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解呪

「人間のまま、俺を殺してくれ」


 ジンの願いに、インベントは大きく溜息を吐いた。


「なんで俺が殺さなきゃいけないのさ」


 ジンは激しい動悸を封じ込めるように胸を強く押さえている。しかしその表情は穏やかだった。

 

「人間のまま死にたい。モンスターとして……処分されたくない。それに兄さんを――セプテムに致命傷を与えたインベントサンなら俺を殺せるだろう? 恐らく俺の身体は普通にやっても壊せない。でもインベントサンなら俺を始末できる。そうだろう?」


 インベントは二度、人型モンスターと戦った。それは『白猿シロザル』と『黒猿クロザル』。どちらも恐ろしい耐久力で、生半可な攻撃では致命傷を与えることはできなかった。

 ジンを――人型モンスターを殺すには相応の力が必要であり、ジンの予想通り、インベントには相応の力がある。


 つまり――インベントにはジンを殺す能力がある。


「それに……俺には抑えきれない殺意がある。インベントサンに対しての殺意がある。そしてカイルーンに対しての執着もある。もしかしたら、また、インベントサンに危害を加えるかもしれない」


 ジンはインベントに対し特別な感情は無い。しかし『青猿アオザル』はインベントに対して深い殺意がある。ジンは人間とモンスターとの間で揺れ動いており、心を抑え込まなければ一気に殺意が溢れ出そうになっている。

 自らが放置しておいては危険な存在であると表明することで、インベントに殺しを促している。提案の皮をかぶった脅迫。しかしここで放置すれば、遠くない未来に殺されるかもしれないのは事実であり、自らの命を守るために殺すことは正しい選択ともいえる。


 つまり――インベントにはジンを殺す理由がある。


 また『青猿アオザル』の殺意の矛先がインベント以外に向く可能性もある。

 先ほどカイルーンの町で、複数の家屋と物見櫓を破壊した『青猿アオザル』だが、奇跡的に死者はでていない。しかし二度目があればどうなるかわからない。無差別に殺戮をする可能性だってある。

 カイルーンの平和のために『青猿アオザル』を狩ることは正しい行いかもしれない。


 インベントには大義名分が――――――


「チッ」


 インベントは舌打ちし、乱暴に髪を掻いた。


 『青猿アオザル』は殺されることを求めているし、『青猿アオザル』は殺してしまうべき存在。そんなことはわかっている。

 心の奥底で『殺してしまえ』――そんな声が聞こえてきた気がして、インベントは再度舌打ちした。


 血沸き肉躍る。

 相手がモンスターであれば、些細な隙さえも見落とさないために集中し、針の穴ほどの隙でも穿つために全神経を昂らせる。酸っぱい木の実を見ると自然と唾液が溢れるような自動的な反応。

 いつもなら気にもしないそんな昂りが、『青猿アオザル』相手にも発揮されてしまう。それが無性に気に食わない。インベントはしかめ面で、髪を再度掻いて、昂りを抑え込んだ。


 斜に構え、インベントは『青猿アオザル』を見た。


 不自然に伸びた毛髪はモンスターらしくもあるが、上半身は襤褸ぼろ切れのようになってしまってはいるものの、カイルーン森林警備隊の隊服を着ているため人間らしくもある。


(人間が……パワーアップというか、野生化と凶暴化した結果、こんな感じになっちゃったんだね)


 インベントはあえて『モンスター化』という言葉を使わずに考える。


(う~ん……ずっと感じていた違和感。『人型モンスター』は本当にモンスターなのか?

 『青猿アオザル』だって、凶暴化した長髪の毛深い人間じゃない? そもそもモンスターってなんだ?)


 モンスター大好き少年が、今更ながらモンスターの定義に頭を悩ませていた。しかしすぐに答えは出た。インベントなりの答えが。


(ふ、ふふ。そうだよね。モンスターは『モンブレ』の世界のモンスターが正しい。あっちの基準で考えれば良かったんだ)


 インベントが夢で見る世界『モンスターブレイカー』。『モンスターブレイカー』のモンスターは、インベントの住む世界のモンスターと違う。炎や雷を纏い、動物とかけ離れたタイプも多く存在する。しかし共通項も多い。

 大型であることや、群れないこと。そして――――


(人型モンスターなんて――存在しない!)


 『モンスターブレイカー』以外のゲームならばデーモンやヴァンパイアなど人型のモンスターは存在する。しかし『モンスターブレイカー』にはいない。インベントにとって『モンスターブレイカー』は教典のような存在であり、『モンスターブレイカー』がすべて正しいのだ。


「う~ん……」


 インベントはふと疑問に思った。なぜ今の今まで存在するはずのない『人型モンスター』のことで悩んでいたのだろうかと。いつ、どこで、『人型モンスター』なんて存在を認めてしまったのか?

 記憶を遡っていった結果、たどり着いたのは――


「あ~ロメロさんか」


 インベントはモンスターを狩ることにしか興味が無く、モンスター以外との戦闘では興が乗らない。

 そんなインベントの根底にある考えを捻じ曲げた人物。それがイング王国最強剣士である『陽剣のロメロ』である。


 数年前ロメロチャレンジにて、インベントは幾度となくロメロに挑んだ。しかしロメロはあまりにも強すぎた。全力を出しても簡単にあしらわれてしまうほどに。結果、インベントの中で『ロメロ=全力を出せる相手』となった。

 そして何を間違えたのか『モンスター=全力を出せる相手』と、『ロメロ=全力を出せる相手』、二つの方程式が交わった時、『ロメロ=モンスター』という謎ルールが確立された。存在するはずのない『人型モンスター』という枠組みがいつの間にか出来上がっていたのだ。


「まったく……あの人はメチャクチャだなあ」


 インベントは久しく会っていないロメロを思い出し、微笑んだ。

 また、ロメロに大きく影響を受けていたことを思い知った。

 しかしこの瞬間、『人型モンスター』が紛い物であることを突き止めた。

 迷いは消えた。


 インベントはジンを見た。


「えっとジンさんだっけ?」

「――ああ」

「俺は、あなたを殺さない」


 インベントはきっぱりと言い切った。対してジンの顔は歪む。だがインベントは動じない。


「俺は、ジンさんを殺さない」


 インベントは決めた――というよりも元に戻った。

 インベントはモンスターを狩って生きていく。人殺しはしない。


 歪んでいた信念が真っすぐに。

 人型のモンスターなんてものは存在しない。どれだけ人外の存在であっても、『青猿アオザル』であっても、もちろんロメロであっても。


 『ぶっころスイッチ』。

 相手が『人型モンスター』の時だけ起動し、相手が人間であっても、モンスターだと思い込み全力で戦う、誰にも見えない心のボタン。


 『ぶっころスイッチ』は消えた。

 人型モンスターに対しての浮気心は断ち切ったのだ。

『第十五章 愛_浮気編』は短いですがそろそろ終わります。

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