嫌い
インベントにとってのライラ。
よく知らない女。恐らくこれまで会ったことない――――ハズ。
突然現れたかと思えば、インベントを運命の人とつきまとう。
理由は一切話さず、付きまとってくる面倒な女。
最悪なことに、なぜかモンスターを遠ざける体質。
他には露出度の高い服、バカでかい曲刀、身体能力が恐ろしく高い。
まあ、そんなところだろう。
さて――ライラにとってのインベント。
運命の人。
運命の人であることは確信している――しかしよく知らない男。
そう、よく知らないのだ。
年齢。知らない。
出自。知らない。
好き嫌い、価値観、理念、矜持、なにも知らない。
本当に何も知らなかった。
出会い、一方的だがインベントに付きまとう中で、収納空間を使うことを知った。
空を飛べることも知った。
そして――モンスターを狩りに行くことを知った。
モンスターを狩る理由は知らない。知らないから常識的な範囲で理由を考えた。
町の平和を守るため? モンスターに対しての憎悪? それとも強者と戦いたい、戦闘狂の一面があるのかもしれない。とまあ、色々と考えてみたが深く考えなかった。
まさかインベントにとって、モンスターを狩ることがどれほど重要なのか考えもしなかった。
**
ライラは見た。
インベントが、背後から迫るモンスターの攻撃を、いとも簡単に回避し、パンチでモンスターを盛大に吹っ飛ばしたのだ。
ライラは目を輝かせた。
(やっぱり……強いんだ!)
インベントは見るからに強そうなタイプではない。そのため、インベントの強さの片鱗を見ることでライラは、インベントが運命の人で間違いないと確信を深めた。
そして――ライラはインベントに自身の強さを誇示したくなった。
蛇のバケモノなんかより、私のほうが強いと、インベントに伝えたくなった。
だから、剣を抜いた。
「フフフ、このモンスターを倒せばいいのねえ」
大型の曲刀を軽々と振り上げ、軽快にモンスターへ向けて走り出した。
後方からインベントの「やめろ」と制止する声がしたが、自身を心配しての発言だろうと思い、聞き流した。
モンスターの威嚇もどこ吹く風、力を籠めて、剣を振り下ろそうとした。
「烈――」
ライラは技名を言おうとしたが止めた。しかし剣は止まらない。
振り下ろした剣は、いとも簡単にモンスターを両断した。
ライラは大して強くないと思いながら、インベントのほうへ振り返った。
強さの証明ができたと思い、笑みを浮かべ、もしかしたら褒められるかもしれない――などと甚だ勘違いをしながら。
(……え?)
インベントは静かに佇んでいた。無表情でじっとライラを見ていた。否――ライラのその先に、無残に横たわるモンスターを見ていた。ライラにはインベントの表情の意味が理解できない。
ゆっくりとモンスターに向けて歩き出すインベント。まったくライラのことなど見ていなかった。
氷のような冷たさを覚え、ライラは思わずインベントに道を譲った。
インベントはモンスターに跪き、「可哀そうに」と呟いた。
ライラはきょとんとした。なにゆえ『可哀そう』なのか全く理解できないからだ。
それはモンスターを思っての発言である。
常人には理解できないが、『モンスターブレイカー』の夢を見るインベントにとって、モンスターの生きがいは狩人たちと戦うことで間違いない。
もしもパーティーを組んだ仲間がとどめを刺したのならば、なんとも思わなかっただろうが、突如乱入してきた女に命を奪われるなど、モンスターが不憫でしかたなかった。
そして、インベントは立ち上がった。
人生で初めての、モンスターを奪われるという出来事。
哀れみ以外の湧き上がる感情に、インベントはわなわなと震えだした。
ゆっくりと視線を動かし、ライラを見た。そして大きく息を吸い、はっきりと、丁寧に言葉を紡いだ。
「俺は、お前が、心の底から、大嫌いだ」
ライラは思わず呆けてしまった。言葉の意味を理解するのに時間がかかった。なにより理由がわからない。
一歩近づこうとするライラを、インベントは指差して制した。
「二度と、俺に、近づくな」
インベントは復唱した。
「二度と俺に近づくな」
そして、インベントは飛び去っていく。
インベントはこの日、人生で初めて人を憎む感情を知った。
**
放置されたライラは、両手で自らの頭を抱えるように掴んだ。
そして文字通り頭を抱えた。
「へ? ふええ? なにが……どうな……え?」
事実を受け入れたくない。聞き間違いだと思いたい。
しかし、現実はインベントに嫌われてしまった。運命の人に拒絶され、絶交されてしまった。
頭を抱えたまま、ライラはその場でぐるぐると回りだした。
「ウソウソ、ウソウソ! え? ど、どうしよう?」
それから――
ライラは夜になっても、騒がしく悩み続け、頭を抱えたまま眠った。
そんな様子を、木の陰から、クリエは眺めていた。
ライラは【読】の能力で探すことはできないが、騒がしいライラを発見し、ずっと観察していたのだ。
インベントにフられたことを知らぬライラは、奇妙な体勢で眠るライラを見て呟いた。
「なんじゃ、あの奇妙な娘は……」




