表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
446/447

神寄の森と悪夢

 インベントはモンスターを斬ることに快感を覚える変態である。

 アイナからインベントについて教えてもらい、ライラはそう結論付けた。


「よ~し! モンスターを探す! ちょっと違うか。モンスターを捕まえてインベント君にプレゼントするわ!」


 ライラは意気揚々と走り出した。人知を超えた身体能力で、闇雲に森の中を走り回った。

 しかし全くモンスターは発見できない。それでもライラは諦めない。


「モンスターってこんなに見つからないものなのね! なるほど! だから蛇のモンスターを殺しちゃって怒ったんだ!」


 ライラは、モンスターは稀少であり、簡単には発見できないと思っている。

 正しくは、モンスターがライラを避けているため、発見できない。否――正しかった。


「もお~、ぜんぜん見つけられないんだけどー!?」


 ライラがモンスターを探し始めた時点で、カイルーン周辺の森からモンスターは離れつつあった。そんな状況で、ライラが森の中を走り回った結果――


 カイルーン周辺からモンスターが消えた。


**


 数日後、カイルーン森林警備隊は異常事態に気付くことになる。

 異常といっても、肯定的な意味合いである。なにせ町の脅威であるモンスターがなぜかきれいさっぱりいなくなってしまったのだから。


 この異常事態に誰よりも早く気付いたのは、インベントではなくクリエだった。

 クリエは現在、神猪カリューと猪たちとともに、カイルーンの町から南に、かなり離れた場所を拠点としていた。


 本来ならば弟のデリータの代わりとして、『宵蛇よいばみ』に同行しなければならないのだが、そうも言っていられない。


「これは――凄まじいのう」


 クリエの視線の先は、カイルーンの町がある方角。

 風がまったく見えない。それはモンスターが限りなくゼロに近づいている証拠だった。


 クリエは懐かしさを覚えていた。

 クリエは、ロメロが連れてきたインベントと、初めて会った頃、ルザネアという町の近くを拠点としていた。

 神猪カリューとともに一〇年以上、同じ場所に居ついた結果、モンスターが寄り付かぬ場所となった。ルザネアの町は恩恵を受け、モンスターが現れない町――神寄りの町ルザネアと呼ばれるようになる。

 現在、カイルーンの町は神寄りの町ルザネアと非常に近い状況にある。


 懐かしさと同時に怖さを覚えていた。怖くなるほどの無風だった。

 ルザネアは何年もかけてモンスターが寄り付かない場所になったが、カイルーンはたった数日でモンスターが寄り付かない町に。

 その原因がたったひとりの女性、ライラなのだから、気味が悪い。

 クリエはなにも感じないが、カリューはライラを避けている。いまだにライラの素性はさっぱりわからない。


**


 クリエとほぼ同時期に、インベントもカイルーンの異常に気付いた。


 森に入っても、モンスターの気配を全く感じることができなくなった。

 勘が鈍くなったのだと思い、ひたすら森の中を走った。息が切れ、朦朧とするまで走った。朦朧としてからもさらに走り続けた。今、モンスターに襲われたら対処できないぐらい無防備な状態で走った。

 そして勘が鈍ったのではなく、モンスターがいなくなったことに気付き、血の気が引いていく。


 もしもこの世界からモンスターが消えてしまったら――そう考えると、涙が止まらない。

 インベントは、モンスターを求めて、さらに遠くへ走った。そして一体の鼠と思われるモンスターを発見した。


 とても小さく、今のインベントにとってはか弱い存在。

 可愛らしく、愛おしく、威嚇してくるモンスターに、涙と笑みを浮かべながら、インベントは歩み寄った。そして飛び掛かってくるモンスターを、タイミングよく掌で受け流した。


 コロコロと転がっていくモンスターを眺めながら、インベントは熱くなっている掌を見た。

 思ったよりも体毛が硬かったのか、擦り傷ができている。痛い。痛みがモンスターと対峙していることを実感させてくれて、嬉しい。


 インベントはそんな些細な幸せで、不安を見て見ぬふりした。

 それから日が暮れるまで、小さなモンスターを殺さずに過ごした。息を切らし、涎がだらしなく零れ落ちているモンスター。インベントならば瞬殺できるのだが、もしかしたら残された最後の一体かもしれないと思い、どうしても殺すことができない。


 よたよたと疲弊したモンスターと別れ、カイルーンの町へ戻るインベント。


(今日は変だっただけだ。明日になればモンスターがたくさんいるはずさ。そうだよ、町を滅ぼすぐらいのモンスターの大群が現れるかもしれないぞお~)


 根拠などないが、現実を見ていられなかった。

 起きるはずのない妄想で、自らを癒やしながら眠りにつくのだった。


 しかし、悪夢は終わらない。


**


 翌朝。

 アイナは椅子に座り、インベントが起き上がってくるのを待っていた。


(アタシより遅いなんてめっずらしい)


 インベントの朝は早い。というよりも寝るのが異常に早い。早く寝たくて仕方ないのだ

 理由は簡単、『モンスターブレイカー』の夢が見られるからだ。

 現実世界でモンスターを狩り、モンスターを狩る夢を見る。その両輪がインベントの精神を支えている。だからこそ、現実世界でモンスターが減ってしまい落ち込んだとしても、夢の世界がインベントを癒してくれる。


 寝ればスッキリ。

 スッキリしたはずのインベントが部屋から出てきた。


 アイナはいつも通り、かったるそうに朝の挨拶をしようとした。

 しかし、インベントの顔は三日間徹夜をしたかのように、顔がくすみ、目にはクマが。


 絶句するアイナ。

 とぼとぼと近づいてくるインベント。


「アイナァ……」


 いつの間にかインベントの目には涙が。

 よたよたと近寄ってくるインベントを、アイナは抱きしめ、小さな子をあやすように背中を擦った。


「ど、どうした? 怖い夢でも見たのか~?」


 インベントは、ボロボロと涙を流しながら言った。



「夢を……夢が見れなくなった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ