マスコットキャラよりギャルが好き
「な、なぜじゃ!?」
クリエは神猪カリューにまたがり、大急ぎでカイルーンの町へ向かっていた。
二日前にカイルーンの町を出たばかりなのに、とんぼ返りである。
「予兆は全く無かったのに。なぜこんな急に!?」
クリエは復讐のために生きている。故郷を燃やされた恨みを晴らすために。
いつか首謀者であるイスクーサと、インベントが繋がる――その可能性を信じて待っている。
二日前の時点で、インベントの風は穏やかだった。
なにかが起きる予兆は皆無だった。だからクリエはカイルーンの町から離れたのだ。
「急にインベントの風が動いた。なぜ? また人型モンスターか? それにしても突然過ぎる」
クリエの【読】は未来予知が可能である。
しかし『門』を開いた者に対しては、未来予知の精度が大幅に下がってしまうため、インベントの未来は無数に分岐して見えているし、思いがけない方向へ進む可能性もある。しかし予兆に気付けないのは想定外。まるで心変わりでもしたかのようにインベントの風が動き出したのだ。
**
「ふぅむ……」
明朝、インベントは武器倉庫で収納空間の整理をしつつ物思いに耽っていた。
そこに寝惚け眼のアイナがやってきた。
「ふあ~あ、おはよ」
「うん。おはよ」
インベントの顔色を窺うアイナ。ジンとの浮気事件以来、かなり気を遣っている。
逆にインベントは、ジンのことなど忘れつつある。ジンは粗ぶった人間であり、モンスターではない――とインベントは結論付けた。モンスターでもない変な人のことなんてどうでもいい。なんとも思っていない。
つまり、アイナはひとり気を揉んでいるだけである。
(ご機嫌……ちょっと斜めかしら?)
「朝ごはん……食べるか?」
「ん~、いらない」
「そかそか。今日もお出かけかい?」
「うん」
沈黙が流れた。アイナは邪魔しちゃ悪いと思い引っ込もうとする。
そんな時――
「ちょっと気になる……まあいいか」
インベントのつぶやきに対し、アイナは少しもやっとしたが――
「暗くなる前に帰ってくるんだぞ~」
お母さんのような発言をするに留めるのだった。
**
インベントが出かけ、家にひとり残ったアイナ。
椅子に座り大きく伸びをする。
「今日は……掃除でもすっかな」
アイナは現在、非常に優雅な暮らしを送っている。
カイルーン森林警備隊の隊長職として給金を貰いつつ、家まで手配してもらっている。
『宵蛇』の後ろ盾があるため、任務の報告はしてもよいし、しなくてもよい。
本来ならインベントとともに行動すべきなのだが、インベントはひとりでも十分強い。単独行動でも楽しくモンスター狩りをやってのける。
(働かなくても生きていける。にゃはは、な~んてスバラシイ人生!)
かったる~い人生から、悠々自適な人生にシフトしたアイナ。
幸せ――なはずなのだが、この生活がいつまで続くのかわからずもやもやしている。
立ち上ろうとしたその時――
誰かがドアをノックした。ジンに壊されたドアだが、綺麗に修復されている。
乱暴ではないが、小刻みに何度も叩いているため焦っているように感じた。
アイナは怪訝な顔をしつつドアを眺めた。
(ジン隊長みたいな展開は嫌だぞっと)
「はいは~い」
ゆっくりとドアを開けると、そこには――
「あっれえ? クリエさん」
腕で首の汗を拭うクリエが立っていた。
「インベントはいるかえ?」
「いや、もう」
「出かけてしまったか」
「は、はい」
クリエは目を細め、南を見た。それはインベントがいるであろう方向。
「と、とりあえず入ってくださいよ」
「――ああ」
**
椅子に座り、水を飲むクリエ。
(なんか……機嫌悪い? 余裕のない感じ? こんなクリエさんは初めてだな。なんだよなんだよ、不安になってきちまう、かったるい!)
クリエは何度も姿勢を変え、指先を小刻みに動かしていた。そしてぽつりと呟いた。
「――インベントは」
「へ?」
「最近インベントはどうだった?」
「最近って……まだ二日しか経ってないじゃないですか。なはは……はは」
アイナは茶化そうとしたが、クリエが真剣なので、髪を掻いた。
「う~ん、どう……って言われてもな。普通……普通かな? 普通だよな」
浮気事件以降、気まずい日々が続いている。ギクシャクしている。そう思っているのはアイナだけなのだが。しかしインベントに変化は無かった。――と思っているアイナ。
「あ、でも――今朝はなんか『気になる』ことがある素振りをしてたな」
「む? 気になる?」
「まあ、アイツのことだしモンスターのことでしょ、ニシシ……シシ?」
クリエは目を細め、ゆっくりと首を傾げていく。
アイナはなぜかたまらなく不安な気持ちになった。
クリエはコップを手に持ち、テーブルの端に置き――
「――インベントはいつか、私の仇と遭遇する可能性がある」
「ああ、『星堕』とかいう組織の」
クリエはコップを少しだけ右にずらし――
「それがいつのなのか、私にもわからん。ゆっくりと一歩一歩進んでいく感覚だからのう」
次にクリエはコップを大きく右にずらし――
「だが――なぜか今、この瞬間。大きく前進した」
「え? 今? 今日?」
「ああ……だが奇妙なことに兆候もなにも察知できなんだ。こんなことは初めてじゃ」
アイナはじっと壁を見ているクリエを見た。クリエはインベントの風を見ていた。
「――ジンだったかのう」
「ふぇ? ああ、ジン隊長」
「人型モンスターの件は、予知することが難しかった。しかしのう、直前では把握できていた。だから急いでカイルーンにやってくることができた。しかし……今回は本当に兆候さえない。理由がわからぬ」
アイナはなにか大変なことが起きているのではないかと思い、焦った。
「あ、あの、インベント探しに行ったほうがいいんじゃないですか?」
クリエは目を瞑ったあと、左目を少しだけ開けた。
「ここで待っているほうがよさそうじゃ。すれ違いになるのは面倒じゃしのう」
「はあ。そうですか」
アイナは窓から外を見た。
(まだ昼前だぞ? インベントは夕方にならないと帰ってこないのに。まあイイケドさ)
**
それからふたりは家の中でただただインベントが帰ってくるのを待った。
特に会話もせず、お互い妙に時間の流れが遅く感じていた。
そして、昼過ぎ。
「そろそろ帰ってくるぞ」
「え? 嘘? 早いな」
インベントは基本的に朝早くモンスター狩りにでかけて、夕方過ぎに帰ってくる。
日が傾いていない時間に帰ってくるのは稀だった。
ドアが開いた。
そこにはインベント――ともうひとり。
身長はインベントと同じぐらい。褐色の肌に、鮮やかな金髪。
どこか異国情緒のある服を纏い、大胆に腹部や太ももを露出させている。
アイナの知らぬ女性。
その女はインベントの腕に、豊満な胸部を押し当て、絡みつくように立っていた。
その女の表情は、明らかにインベントに好意的な表情だった。
もしも家に、誰もいなかったら――
ふたりはなにをするつもりだったのだろうか? はたしてナニをするつもりだったのか?
インベント浮気編――開幕。
マスコットキャラ(アイナ)
VS
金髪ギャル




