美しく不快な害虫
空を見て、ライラは走った。
羽ばたき去る鳥を、純粋無垢な瞳で追いかける少女のように。
ただインベントだけを見て、まっすぐ走った。
目の前に木が現れたら、仕方なく避けるが、できる限り真っすぐ進む。
「すごい! すごいすごい! さすが運命の人!」
ライラは木々に視界を阻まれつつも、離されないように懸命に追いかけていた。モンスター蔓延る森林地帯を疾走するなど、狂気の沙汰であり、こんな芸当ができるのはライラ以外には、速さと探知能力を併せ持つノルドぐらいだろう。
ライラは軽やかだった。
重力を無視するかのように、ライラの一歩は常人の五歩分以上。
全身が僅かに発光し、ライラが走り去った後は、キラキラと淡い光の鱗粉のようななにかが残って、消えていく。
まるで光る蝶か、それとも妖精か。
運命の人を追って、ライラは輝いていた。
インベントの近くに行きたいのだ。
一途な煌めく思いは止められない。
**
インベントは町から大きく離れたので、高度を落としモンスターを探すことにした。モンスターの気配を感じて心が躍る。しかし――
(モンスターの気配が――匂いが――遠のく?)
次第に濃くなっていくモンスターの気配が急激に薄まっていく。まるで町中にいるかのようにつまらない空気で満ちていく。インベントはハッとして地上を見た。そして恐ろしい速さで猛追しているライラを発見した。
インベントは、口いっぱいの苦虫を噛み潰したかのように、忌々しげにライラを見た。
(速い……ノルドさん並みだ。なんなんだよ、アレは)
空中から見えるライラは、当然小さい。
インベントは、森の木々を縫って近づいてくるライラが、カサカサと地面を走る虫のように見えた。
汚らしく不潔で、醜い虫に見えた。
モンスターの気配が遠のいている理由は、ライラで間違いなかった。
理由はわからないが、やはりライラはモンスターを遠ざける体質なのだ。
森林警備隊からすれば喉から手が出るほど欲しい人材。
しかし、インベントにとっては最も忌むべき存在。
(鬱陶しい――ゴミ虫め)
インベントは、齢十八にして人を憎む感情を覚えた。
かといって、虫を殺すように排除することはできない。
インベントはふわりと浮き、周囲を見渡した。
(よし、こっちだ)
インベントはある場所を発見し、方向を変えた。当然追いかけてくるライラ。
速度を全く緩めないため、インベントは溜息を吐いた。
仕方なく空中で静止するインベント。ライラはインベントに追いつけたことが嬉しくて満面の笑みを浮かべたが、眼前に広がる光景を見て「わお」と声を漏らした。
視線の先に切り立った崖があったのだ。
インベントはライラが落ちて死んでしまっても、構わないと思いつつも、一応配慮した。もう追ってくるな、と警告したのだ。
インベントは崖の先に進んでいく。これにて一安心かと思いきや――
「待ってぇ~」
ライラは崖を覗き込み、崖に生えた木に飛び移りながら、どうにか崖を下ろうとしている。
身体能力の高さと、死をも恐れぬ度胸。
インベントはライラが、垂直に反りたった壁でも、難なく登れる虫のように見えて一層嫌悪感が増していく。
インベントは「付き合ってらんないよ」と首を振り、急いでモンスターを探しに飛び去った。
やっとのことでライラを撒くことができたインベント。
大幅に時間を費やしてしまったことに苛立ったが、なんとか残りの時間でモンスター狩りをしようとした。しかし、今日に限ってモンスターは中々発見できない。
インベントはむしゃくしゃしたまま、家に帰ることになった。
「おかえ……り」
帰宅したインベントは明らかに不機嫌であり、アイナはなにかがあったのだろうと察した。
原因は間違いなくライラだとわかっているが、どうにも聞きにくい雰囲気。
「ま、座れよ。飯でも食え食え」
インベントは頷いて、着席した。
アイナとしては、ライラがどうなったのか聞きたいが、どうにも聞き出せる雰囲気ではない。
(ま……いっか。喧嘩別れでもしたかな?)
アイナは一件落着したのかと安堵した。
(しっかし派手な女だったな。今日は宿にでも泊まるのかねえ?)
**
インベントに放置されたライラ。
崖を降り、崖を登った虫ならぬライラ。
きょろきょろと空を眺めるが、インベントはライラを待つことなくどこかに行ってしまった。
「どこに行ったのかしら?」
ライラは剣を地面に置いて、木によじ登る。
いとも簡単に樹頭に到達し、見渡してみると彼方にインベントらしき点を発見した。
「ふふ、あっちね」
ライラは木をいとも簡単に駆け下りて、また走った。インベントに出会うために、とにかく走った。
しかし一度大きく離れてしまったため、再度インベントに追いつくことはできず、完全に見失ってしまった。
仕方なく、もう一度木に登ってインベントを探す。三六〇度見渡してみてもインベントは発見できない。そうこうしているうちにライラは自身の置かれている現状に気づいた。
「……ここはどこかしら?」
ただインベントを追って進んだ結果、ライラは迷ってしまった。
カイルーンの町がどこなのか、木の上から見てもわからない。
ライラは大きく息を吐いてから、「ま、いっか」とあっけらかんとした態度に。
近くにあった気持ちよさそうな芝生のもとへ行き、ごろんと寝転んだ。
ライラは少しだけ眠ることにしたが、気が付けば夜になっていた。
「ま、いっか」
そのままライラは朝まで眠ることにした。
ライラは森の中で眠ることに慣れている。
なにせ二〇日以上、運命の人を求めて森の中を彷徨っていたのだから。
「待っててね。インベント君」
どれだけ拒まれても、ライラはインベントを求め続ける。
それは強い光に惹かれる虫のように。




