神寄の森と悪夢
インベントはモンスターを斬ることに快感を覚える変態である。
アイナからインベントについて教えてもらい、ライラはそう結論付けた。
「よ~し! モンスターを探す! ちょっと違うか。モンスターを捕まえてインベント君にプレゼントするわ!」
ライラは意気揚々と走り出した。人知を超えた身体能力で、闇雲に森の中を走り回った。
しかし全くモンスターは発見できない。それでもライラは諦めない。
「モンスターってこんなに見つからないものなのね! なるほど! だから蛇のモンスターを殺しちゃって怒ったんだ!」
ライラは、モンスターは稀少であり、簡単には発見できないと思っている。
正しくは、モンスターがライラを避けているため、発見できない。否――正しかった。
「もお~、ぜんぜん見つけられないんだけどー!?」
ライラがモンスターを探し始めた時点で、カイルーン周辺の森からモンスターは離れつつあった。そんな状況で、ライラが森の中を走り回った結果――
カイルーン周辺からモンスターが消えた。
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数日後、カイルーン森林警備隊は異常事態に気付くことになる。
異常といっても、肯定的な意味合いである。なにせ町の脅威であるモンスターがなぜかきれいさっぱりいなくなってしまったのだから。
この異常事態に誰よりも早く気付いたのは、インベントではなくクリエだった。
クリエは現在、神猪カリューと猪たちとともに、カイルーンの町から南に、かなり離れた場所を拠点としていた。
本来ならば弟のデリータの代わりとして、『宵蛇』に同行しなければならないのだが、そうも言っていられない。
「これは――凄まじいのう」
クリエの視線の先は、カイルーンの町がある方角。
風がまったく見えない。それはモンスターが限りなくゼロに近づいている証拠だった。
クリエは懐かしさを覚えていた。
クリエは、ロメロが連れてきたインベントと、初めて会った頃、ルザネアという町の近くを拠点としていた。
神猪カリューとともに一〇年以上、同じ場所に居ついた結果、モンスターが寄り付かぬ場所となった。ルザネアの町は恩恵を受け、モンスターが現れない町――神寄りの町ルザネアと呼ばれるようになる。
現在、カイルーンの町は神寄りの町ルザネアと非常に近い状況にある。
懐かしさと同時に怖さを覚えていた。怖くなるほどの無風だった。
ルザネアは何年もかけてモンスターが寄り付かない場所になったが、カイルーンはたった数日でモンスターが寄り付かない町に。
その原因がたったひとりの女性、ライラなのだから、気味が悪い。
クリエはなにも感じないが、カリューはライラを避けている。いまだにライラの素性はさっぱりわからない。
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クリエとほぼ同時期に、インベントもカイルーンの異常に気付いた。
森に入っても、モンスターの気配を全く感じることができなくなった。
勘が鈍くなったのだと思い、ひたすら森の中を走った。息が切れ、朦朧とするまで走った。朦朧としてからもさらに走り続けた。今、モンスターに襲われたら対処できないぐらい無防備な状態で走った。
そして勘が鈍ったのではなく、モンスターがいなくなったことに気付き、血の気が引いていく。
もしもこの世界からモンスターが消えてしまったら――そう考えると、涙が止まらない。
インベントは、モンスターを求めて、さらに遠くへ走った。そして一体の鼠と思われるモンスターを発見した。
とても小さく、今のインベントにとってはか弱い存在。
可愛らしく、愛おしく、威嚇してくるモンスターに、涙と笑みを浮かべながら、インベントは歩み寄った。そして飛び掛かってくるモンスターを、タイミングよく掌で受け流した。
コロコロと転がっていくモンスターを眺めながら、インベントは熱くなっている掌を見た。
思ったよりも体毛が硬かったのか、擦り傷ができている。痛い。痛みがモンスターと対峙していることを実感させてくれて、嬉しい。
インベントはそんな些細な幸せで、不安を見て見ぬふりした。
それから日が暮れるまで、小さなモンスターを殺さずに過ごした。息を切らし、涎がだらしなく零れ落ちているモンスター。インベントならば瞬殺できるのだが、もしかしたら残された最後の一体かもしれないと思い、どうしても殺すことができない。
よたよたと疲弊したモンスターと別れ、カイルーンの町へ戻るインベント。
(今日は変だっただけだ。明日になればモンスターがたくさんいるはずさ。そうだよ、町を滅ぼすぐらいのモンスターの大群が現れるかもしれないぞお~)
根拠などないが、現実を見ていられなかった。
起きるはずのない妄想で、自らを癒やしながら眠りにつくのだった。
しかし、悪夢は終わらない。
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翌朝。
アイナは椅子に座り、インベントが起き上がってくるのを待っていた。
(アタシより遅いなんてめっずらしい)
インベントの朝は早い。というよりも寝るのが異常に早い。早く寝たくて仕方ないのだ
理由は簡単、『モンスターブレイカー』の夢が見られるからだ。
現実世界でモンスターを狩り、モンスターを狩る夢を見る。その両輪がインベントの精神を支えている。だからこそ、現実世界でモンスターが減ってしまい落ち込んだとしても、夢の世界がインベントを癒してくれる。
寝ればスッキリ。
スッキリしたはずのインベントが部屋から出てきた。
アイナはいつも通り、かったるそうに朝の挨拶をしようとした。
しかし、インベントの顔は三日間徹夜をしたかのように、顔がくすみ、目にはクマが。
絶句するアイナ。
とぼとぼと近づいてくるインベント。
「アイナァ……」
いつの間にかインベントの目には涙が。
よたよたと近寄ってくるインベントを、アイナは抱きしめ、小さな子をあやすように背中を擦った。
「ど、どうした? 怖い夢でも見たのか~?」
インベントは、ボロボロと涙を流しながら言った。
「夢を……夢が見れなくなった」




