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 赤茶の硬い体毛を逆立てて、ボアタイプモンスターは襲い掛かってくる。

 鋭く伸びた牙を振り回した攻撃はまともに喰らえば致命傷である。


 体格に劣る人間だが、しかし研鑽された技があり、蓄積された策がある。

 タイミング良く防御することで弾き返したり、力の流れをコントロールすることで受け流すこともできる。

 ちくりと刺すような一見無意味に思える攻撃にも意味がある。怒りの対象を自身に向けることで仲間の安全を確保するためだ。


 巧い。

 インベントは素直にそう思った。


 『青猿アオザル』のディフェンダーとしてのレベルは非常に高かった。

 モンスター化しているため、瞬発力や腕力は大幅に強化されているのだろう。しかし『青猿アオザル』ではなく、ジン・ハルゲートという男がいかにすぐれたディフェンダーだったのかインベントはすぐに理解できた。


 『青猿アオザル』はボアタイプモンスターの体勢を何度も何度も崩していた。

 その度に、インベントはピクリと反応してしまう。もしも自分がアタッカーならば絶好のチャンスだからである。


 優秀なディフェンダーの存在は、隊の戦い方を変えるほどの力がある。

 もしも『青猿アオザル』と同じ隊だったならば、安心して攻撃に専念できると思った。


 しかし、悲しきかな『青猿アオザル』には仲間がいない。

 どれだけ攻撃を防ごうが、牽制の矢は飛んでこないし、だれも追い撃ちしてくれない。

 献身的であればあるほど、これほど滑稽なディフェンダーはいない。


 『青猿アオザル』にはボアタイプモンスターを屠る力が恐らくある。

 ボアタイプモンスターは通常より多少大型ではあるものの、『青猿アオザル』のほうが格上である。

 力一杯ぶん殴れば、ボアタイプは大ダメージを受けるだろう。


 だが――殴れない。『青猿アオザル』の両手は塞がっている。盾と剣。

 手放せばいいのに、『青猿アオザル』は手放さない。まるで呪いの武器。


 手放せないのは盾と武器だけではない。

 それは人間として生きた時間の中で、培ってきた経験や技術。


 小難しいことはしなくても、本能のままに暴力的に戦えばボアタイプなど敵では無い。

 それなのに、人間らしく戦ってしまう。


「ミンナ?」


 なぜ独りで戦っているのかわからない様子の『青猿アオザル』。

 不用意に振り向き、ボアタイプに吹き飛ばされた。

 人間であれば即死――だが『青猿アオザル』はケロッとしていた。

 そしてまたディフェンダーとして戦いを続ける。



 戦いはすでに一時間経過していた。


『悪魔的作戦! ただ眺めているだけで消耗していくぞ! ベン太郎は天才だな!』 


 クロは戦い始めは愉快そうに眺めていた。しかし――


『これ……いつまで続くんだ? 体力が無尽蔵だから終わらねえんじゃね?』

『うん……それになんか可哀そうだよ』

『あ~、なんか動物実験してるみたいではあるな』


 終わりが見えないモンスター同士の戦い。

 ボアタイプは息を切らしているが、特にダメージを受けていない。

 攻め疲れているものの、逃げないのはモンスターゆえの攻撃性か。


 そんな中、インベントは『青猿アオザル』に近寄っていく。

 『青猿アオザル』の斜め後ろで、腕を組んで立った。


「おい、『青猿アオザル』――いや、ジンだっけ? オクトゥだっけ? ま、どっちでもいいけど」


 語気を強めた喋り口調は普段のインベントらしくはない。怒りが混じっていた。

 『青猿アオザル』は防御に専念しているため、振り向けない。気にせずインベントは話を続ける。


「なんだよそのテク。滅茶苦茶防御巧いじゃないか。

 何歳だよ? そんなに年上に見えなかったのに、むかつくな」


 インベントはおもむろに盾を取り出し、『青猿アオザル』の近くに投げた。

 直後、『青猿アオザル』は攻撃を受け流しつつ持っていた盾を放り投げ、新しい盾を手に取った。

 使用していた盾はすでにボロボロで持ち手がとれかかっていたからだ。


 『青猿アオザル』が感謝したのかはわからない。

 だが『青猿アオザル』は口を開いた。


「オレガ、マモル。守る」


 インベントは下唇を噛んだ。


「なんでモンスターになんかなっちゃったんだよ。腹立たしい。

 モンスターになっちゃったら……モンスター狩れないじゃないか!」


 モンスターを狩ることこそが至上の喜びであるインベントにとって、モンスターを狩れなくなってしまったジンに苛立ち、憐みを覚えていた。


「戻れるならさっさと人間に戻れよ。バカ。バーカ」


 インベントの叱咤激励が届いたのかわからない。

 だが『青猿アオザル』は今日一番、完璧なタイミングで攻撃を受け流した。

 ボアタイプは躓くように倒れた。


 次の瞬間――インベントは加速していた。

 収納空間から槌を取り出し、身体ごと旋回してモンスターの頬をぶっ叩いたのだ。


 モンスター狩りを手伝う気などなかった。だがディフェンダーが生み出したチャンスをふいにすることはモンスターを狩る者として失礼な気がしてしまった。


 首が捩じれるほど頭部が吹き飛ぶ。

 インベントは「あ、しまった」とやってから気づいた。


 直後、ボアタイプは頭部を素早く戻し、突然攻撃してきたインベントを睨みつける。だが――


「ヒダリダ!」


 『青猿アオザル』の声に、インベントは笑みを浮かべ「わかってるよ」と呟き、ボアタイプの側面を駆け抜けていく。

 ボアタイプはインベントを目で追うが――『青猿アオザル』がボアタイプの鼻先を斬った。


 インベントは少し嫌味っぽく「ヘイトコントロールもばっちりじゃないか。むかつくなあ」とぼやく。

 頼れるディフェンダーとのモンスター狩りが非常にやりやすいことを実感しつつ、ボアタイプ狩りが始まる。


 とは言え、一方的な展開になることは目に見えていた。

 完璧に攻撃を防ぎきる『青猿アオザル』と、圧倒的な攻撃力を誇るインベント。


 しかしインベントはあえて剣だけでちまちまと戦った。

 手を抜いているといえば間違いないのだが、単純に楽しかったからである。

 楽しい時間を引き延ばしたかった。


**


 締めくくりとして上空から落下しつつ、丸太を直撃させた。

 ボアタイプの身体を貫通した丸太はまるで墓標のように。


 インベントは名残惜しそうにモンスターを見つめ、ゆっくりと視線を『青猿アオザル』へ。


 少しキザっぽく左手を『青猿アオザル』へ向けた。



「さあ、もう一狩り行こうか」

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