人かモンスターか。そんなことどうでもいいか。
ジンはインベントの名を知っていた。しかし誰から教えられたのかわからない様子。
記憶がぐちゃぐちゃで継ぎ接ぎだらけ。
インベントたちはどう声をかければいいのか、そもそも声をかけるべきなのかわからず静観する。
するとぽつりぽつりとジンは一人語りを始めた。
「闇の中……たくさんの人間がいた。
だがひとり、またひとりと減っていく。
俺の番がやってきた。そして――そのあとの記憶が無い」
ジンは混濁している記憶をどうにか取り戻そうとしていた。
「動けない。拘束されている。
引きちぎろうとしても、びくともしない。
空腹と渇きで頭が狂う。叫びたくても言葉が上手く喋れない。
寂しい。ただただ寂しい」
ジンは目を潤ませる。
「腕が動くようになった。
水と食料が与えられた。持ってきてくれたのが……兄さん?
誰だ? バケモノ? 違う。兄さんだ。違う。兄さんじゃない」
ジンは目を見開きはっとした表情になる。
「そうだ。誰かが言ったんだ『おまえたちは兄弟』だと。『セプテムとオクトゥだ』と名付けられた。
なぜだ? どうして嬉しいと思った? 意味が分からない」
ジンの苦悩を、インベントは興味深く聞いていた。
(これは……この人がモンスターになっていくときの話かな)
改めてインベントは、人間をモンスターに変身させることを気色悪いと思う。
と同時に――
(フフ、本当にモンスターを創れるんだ。フフ、これは素晴らしいぞお)
膨らむ期待。『星堕』のラーエフ。早く会いたくて堪らない。
(はやくルベリオ来ないかなあ。まったくもう)
なおもジンの一人語りは続く。
「俺は――仕事を任されるようになった。俺も兄さんも。
モンスターを運ぶ仕事。白い少女――樹を操る少女と一緒」
インベントは頷き『拘束されし魔狼』のことを思い出していた。
大型モンスターで大樹に拘束したのは、白い少女――十中八九アドリーで間違いないだろう。
そしてモンスターを連れ運んだのが、ジンたち人型モンスターなのだと容易に想像できた。
ラーエフがモンスターを創り、人型モンスターがモンスターを運び、アドリーが拘束する。
『星堕』の構成員たちの役割分担が見えてきた。
(フフ、ルベリオいらないね。あ、俺を招待するっていう大事な役目があった)
「何年経ったんだ? 時間感覚が狂っている。兄さんは産まれた時から一緒だった気がする。これも違うのか? 違うんだな。クソ! 俺はなんなんだ!?」
ジンは自らの頭を思い切り叩き、頭を抱え、苦悩した。
と思いきや、急に直立し、目を見開く。
「死にかけの兄さんがやってきた。兄さんはよくわからない言葉を喋っていた」
ジンは首を振る。
「違う。兄さんは――最期の力を振り絞って人の言葉を喋ったんだ。
同じ境遇の俺に人間の言葉を、何度も何度も。
『俺は兄さんじゃない』って弟の俺に。ハ……ハハ、なんだよォ、なんだよそれ……」
ジンはボロボロと涙を流し始めた。人、モンスター、記憶、絆。複雑に絡み合いジンの感情を大きく揺さぶっている。
「そして――『空飛ぶ男にやられた』と言った」
涙でぐしゃぐしゃの顔から突然向けられた殺意に、インベントは臨戦態勢に。しかし、ジンは両手を大きく振るい「違う。違う」と否定する。その否定はインベントにではなく、ジン自身に向けた言葉。
「兄を殺ったのは――オマェ……キミ……かもしれない。
だが人間がモンスターを殺すのは当然だ。仕方ないことだ。間違ってない。責めてはいけない」
ジンは硬く握りしめた拳をゆっくりと開いていく。
「やっと――思い出した。俺は君が空を飛んでいくのを見た。つい最近だったはずだ。遠く遠くの森で」
「へ?」
インベントは目を丸くした。
そして記憶の断片が蘇った。
父を助けた後――名前も忘れてしまったラゼンという凶暴な男を煙に巻き――ルベリオと戦った。
その時――ルベリオは青い毛髪の人型モンスターを連れていたことを。
そしてその名前は――『オクトゥ』。
(あの時のモンスターがこの人だったのか!?)
繋がっていないはずの糸が繋がっていく。
「空を飛ぶ君を見て、兄さんの仇だと思った。だから俺は怒り心頭で追いかけた。
そうだ俺はとにかく走った。そうだ――走り出してすぐにアイツに会った。
イラつく男だった。ずっと嫌いだった」
インベントは人型モンスターにさえ嫌われる男の正体がルベリオであるとすぐに理解した。
「だから俺は聞いた。名前を聞いた。どういうやつか聞いた。
だが会話にもならなかった。名前がインベントということしかわからなかった。苛立った。無性に苛立った。だから――殺した」
インベントは思わず聞き返した。
「こ、殺した!?」
「ああ、力一杯殴ってしまった」
「う、う、うそでしょ? ルベリオ殺した? うそうそ?」
「ルベ……リオ。ああ、聞き馴染みがある。そういう名前だったのか」
「殺した? 殺してないでしょ? 大ダメージとかでしょ? 瀕死とか……って瀕死はダメか、そのまま死んでしまう。確実に殺したって確証はあるの? 無いんでしょ? 無いに決まってるよね!?」
「……上半身と下半身が分かれて生きていけるとは思えない」
インベントは呆然としてがっくり肩を落とす――が持ち直す。
「信じられない。は、はは、その記憶だってどこまで信憑性があるの? 記憶が混濁しているんだかから捏造された記憶かもしれない! そうに違いない!」
ジンは黙っていた。否定も肯定もしない。
「どうしよう……さ、探しに行くか!? 怪我して動けないのかもしれない! で、でも同じ場所に行けるかな……目印なんて無かったし」
居ても立っても居られないインベントだが、妙案は出てこない。
このままでは会いたくて会いたくてたまらないラーエフと出会えなくなってしまう。
そんな時――
「インベント……サン」
ジンがインベントを呼んだ。笑顔と思われる表情だがぎこちない。
インベントはジンに構っている場合ではないとばかりにそっけなく「なに?」と返した。
「俺は――カイルーン森林警備隊の隊長。あ、そう、か、元隊長なんだろうな。
ジン・ハルゲート。人間だ。人間なんだ」
今更の自己紹介に、内心やきもきしているインベント。
しかしシロが『人に戻れそうだね!』と喜んでいるので仕方なくジンの自己紹介に頷いた。
ジンは両手で胸を強く押さえた。
「カイルーンの町が好きだった。カイルーンの人たちを守りたくて、護りたくて森林警備隊になった。家族も、仲間も大好きだった。この気持ちは俺がジン・ハルゲートである証だ」
またもジンはボロボロと涙を流した。真っすぐインベントを見ていた。
「だから――俺を殺してくれ」
インベントは眉間に皺を寄せた。
「人間のまま、俺を殺してくれ」
ジンの願い――
インベントの答えは――
いつも読んでいただきありがとうございます。
中途半端なところで中断してしまい申し訳ありません。
ですがなんと! 6/28に『【収納空間】を極める男~俺はモンスターを狩りたいだけなのにぃ!~』一巻が発売することが決まりました! ありがとうございます!
応援いただいた読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
ぜひご購入いただけると幸いです!
実は続刊に向けてすでに動き出しておりまして……正直結構大変です。
ですが『小説家になろう』でも連載は続けますので、ブックマークや★評価よろしくお願いします。




