荒ぶる正義とひねくれた道徳
『モンスターブレイカー』の世界ではモンスターを狩る。とにかく狩る。親の仇のように狩って狩ってかりまくる。そんな『モンスターブレイカー』の世界をインベントは愛している。
だからこそモンスターに異常なまでの執着心を持っている。そのため他が疎かになっているのは否めない。
家族愛、友情、色恋、趣味――――年に一度両親に顔を見せる気もなければ、友達もいない。異性に対し興味関心も無く、アイナを好きだと自覚したことは奇跡的。
歪な人間であることは間違いない。しかし両親がしっかり教育してきたため道徳心はそれなりにある。
やっていいことと悪いことの判断はできるのだ。物を盗んではいけない。嘘をついてはいけない。人を傷つけてはいけない。そして――人を殺してはいけない。
モンスターに対しての執着と、道徳心の狭間に位置する存在だった『人型モンスター』。
しかしインベントは断ち切ったのだ。人型のモンスターなど存在しない。
だからこそインベントはジンを殺さない。
だが、ジンからすればインベントの心境の変化はわからない。というよりもあまりにも特殊過ぎて説明したところで理解できないだろう。殺せるだけの力があるのに殺してくれない。
ジンは苛立ち、声を荒げそうになる。だがどうにか心を落ち着かせた。
「――どうして殺してくれない」
「人殺しはしません」
ジンは強く拳を握り締めた。
「ありがとう。人として扱ってくれて。だが私は殺されるべきなんだ。今は衝動を抑え込んでいるが、いつ爆発してもおかしくない。爆発すればどうなるかわからない。今殺さなければ――」
インベントは表情を変えず「人は殺しません」と答えた。ジンはわなわなと震えだした。
「俺は……! 俺は俺は! もう人なんかじゃない! バケモノだ! 一思いに殺せ! でなければお前の家を破壊するぞ! お前の家族も! お前の大切なものも!」
インベントはせせら笑った。
「そうなったら逃げるかな」
「……ハ?」
「別にカイルーンの町に未練は無いし。家も捨てればいい。俺の家じゃないし」
「な、なんて無責任な! カイルーンの住民が被害に合うかもしれないんだぞ!?」
「そんなこと知らないよ」
「バカな! 護りたいと思わないのか! 力あるものが弱気を助けるべきだろう!」
「興味ないよ、そんなこと」
「そ、そんなことだと!? ふざけるな! 目の前に危険を取り除け! お前がやらねば多くの犠牲が出るぞ!」
ジンは正義感の強い男だった。だから正義感の欠片もないインベントに対し説教するような事態に。
なぜ説教されなければならないと、インベントも苛立ち言い返す。
「だったらカイルーンを攻撃すればいいよ。森林警備隊が戦うだろうし、長引けば『宵蛇』が来て排除してくれるんじゃない?」
「な、なぜカイルーンを攻撃しなきゃならんのだ!」
「知らないよ……だったら攻撃せずに静かに暮らしなよ」
「それができないから頼んでいるんじゃないか! 俺を殺せ!」
「だーかーらー人間は殺さないよ」
ジンは地団太を踏んだ。
「殺せるだろうが! お前は兄さんを殺したじゃないか! 兄さんを殺した!」
今度はインベントが苛立った。
「うるさいなあ。『白猿』……こ、殺してないし。ちょっと痛めつけただけだし……そうそう最後逃げちゃったからね、うん、殺してなんかいないよ」
「バカな! 兄さんは瀕死だった! 兄さんはオマエにヤられたんだッ!」
ジンは激昂し、理性が乱れていく。インベントはしらばっくれ、誤魔化した。
「致命傷になるような攻撃はしてないよ。うんうん。他の誰かにやられたのかもしれないよ? もしかしたら転んだのかも。昔、どこかのおじいさんが転んで頭売って死んじゃったって聞いたことがあるし」
「兄さんはおじいちゃんじゃない!」
「はは、まあ。そんなことはどうでもいいよ」
「どうでもよくない!」
「どっちにしても、俺は、絶~対に、人間は殺さないから。死にたいなら勝手にしてよ」
「ふざける――な! フザッ――けるな!」
ジンは背中を丸め、前傾姿勢になっていく。
インベントは辟易しながら、一歩後退した。
(どうして俺が、こんなのに絡まれないといけないんだよ……。
う~ん……逃げよっかな。でも逃げ切れるかな。あ~めんどくさい!)
インベントは考える。どうすればジンから逃げることができるか?
(あ~めんどくさい。本当にカイルーン森林警備隊に任せちゃおうかな。でもなあ、『黒猿』も『白猿』も森林警備隊が倒せないぐらいの強さだったし)
再度鬼ごっこをする気にはならないインベントは、ジンの処理を誰かに押し付け――もとい任せようと考えていた。適任な隊はどこかと考える。考えた結果、適任者を思いついた。
「ねえねえ、死にたいんでしょ?」
「――!? 殺してくれるのか!?」
「俺じゃないけど、ジンさんなんて簡単に殺してくれる人を思いついたよ。その人のところにいけばいいよ」
「ど、どこにいるんだ!?」
インベントは南を指差した。
「ここからず~っと先、森を抜けるとオセラシア自治区がある。そこにロメロさんがいる」
「南――ロメロ――」
ロメロこそジンを殺す適任者、そう考えたインベント。
『宵蛇』の居場所はわからないが、ロメロがなぜかオセラシア自治区にいることは、『怪鳥アルヒエドラ』を狩った際に、遭遇したクラマが口を滑らせていた。
「ロメロさんならす~ぐにバラバラにしてくれるよ。だから南に行ってよ。ちょっと遠いけど」
「南……か」
「オセラシアで最強の人を探せば、間違いなくロメロさんだから。ね? おっけ~?」
ジンは乱れた呼吸を落ち着かせながら、小さく数回頷いた。
「南……最強……ロメロ」
「そうそう! ず~っと南だからね~」
「ワカった。俺は南、に行く」
「うんうん、南に行けばいいよ。気をつけてね」
ジンは歩き出した。南へ――。
インベントはジンが見えなくなるまで見ていた。そして完全に見えなくなり――
「はぁ~! 疲れた!」
インベントは尻もちをついて、天を仰ぐ。
こうして人知れず『青猿』の脅威は去った。
オセラシアに――ロメロに押し付ける形で。
面倒なことは他人に押し付け生きていく!
ジンがこの先どうなるのかは、おそらく外伝として書きます。インベントの尻ぬぐいとして。。。




