことで範囲タイプの炎に限定しているのだ。
ノルドが獅子奮迅で戦っているが、バンカースは未だに指示を出せないでいる。
獅子奮迅と言えば聞こえはいいが、逆に言えば独断で戦っている状況。
故に弓で連携するのも難しい。
(軽く斬って……逃げる……そんでもって炎が来る)
ノルドは淡々と攻撃と回避を繰り返す。
徐々にタイミングは掴んでいるものの、危険な状況には変わりない。
もしも更に違うパターンの攻撃が追加されれば、危険性はさらに増すであろう。
ノルドの動物的勘はアラートを鳴らしまくっている。
今の戦い方を続ければいつかは終わりが来る。
それでもノルドが戦い続けているのは、信じているからだ。
アイレド森林警備隊を?
それともバンカースを?
――否。
ノルドという男は人を信じていない。
とは言え疑っているわけではない。
アイレド森林警備隊の面々が、この状況を打破できるとは信じていない。
バンカース総隊長に、この状況を打破できる策を思いつくとは信じていない。
だが、突破口さえ見つかれば必ず紅蓮蜥蜴を討伐できる力があることは信じている。
そして突破口を切り開けるのは一人しかいないと確信していた。
(やっぱり……インターバルは10秒。
モーションはやや背中が膨らむだけか……地上からだと判断するのは難しそうだ。
範囲は着弾地点から半径五メートルってところか……ドラゴンちゃんには炎の影響は無い。
炎の打ち分けは判断できるな…………よし……!)
「俺が時間を稼いでやる!! どうするかさっさと決めろ!!」
先刻ノルドが叫んだ言葉は、バンカースに言ったのではない。
空中から、紅蓮蜥蜴を常に観察しているインベントに向けてだったのだ。
「――遠隔ゲート」
炎を吐き出す二秒前。
インベントは紅蓮蜥蜴の顔面目掛けて落下しつつ――
「喰らえッ!!」
三本の丸太を最大スピードで紅蓮蜥蜴の長い口に向けて落とした。
炎を吐き出そうとしてた口は無理やり閉じられた。
だが吐き出そうとした炎は止まらない。
炎は閉じられた口から漏れ出した。
炎は大量に霧状になり、周囲に散布された。
ダメージは――――無い!
炎は封じた。
反撃はここからである。