パワー型粘着女子
平穏な日常に、突如現れたライラ。
インベントを運命の人と呼び、一目見ればわかるほど好意を寄せている。
アイナは、インベントとライラは知らぬ間に逢瀬を重ね、愛を育んできたのではないかと思い、激怒した。が、話を聞いていく中で、徐々に落ち着きを取り戻した。そもそも、朴念仁のインベントがこっそり浮気をするなど、想像できないし、嘘が上手い男でもない。
ではライラは誰なのか? そしてなぜインベントを『運命の人』と呼ぶのか?
インベントはライラのことを知らない。なにせ今日出会ったのだ。アイナは疑っていたが、少なくともインベントはライラのことを知らないと納得した。まあ、インベントのことだから、昔会っているにもかかわらず、忘れている可能性も大いにあるのだが。
だが、色々と手を変え品を変え質問してみても、ライラはなにも答えない。
わかったのは二〇歳の女であることだけ。他にはモンスターが蔓延る森の中で眠っても襲われない、特異な体質であり、また、まるで生きていないかのようにクリエの【読】が反応しない、理外の存在。
普通の女ではない。それだけは全員の共通認識だった。
更にライラにはもう一つ不可解な点があった。それは――
「へ!? お金がない?」
ライラとの話にもならない話し合いを続けた結果、夜になってしまった。
アイナは宿の場所を伝え、追い出そうとしたのだが、ライラは身銭を持っていないという。
「装飾品で泊まれるかしら?」と取り出した装飾品は独特な細工が施された高価に思える一品。インベントは手に取りじっと眺めた。
「これ、どこで手に入れたの?」
「え? え~っと……」
「鋼の品質はまあまあだけど、こんな細工見たことないよ。少なくともこの辺では流通していない」
幼少期に運び屋の仕事を手伝っていたため、インベントは多少の目利きができる。
「も、貰ったの」
「ふ~ん。まあ今からお金に変えるのは無理でしょ。もう遅いし」
ライラは口を尖らせ「あらぁ」と呟いた。そして外していた大型の曲刀を手に取った。
「しかたないわねえ。森の中で一晩過ごしてくるわ」
驚くアイナと、怪訝な顔のインベント。ライラはインベントに対してウインクをひとつ。
「それじゃあインベント君。また明日来るわね」
「え~、もう来なくていいよ」
「だめだめ~絶対に来るから。待っててね。それじゃ」
ひらひらと手を振り、家を出ていこうとするライラ。
そんなライラを――
「ちょっと待てい!」
アイナが手を突き出して静止した。
「こんな時間に野宿なんてさせられるかい! しゃーないからウチに泊まってけ」
「あら? いいの?」
「正直、歓迎はしねえけど……」
インベントが「この人野宿でも大丈夫だよ」と言うと、アイナは侮蔑の表情でインベントを見た。
「アタシとしては、モンスターが寄り付かないってのは正直半信半疑。まあ本当にそういう体質だとしても――だ。女の子を森の中に放置できねえだろ」
インベントは不満げな表情だが、あえて何も言わない。
逆にクリエは、「また来る」と言ってそのまま家から出ていった。
その後、アイナはライラのために、食事と寝床を用意した。
なぜ恋敵の世話をしなければならないのか――と考えつつも、泊めることを決めたのはアイナ自身である。
横目でふたりの様子を見ると、ライラはインベントに興味津々だが、逆にインベントはライラに全く興味を示していない。アイナはまさかの恋のライバル出現に動揺しつつも、インベントはライラに好意を寄せたりしないと安堵した。
その夜、ライラがインベントの寝床に潜り込むのではないかと思い、アイナはなかなか寝付くことができなかった。
**
翌朝。
寝不足のアイナは、ベッドから起き上がった。
アイナたちが住んでいる家は、元々森林警備隊が管理する武器倉庫であり、インベントがため込んでいる武器や防具を保管するには十分なスペースがある。また生活空間もインベントとアイナのふたりだけならば十分すぎるほどあり、ライラひとりを泊めるのは、物理的には全く問題が無い。
アイナはライラのいる部屋に優しくノックした。反応が無いのでそっと覗いてみると、ライラはいない。インベントもすでに起きているようだ。
少しもやもやしたアイナは、ふたりを探した。といっても家の中なのですぐに発見した。
インベントは倉庫にて収納空間の整理をしていた。ライラはその隣でインベントに質問攻め。インベントは億劫そうにライラの質問をすべて無視していた。
「おはよ」
アイナに気付いたインベントは挨拶を返したが、ライラをどうにかして欲しいのか、目を細めて訴えていた。
アイナは髪をかき上げる。ライラが泊ることを許可したのは自身であり、少しだけ申し訳なさを覚えた。しかし、そもそも連れ込んだのはインベントであり、ライラがインベントに付きまとっているのは理解しつつも、事の原因はインベントであり、逆にアイナは少し腹を立てた。
「ハア。今日はどうすんだ?」
アイナの問いかけは、どうせモンスター狩りに行くであろう前提で、ライラがいるのでどうするのか? という意味合いである。インベントは少し物思いに耽って――
「今日は早めに出発するよ」
ライラの存在が面倒なので、さっさと家から出ていきたいインベント。アイナは長年連れ添った夫婦のように、インベントの心情を理解し「そか」と応じた。
「あら? どこにいくの?」
ライラは目を輝かせてインベントに問う。インベントはそっけなく「モンスター狩りに行くんだよ」と答えた。
「私も行く!」
インベントは断るのも面倒なのか、ライラを無視して、収納空間の整理を手早く終えた。
そして「行ってくるね」と言って、家から出た。ライラは当然のようにインベントを追い、アイナは――
「強引さが半端ねえな……かったる」
そう呟いて、とりあえず剣も持たずに家を出た。
**
すたすたと歩くインベント。楽し気に追いかけるライラ。
すれ違う人たちはみな、ライラに目をやった。
奇抜な服装。男性なら鼻の下を長くしてしまうほどの露出。とにかく目立つ。
アイナはこそこそと小走りでライラを追った。
「あ~んま目立ちたくねえんだけどなあ。ハア~かったる」
**
町外れに到着した一行。
インベントはライラを無視し、アイナに近づいて「またあとで」と声をかけた。
「おう、無理すんなよ」
インベントは笑みを浮かべ、踵を返し森へ向かって歩いてく。アイナは小さく手を振った。
そんな様子を眺めていたライラは「あれ? 行かないの?」と不思議そうにアイナを見た後、インベントについていこうとした。
そんなライラを見てアイナは呟いた。
「ついていけねえぞ――っと」
次の瞬間、インベントはふわりと浮き上がったかと思うと、そのまま飛んでいった。
ライラはぽかんと口を開けて驚き、そして――
「飛んだぁー!?」
歓声をあげた。
そんな様子を見ていたアイナは、「やっぱ飛べること知らないんだな」と言ってあくびをひとつ。
ライラはこの後、なにをするのだろうかと考えつつも、アイナはどうでもいいやと呟いて、家に帰ろうとした。その時――
(なん――だ?)
ライラは非常に美しい金髪である。まるで輝いているかのよう。しかしこの時、ライラの髪は本当に発光していた。
徐々に小さくなるインベントを眺めながら、ライラは走り出す格好に。
「ウフフ、待ってぇ」
ライラは地面を大きく蹴り、走り出した。
恐ろしい速さで森の中へ入っていくライラを見て、アイナは呟いた。
「え? 追っかけるの?」




