決戦前夜
「……なん……だと?」
ノルドに連れられ、バンカース、メイヤース、エンボスは駐屯地近くの多少開けた場所にやってきた。
そしてインベントは空を駆けていった。
始めは異常な跳躍だと思ったバンカースだが、いつまで経っても落ちてこないインベントを見てバンカースは驚愕する。
米粒ぐらいのサイズのインベントを見ながら――
「お、おい、ノルドさん」
「ふん……なんだ?」
「アイツ……飛んでるよな?」
「ああ」
バンカースは眼を擦った。
「あいつは……【器】だよな」
「そうだ。【器】だけだ」
「【器】は…………飛べるのか?」
「知らん。だがアイツは飛んでいる」
バンカースは思い出す。
入隊試験の際に貧弱で弱弱しく見えた男が翻弄してきたことを。
調子に乗っていたロゼをどうにかしてもらおうとノルドにけしかけたが、結果としてなぜかインベントが負かしてしまったことを。
(コイツはいったいなんなんだ……?)
「こんな……飛べる奴なんて……」
「星天狗以来か?」
「ハハハ……星天狗の再来? 馬鹿な……」
バンカースは認めたくない現実に力無く笑う。
「アイツなら――空からならモンスターの炎も避けられる。
何せ空に遮蔽物は無いからな」
「クソ」
バンカースは地面に胡坐をかいて座りだした。
そして目を閉じた。
数秒後、深く深呼吸をした。
「――よし」
バンカースの顔から迷いは消えていた。
「メイヤース!」
「はっ!」
「大物狩りのメンツは全て招集!
ただスピードに自信があるやつも追加で招集しろ!」
「了解しました」
「後、念のため『宵蛇』も招集依頼をかけろ」
「はい」
「よし! そんでもってエンボス!」
「はい」
「駐屯地の緊急事態は継続しろ。変わらず周辺警護……後は街道周りの警護は行え。
ただし絶対に南部には近づかせるな! モンスターの索敵範囲が広い以上、刺激して駐屯地に近寄らせたくねえ」
「わかりました」
「ノルドさん」
「おう」
「ノルドさんはモンスターの動向を観察してください。
危険が及ばない範囲で構いません。
後は……本番までにインベントに作戦をしっかり叩き込んでやってください」
「心得た」
「インベントを一番うまく扱えるのはノルドさんでしょうし」
「――そう……かな」
歯切れ悪い。
(アイツ……勝手に暴走しがちだからなあ……)
****
大物狩りに向けて準備が進む。
今回、幸運だったことにモンスターは活動的ではないことだ。
ゆっくりと駐屯地方面に北上してはいるものの、発見が早かったことも相まってかなりの準備日数を稼げた。
いつもの大物狩りのメンバーに加えて、ある程度の実績と足に自信があるメンバーが招集された。
その数40名。
ただ、ディフェンダーと呼ばれるモンスターの攻撃を受ける役割のメンバー10名は今回後方支援の守備に回されることになる。
よってアイレド森林警備隊の精鋭30名で大物狩りに挑むことになる。
正確には30名に新人であるインベントを加えた31名だ。
**
大物狩り決行前日――
バンカースが大物狩りに参加する面々を集めた。
ただしノルドとインベントは参加していない。
「注目!!」
バンカースの掛け声で全員が注目した。
「明日は大物狩り決行となる!
これまでのようにディフェンダーが攻撃を防ぎ、アタッカーが攻撃する展開ではない!
初の試みになる……つまり状況に応じて個々に判断を求められる場合もあると思う!
特に、第一段階で失敗した場合は速やかに撤退することを忘れるな!
今、この時間もノルドと――――新人であるインベントは作戦のため精力的に準備を進めている!!」
少しだけ全体の雰囲気が揺らぐ。
作戦内容は全員頭に入っているが、どうしても新人であるインベント頼みの作戦から始まる点に抵抗があるのは否めない。
「不安があるものもいるだろう!
だが俺はインベントを信じている!
誰よりも危険なのはインベントなんだ!!」
事実、インベントは一人で囮役をやることになる。
インベントは余裕だと思っているが、客観的に考えれば新人が大物狩りの囮という大役を担うわけである。
「インベントは必ず道を切り開く!!
そして接近さえしてしまえば、炎は怖くない!
アイレド森林警備隊の恐ろしさを――――モンスター……」
大物には特別な名前を付けるのが慣例となっている。
今回のドレークタイプのモンスターは――
「『紅蓮蜥蜴』に教えてやろう!!!!」
拳を上げるバンカース。
それに呼応し、各人咆哮を上げる。
準備は全て整っている。
**
「総隊長」
「……メイヤースか」
集会が終わり、一人で考え事をしていたバンカース。
メイヤースはメイヤースで後方支援部隊の陣頭指揮をとっていた。
「医療班、物資補給班の準備も問題ありません。
今回は時間がありましたからね」
「そうか。時間…………あったもんな」
通常の大物狩りでは、負傷したメンバーをすぐに治療できるように前線のすぐ近くに医療班を配備する。
今回の作戦は広範囲にメンバーを配置するため、医療班は二班に分けている。
物資に関しても使い物にならなくなった武器や防具をすぐに交換できるように、物資補給班が医療班の更に後方に配備される。
「……何か不安でも?」
「ははは。まあ今回はイレギュラーだらけだ。不安にもなるさ」
「そうですか」
弱気。
バンカースはあえてメイヤースにだけは弱気な自分を見せている。
部隊を鼓舞する熱と、冷静に判断する自分を両立するためだ。
「……準備は万全だ。これだけ時間を費やせたんだから。
雷鬼の時は悲惨だった。ほとんど準備もできない状態だった……。
たくさん死んだ……」
雷鬼は、八年前に現れたAランクのモンスターだ。
その際に当時の総隊長は殉職し、バンカースが総隊長を継ぐことになった。
「大丈夫ですよ。今回は」
「――ああ。勿論だ」
バンカースは笑った。
「それではおやすみなさい」
「おう! 明日は早いぞ」
「ええ」
メイヤースは去っていった。
バンカースの精神状態は非常にフラットな状態になった。
そして――
「なぜ……これだけ時間があったのに『宵蛇』は来てくれなかったのだ……」
最後の弱音を吐き捨てた。