あの女
(元気にやってっかなあ)
アイナは家の中で、インベントの帰りを待っていた。
ライラがどこに行ったのかわからないが、ライラが現れてから、インベントのご機嫌は斜めだ
モンスターを狩り、気分爽快のインベントになって帰ってくることを願いつつ、のんびり過ごしていた。
そして、インベントが帰ってくる。その表情を見て――
(あ~、こりゃダメだ)
なにかインベントにとって良くない出来事があったのだと察した。
十中八九ライラが原因で間違いない。
「おかえり」
インベントは頷いた。アイナはあえて何があったのか聞かないことにした。
こんな時は、放置してあげるのが優しさだと思ったのだ。
すたすたと家の奥に向かうインベント。すれ違いざまに――
「もしも――」
「ん?」
インベントは一呼吸置いた。
「もしもあの女が現れても、家には入れないからね」
「お、おう、わーった」
インベントはそのまま部屋に閉じこもってしまった。
アイナは両手を頭の後ろに組んで、ふうっと息を吐いた。
「あの女扱いか……こりゃ~相当、嫌われちまったな」
アイナは恋のライバルが失墜していくことに少しだけ安堵したが、それよりもインベントがモンスター相手ならともかく、人間に対して感情を剥き出しにしていることに驚いた。
「何事も無きゃいいけどな~、かったるう」
**
さらに翌日。
狩りから帰ってきたインベントの表情は暗い。話しかけられないほどではないが、落ち込んでいるようにも見えた。
「おかえり」
「ただいま」
「なんか……やなことあった?」
インベントは大きく肩を落とした。
「モンスターが……少ない」
「ハハハ、なんだそりゃ。結構なことじゃねえか」
インベントは首を振った。
「絶対になにかおかしい。やっぱりあの女のせいか……」
アイナは否定しようとしたが、インベントがあまりにも真剣なので口を噤んだ。
そして、インベントの帰宅を待っていたかのようにドアが二度、叩かれた。
ふたりは沈黙し、ドアを眺めていた。
アイナはドアに駆け寄ろうとしたが、一足先にインベントがドアに向かっていた。
インベントは目を細めてドアの前に立った。そして相手が誰なのか察して、舌打ちの後、勢いよくドアを開いた。
そこにはライラが立っていた。突然開いたドアに驚いているが、これまでと違い、しおらしく様子を窺うような愛想笑いだった。
「帰れ」
開口一番、インベントが言い放つ。ライラは事態を打開しようと表情で訴えかけるが、取り付く島もない。
「二度と来るな。帰れ」
インベントは叩きつけるようにドアを閉めた。
この日を最後に、ライラは家に来なくなった。家には来なくなった。
この日を境に――事態はより悪化していくことになる。
**
インベントは家から森に向かうまでのルートが決まっている。
家を出て、すぐ左に曲がり、裏道に入っていく。森までの最短ルートである。
しかし、インベントは家を出て、右に曲がるようになった。
アイナはなぜだろうと思い、インベントが家を出た後すぐに家を出て、左方向に歩いてみた。
すると小道に隠れながら、こちらの様子をうかがっているライラを発見した。頑張って隠れているのだが、どうしても目立ってしまう。もはや不審者である。
アイナはどうしようかと思ったが、近づいて――
「あの~」
「む!? あ! えっと……」
ライラにとってアイナは、インベントのオマケ的存在。当然名前も覚えていない。
アイナは特に気にしない。
「インベントは森に行っちまいましたよ」
「あ、そう……なの」
「そんじゃ」
踵を返し、アイナは家に戻ろうとした。
「ね、ねえ!」
ライラが呼びかけるので、アイナは振り向いた。
「なんすか?」
「えっと……その~。インベント君の機嫌って……」
アイナは両手を腰に添え、大袈裟に左右に首を振った。
機嫌は最悪――それもすべてあなたのせいだと伝えるために。
ライラは両手を組み、身体を捩じりながら悩んでいる。
ただでさえ露出の高い服装なのに、胸を寄せたため、大きな谷間が見えた。
(でっけえチチだな)
アイナはおっさんのような感想を抱きつつ、ライラを眺めていた。すると――
「ねえ」
「ん?」
「インベント君の好きなものとか無いかしら? お菓子とか……馬とか」
「お菓子の次が馬って。う~ん、モノでどうこうなる状況じゃないと思うけど」
ライラは頭を抱えた。
「もお~、どうすればいいのお~!?」
「ハア、かったるぅ。よくわかんねえけど……なんであんなに怒らせたんすか?」
呆れるアイナの問いに、ライラはすっと姿勢を正し、あごに手を当てた。
「それが――――まったくわからないの」
「へあ? そんなわけないでしょ?」
ライラは両手を広げ、大袈裟に理由がわからないことを伝えた。
「蛇のバケモノがいたから、倒してあげたの。そしたらすごく怒りだしちゃった」
アイナは目を細め、「それじゃんか」と嘆いた。
「え?」
「アンタがモンスターを横取りしたってことでしょ? そりゃ怒るよ」
「なんでえ!? 倒してあげただけでしょ!?」
今度はアイナが頭を抱えた。
「ハア……運命運命連呼するわりに、インベントのことをちっともわかってねえじゃねえか、かったるぅ」
「どういうこと!?」
アイナは説明しようかと思ったが思いとどまった。
(イチから説明すると、本当に日が暮れそうだ。それはさすがにかったるすぎる)
アイナはどうにか手短に、言葉を選んだ。そして――
「インベントは……モンスターを倒すのが好きなの」
「え?」
「インベントは自分の手でモンスターを狩りたい。それなのに、アンタはインベントが倒そうとしてたモンスターを横取りしたってこと。わかった?」
ライラは目を見開いた。そしてパチンと指を鳴らした。
「わかったわ! 変態なのね!」
「……ハ?」
「私の家来にも、女を斬ることに興奮する変態がいるの。つまりインベントはモンスターを斬ることで興奮する変態ってことでしょ?」
アイナは大きく間違っていないと思いつつも、インベントが変態扱いされてどうにも複雑な気分になった。ライラは妙案を思いついたのか目を輝かせた。
「ねえ!?」
「はいはい」
「モンスターを売ってる場所とか無いのかしら」
「は、はい?」
「モンスターを買って、インベント君にプレゼントすれば喜ぶかと思って!」
あまりにも非常識な発言に、アイナは手を振って「あるわけねえだろ」と呆れた。
「名案だと思ったのに。まあいいわ。ありがとう!」
ライラは駆け出していった。
残されたアイナは「なんなんだ、あの女」と、インベント同様に『あの女』扱いするのだった。
ライラは走った。
「フフ、インベント君のためにモンスターを探さなくっちゃ!」
運命の人にモンスターを献上するために。
森の中を恐ろしい速さで走り回ることになったのだ。
その結果は――――




