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見えない太陽

 世の中、あの人に限って、というのはよくある話である。


 人に言えない隠し事があれば、周到に隠すのは当然である。

 表面上の付き合いをしている相手は、気付けなくて当然と言えば当然。大半の人間は上っ面しか見ていないのだから。


 さて、アイナはインベントのことをよく知っていると思っている。

 事実、シロとクロを除けば、アイナしか知らないインベントの一面は数多くある。

 そしてインベントは基本的には寡黙であり、ぺらぺらと自分のことを話したりしない。

 インベントのことをよく知る人物は極めて少なく、唯一にして最大の理解者は自分だと、アイナは思っている。


 当然、インベントの興味がある事柄も熟知している。モンスターである。

 度を越してモンスター以外には全く興味を示さないインベント。異性への興味も無く、好意を寄せる異性なんて自身以外にはいない。インベントが唯一の好意を寄せる異性は、私だけだと確信していた。


 そう――恋のライバルなんてものは現れないとどこか安心していたのだ。


**


 ドアの向こうのインベント。と見知らぬ女性。

 褐色の肌に、艶のある金色の髪。笑みを浮かべているが、どこか媚びるような表情。明るく華やかな雰囲気。まさに陽の女性であり、対照的にインベントは陰。本来ならば交じり合わない両者に見えたが、正反対な者同士は案外惹かれ合ったりする――なんて話を聞いたこともあるアイナ。


 その女性は、特異な存在だった。

 服装は黒を基調にしているが、各所に金糸で刺繍が施されていた。


腰部に巻き付けた一枚布はひらひらとたなびいて、スカートにしては短すぎる。どちらも高価に思える衣服であり、またアイナの知らぬ服装である。


 さらに背中には女性が持つにはかなり大きな剣が。片刃と思われる剣だが大きく湾曲し、鞘にはこれまた装飾が施されている。形状や装飾もアイナが見たことのない剣。


 どこの誰だか見当もつかない。だが、アイナはそれどころではなかった。なぜならその見知らぬ女性がインベントの隣に立っている――否、インベントにもたれかかっていた。インベントの左腕にその魅惑的な身体を蛇のように巻き付けて。


 インベントは素っ気ない顔をしているが、横を向ければ唇と唇が触れ合ってしまうほどの距離。


「うぉ、うぉい! 誰だその女は!」


 アイナは顔を真っ赤にして問いただした。

 インベントは「知らないよ」と素っ頓狂な答え。


「し、知らないわけあるかーい! 知らない女が腕に巻き付くわきゃねー!」

「本当に知らないんだもん」


 インベントの隣の女は、首を傾げ「なぁに? この子?」と問うた。


「アイナだよ」

「アタシの名前なんてどうでもいいの! 急になんだ! ふたりは、ど、ど、どういう関係なんだ!?」


 女は笑い――


「インベントはねえ~。わたしの、運命の人よ」


 アイナは開口し、わなわなと震えだした。


「こ、こんのぉ浮気モノォ!」

「え~」

「毎日せっせとモンスター狩りに出かけてると思いきや、イチャイチャしてたのか!?」


 インベントは女が絡みついていない反対の腕を振った。


「毎日モンスター狩りしてたよ」

「くぅー! モンスターも狩って、女の子もゲットしてたってか!?」

「いや、そうじゃないよ」

「だぁーったらいつどこで出会ったんだよ!」


 インベントは「今日だよ」と言い――


「今日なワケあるかーい! どんなけプレイボーイだよ! てかアタシがいるのに家に連れ込もうとかどういう神経してんだよ!」

「連れ込んでないよ。この人引っ付いてきたんだよ」


 隣の女は「もう~他人行儀~。名前で呼んで」と身体をくねらせる。しかし――


「いや……名前も知らないし」

「あはァ? そうだったかしら。ライラよライラ。ライラ・エル……まあライラよ」


 インベントは心底嫌そうに「とりあえず離れてよ」とライラを引き離した。

 インベントは億劫そうに、ライラが巻き付いていた左手をぶんぶんと振った。


「なんかよくわかんないんだけど、この人――ライラさんはカイルーンの森の中で寝てたんだよ。そんでもって人を探してるんだけど、名前がインベントなんだってさ」


 ライラは頷く。とても嬉しそうに。

 アイナは口をへの字に曲げる。インベントの説明は何一つ説明になっていないからだ。


「インベントがわかんね~以上にアタシはちんぷんかんぷんだよ! 森の中で寝てた? そんなわけねえだろ!」


 アイナはインベントに詰め寄って胸倉を掴んだ。


「森の中でお昼寝なんてしてたらア~ンタの大好きなモンスターに殺されちまうだろーが! 嘘つくならもっとまともな嘘つけい!」

「い、いや本当に寝てたんだよ……それにモンスターがなぜかいなくて……」

「あ~ん!? てことはこの……ライラさんだっけ? この人にはモンスターを寄せ付けないテリトリーでもあるってのか?」

「テリトリー……とはなんか違う気がするけど確かにそうかも」

「テリトリーがある人間なんているわけないだろ!」


 アイナの意見は正しい。一般論としては。

 ここでいままで沈黙を保っていたクリエが話し始めた。


「テリトリーを持つ人間はおるぞ」

「え?」

「ロメロじゃよ」


 ロメロの名を聞いた瞬間、インベントとアイナは納得し「あ~」と声を漏らす。

 ふたりにとってロメロは人外扱いであり、ロメロならなにがあってもおかしくないと思っているのだ。


 だがライラの表情は――ここまでにこやかだったライラの視線が一気に鋭くなったが、それに気付いたのはクリエだけだった。


「ロメロはテリトリーのオンオフができると言っておったな。あと、レイも隠しておるが似たようなことができる。まあ私が知るのはこのふたりぐらいか」


 インベントとアイナは納得するが、次の疑問が生まれてくる。

 ロメロと同じくテリトリーを持っているのであれば、このライラという女が何者なのか?

 視線がライラに集中する。ライラは目をぱちくりさせた。


「テリトリーというのはなんのことかえ?」


 すっとぼけた発言にアイナは溜息を吐いた。


「いや、ライラさん。モンスターを退けるようなテリトリーがあるんじゃないのかって話ですよ」

「え? そうなの?」

「いや、『そうなの?』って言われても……」


 インベントは酷くめんどくさそうな表情に。


「そもそもライラさんってどこの人なの? カイルーンの人でもアイレドの人でも無いんでしょ?」


 ライラの瞳はわかりやすく宙を泳ぐ。


「そのぉ~……内緒!」


 インベントたちは呆れた。インベントは尋問口調になった。


「なんでカイルーンに来たの?」

「それはインベントに会いたくて」

「なんで?」

「運命の人だから」

「会ったことも無いのに運命とかおかしいよね?」

「それは……そうなんだけどぉ」

「そもそも運命ってなに?」

「それは……言えない」

「言えない? なんで言えないの? というか何が言えるのさ?」


 ライラは口を口を真一文字に結んだあと、もったいぶるように呟いた。


「ライラ……二〇歳……以上デス」

「それだけ!?」


 押し問答は続き、インベントは苛立ち、アイナは呆れていた。

 そんな中、クリエはずっとライラという異物を観察していた。

 しかし、クリエの表情はいつまで経っても晴れない。


 なぜなら――


(このライラという女、『運命』と言うだけあって恐らくインベントの人生を動かす存在で間違いない。間違いないはずなのじゃが……)


 クリエはじっとライラを見つめる。見つめるのだが見えてこないのだ。


(ライラはインベントの風に大きく作用している――ハズなのに、なぜこの女の風が見えぬ? まるで死者のように無風)



 ライラが何者なのか。それは誰にもわからない。

読んでいただきありがとうございます。


収納空間を極める男、第2巻が発売しております。

ぜひぜひそちらもよろしくお願いします。

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