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眠り姫と王子は出会った

 カイルーンの町は、イング王国の南端に位置する。南端であるため、南方向へは街道がなく人の往来が無い。そのためモンスターの発生率が高く、森林警備隊が最も警戒しているのが南側であり、インベントのお気に入りも南側だ。


 そんな南側で異常が起きていた。

 異常といっても悪い出来事ではなく、とても些細な話。インベント以外にとっては。


(やっぱりだ。日に日にモンスターの気配が減っている。というか……いないぞ)


 ここ数日、モンスターが減少傾向であることにインベントは気づいていた。モンスターの気配に敏感なインベントだからこそ気づけたのだが、理由がわからなかった。

 インベントは大物モンスターが発生したのではないかと期待していた。強力なモンスターが一体いれば、その周囲には他のモンスターが寄り付かないケースはある。巨大なテリトリーを有する凶悪なモンスターに胸が膨らんだが、いくら探しても発見には至らない。


 インベントの期待は、疑念に変わった。もしかしたらジンのようにモンスター化した人間が、人間に戻っているのかもしれないと。それならば――関わりたくない。インベントは人型モンスターもとい、荒ぶっている人間と戦うつもりは一切無いからである。


 五日が経過したが状況は一向に変わらなかった。

 見て見ぬフリをしていたのだが、やはり気になってしまうインベント。

 仕方がないので原因を突き止めることにした。


(気味の悪い森だ)


 モンスターの匂いが一切しない森。なんの面白味もないつまらない森。

 しかしまるで大物モンスターのテリトリーに侵入したかのような静かさを感じていた。


(気配を消すことができるモンスターか!? いやだとしたら他のモンスターがいない理由が説明できないな。気配は消せるけど、他のモンスターは察知しちゃうモンスター……なんかややこしい。それとも……透明なモンスター? う~ん、それだったら最高なんだけど、なんか違う気がするんだよね)


 インベントは警戒しつつ歩いた。このテリトリーの中心地点へ。もっとも無臭――モンスターの気配がしない地点へと。


 そして、インベントは目を細めた。原因を発見したのだ。それはそれはもうわかりやすい存在を。


(人、女の人。それも……寝てる)


 芝生の上に寝転がる女。

 寝相が大変悪いのか大胆に四肢を放り出し、艶のある金髪を盛大に芝生に広げていた。


(知らない人だな)


 インベントは人間に対し興味が薄い。そのため、知り合いでも忘れてしまう。名前などは特に顕著。過去に会ったかどうかを判断するのは苦手である。

 しかしながらインベントは、この寝転がっている女を、初対面の人間であると判断した。

 理由はわからないが、この眠っている女性は一度会ったら忘れないであろう存在感を醸し出していた。


 インベントは警戒し観察する。ジン同様に人型モンスターである可能性は大いにある。

 人型モンスターであれば森の中で眠りこけていても不思議ではないからだ。しかし――


(違う。この人は普通の人間。いや、こんな場所で寝てるんだから普通ではないんけど。ジンとは違う。でもあれだな……剣はかっこいい。ちょっと……『モンブレ』の剣っぽい)


 女性と寄り添うように横たわる剣は、鞘に収まっているもののかなりの大きさの曲刀であることがうかがえた。また、かなりの装飾が施されている。


 まじまじと眠る女性を観察するインベント。

 すると――目が合った。


「あ」

「あ」


 女性は立ち上がり、衣服と髪を整えた。


「ね、寝ているところを覗くなど、はしたないであろう、ホホホ」

「あ~ごめんなさい」

「まあ、まあよい」


 インベントが女性から受けた第一印象はお嬢様。絹地と思われる黒い上着には金糸で刺繍が施されており、腰部に巻き付けた一枚布はひらひらとたなびいている。あまり見たことのない衣服だが、どちらも高級品であろうと判断した。

 また、悪い人ではない気がした。したもののインベントの警戒は解かれていない。


「あの~」

「なにか?」

「なんでこんなところで寝てるんですか?」

「む? うむ、そのう、人探しをしておってな」


 インベントは人探しなのになぜ森の中で眠っていたのか、理解できなかった。しかし話を続けた。


「人?」

「ああ、だが名前しか知らぬ。だからほとほと困っておってな」

「そりゃあ、難しいですね。カイルーンの人ですか?」

「カイ……ルーン?」


 沈黙が流れた。


「カイルーンですよカイルーン。え? 知らないわけじゃないですよね?」

「あ、ああ、カイルーンね! ちょっとド忘れしただけ! 町の……名前?」

「そうですけど、本当に知ってます?」

「も、もちろんよ! 私の出身はカ・イルーンじゃないから」

「へえ。出身はどこなんですか?」


 女性は口をモゴモゴさせて――


「えと、アウィレドよ」

「はい?」

「アウィレド! あれ? アヒレド?」

「アイレドですか?」

「そう! それ!」


 インベントは首を傾げた。


「アイレドは俺の出身地ですけど」

「え!? そそ、そうなのね!」


 インベントは眉間に皺を寄せた。


「失礼ですけど本当にアイレド出身ですか?」

「も、も、もちろんよ!」

「え~、本当に?」


 女は明らかに何かを隠している。おそらく嘘をついている。しかし、インベントはそれを証明できない。アイレド生まれ、アイレド育ちのインベントだが、「あなたなんて見たことない」と言えるほど、アイレドの住民に興味が無いのだ。


「し、失礼ね! その、えっと……あ、病弱でずっと家から出られなかったのよ! だからその! そういうことよ!」


 インベントは女性をまじまじと見た。

 身長はインベントと同じぐらい。肌艶、髪の艶どちらも良好。肌は褐色で、張りがあり非常に健康的。姿勢も美しい。病弱要素は皆無。インベントは頭が痛くなってきた。


「う~ん、まあいいや。人、見つかるといいですね。それじゃ」

「うむ。――――え?」


 インベントはそのまま去っていこうとした。


「ちょっとぉ!? もう行ってしまうのか?」

「はい? そりゃまあ、ここにいてもしょうがないし」

「い、いやその、もう少しお話ししない?」

「え? なんで?」

「なんでって言われると……そ、そうね! 人探しを手伝って欲しいからよ!」

「名前しか知らない人を探すなんて無理ですよ。それに……めんどくさいし」


 女性はやはり立ち去ろうとするインベントに必死に呼びかける。


「待って待って! 名前だけじゃないわ! そうね……とんでもなく強いはずよ。圧倒的に強いはず!」


 インベントは「なんだそれ」と呟きつつ、頭に浮かんだのはたったひとり。『陽剣』のロメロ。

 現在オセラシア自治区にいるらしいロメロを探しているのだと思い、インベントは思った――


(めんどくさい。ロメロさんの関係者なんかと関わりたくないんだよね。さっさと逃げよっと)


「人探しなら森林警備隊にでも行くといいんじゃないかな? てことで」

「ちょっと! 少しぐらい協力してくれたっていいでしょう!?」

「ハア~、わかりましたよ。で、名前は?」


 女性は両手を握り、胸の前で祈るような体勢に。そしてゆっくりと言葉にした。


「名前は――インベント」


 「知りませんね」と言って立ち去る予定だったインベント。しかしまさか自分の名前がでてきて呆けてしまった。そんなインベントを見て、もう一度――


「インベント。発音が違うと困っちゃうんだけど、インヴェント、イヴェント、イベント……どうかしら?」

「俺ですね」


 女性は「うん?」と首を傾げた。


「いや、インベントは俺ですけど」


 『インベント』は、父であるロイド・リアルトが名付けた。

 将来の成功や幸せを願い、演技の良い名前をつけたのだが、ロイドには名前を付ける際にこだわりがあった。それは、他人と被らない名前であること。ただし奇抜過ぎる名前は好ましくない。


 だからこそインベントは、同じ名前の人物に会ったことが無い。それなりに珍しい名前であることは理解していた。


 女性の表情は花開いたかのように明るくなり、金髪がまるで輝いているかのように見えた。瞳は潤んでいた。


「きゃあー!」

「え、ええ?」


 走ってくる女性、戸惑うインベント。


「アッハァー! 見つけたぁ! インベント! 私の運命の人ォ!」


 飛びつき、インベントを豪快に抱きしめた。ふんわりと柑橘系の香りがした。


「な、なに?」



 こうして眠りの姫と運命の王子様は出会った。

 ――出会ってしまった。

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