発想の転換
『ねえねえ、フミちゃん』
『あん? なんだよ、こっちは忙しいんだ』
『うん、忙しいのはわかるんだけど、聞いて』
『後にしろ、後に!』
シロとクロは小さな部屋で生活している。
行き来することは可能であり、会話することもできる。それ以外にもチャット形式で呼びかけることも。
クロの視界に突然文字がずらずらと並ぶ。『き・い・て!』がエンドレスに。
『おわっ!? な、なにすんだよ! 戦闘中だぞ』
『逃げてるだけだし大丈夫でしょ』
『い、いやまあ、そうだけど』
『私、思いついたの』
『あん? なにを?』
『あのモンスターを殺さずにどうにかする方法』
クロはかじりつくように『青猿』を見ていたが、口をへの字に曲げてからシロを見た。
『随分と強い言葉を使うじゃねえか』
『え? 別に強い言葉なんて使ってないよ?』
『あ~へいへい。で、なんだよ? 殺さずにどうにかする方法?
あんな暴れん坊を無力化できる策を思いついたってのか?』
『えっと……うんと……。
昔、一緒に見たアニメでね、なんか暴走しちゃった人……バーサーカー? だっけ?』
クロは思わず結論から言え――と言いそうになるがぐっとこらえた。
『あ~はいはい。バーサーカー、狂戦士ね。どのアニメの話だ?』
『そ。バーサーカー。暴走しちゃった男の人を、聖なる魔法みたいなので正気に戻すシーンがあったと思うんだけど……。あれ? エルフの口づけだっけ?』
『いや、まあ、古今東西その手の話は色々あるが――ん? シロ、まさか』
『うん、そう』
クロは察して天を仰ぐ。
『なるほどな。アレを人間に戻しちまうってことか?』
『うん』
『確かにアレは人間らしさを色濃く残してる。というか町中では人間だったもんな。
そっか、正気に戻ればベン太郎を襲う理由も無くなる……かもしれねえな』
『うんうん。それにあの人だって元に戻りたいと思うんだよね』
『ま、他に妙案もないし……やってみっか!』
シロは理解してもらえたことが嬉しくてうんうんと頷いた。
『じゃあどうしよっか? 叫ぶ?』
『あん? 叫ぶだぁ?』
『正気に戻って! あなたは人間よ! みたいな?』
クロはせせら笑う。
『カカカ、相変わらず頭お花畑だな~。モノノケ姫じゃねえんだから』
『むう。だったらどうするのよ?』
『へっ、こういうのは本能に訴えかけねえとな』
**
「あ~困ったな」
インベントは西へ西へと向かう。
遠くに故郷アイレドの町が見えた。なぜか無性に故郷が恋しく見える。
「いっそ……アイレドの町に戻っちゃえば、『青猿』から逃げれるんじゃないかな?
なんかもうそれでいい気がしてきたよ。うん、目いっぱい遠くまで連れて行こう。それからアイレドに戻ろう」
逃亡プランが固まった。そんな時――
『カカカ、ベン太郎ベン太郎。応答せよ』
「はーい」
『逃げるのもいいんだけど、ちょ~っと試したいことができた。なんとシロの発案だ』
「ほほう?」
『もう一回地上戦をやってみてほしいんだけどいけるか?』
「そりゃあ……まあ」
『よ~し、そんじゃあ着陸だ!』
「はあ」
インベントは首を傾げながらも、急停止し、そのまま真っすぐ降下していく。
『青猿』は当然追従してきた。
「で? どうするんですか?」
『とりあえず……アイツに剣を渡せ』
「へ!?」
『大丈夫だ。剣を渡すんだよ』
「で、でも」
ここで話し手がクロからシロに切り替わった。
『ベンちゃん』
「は、はい」
『私ね、そのモンスターを、人間に戻してあげたいの』
インベントはシロの発言に耳を疑った。
硬直するインベントに迫る『青猿』。インベントはハッとしつつ回避し、とりあえず逃げた。
「人間に? 戻す? モンスターを?」
『うん。だって、さっきまでその人、ジンって人だったでしょう?』
「い、いや、それはそうですけど……モンスターですよ? モンスターは動物には……」
『それはそうかもしれないけど、その人はちょっと特殊な気がするの。
だってアイナちゃんと一緒にいた時は人間だったじゃない。多分なんだけど、こ~心が昂ったりするとモンスターになっちゃうんじゃないかな? ほら狼男的な』
クロが『狼男の話はわかんねえだろ』と突っ込みを入れた。
『あ、え、あ、そっか。でもでも、元に戻る可能性ある気がしない?』
動物が変異しモンスターになる。だがモンスターが動物に戻ることは無い。それが常識だからだ。
物理的にモンスターをどうにかしようとしていたインベントにとっては、まさに寝耳に水の提案。
「で、でもどうやって?」
『うんうん、だからまず、剣を渡してみよう』
「何――で?」
『さっき、剣を持った時、喋りだしたでしょ? 多分人間の時の記憶が蘇っていると思うの。
元々、警備隊? の人なんじゃないかな?』
クロが『ありゃ剣がメインウエポンの動きだな』と解説を挟む。
「それは――そうかもしれないけど……」
先ほどまで、インベントはどうにかして『青猿』をモンスターだと思い込もうとしていた。
ここにきて真逆の発想――『青猿』は人間であり、人間の部分を引き出そうという展開。
抵抗感はある。が――インベントはシロの策に乗ることにした。
インベントは剣を二本取り出し、巨木の前に立った。
すぐさま迫ってくる『青猿』を華麗に回避し、その場に剣を投げ落とす。
『青猿』は巨木に激突したもののダメージは無く、きょろきょろと周囲を見渡した。
そして――二本落ちていた剣のうち、長いほうの剣を手に取る。
(長いほうが好みか。二刀流ではないよね)
インベントはじっと『青猿』を見ていた。
モンスターを人に戻す――そんなことができるのか半信半疑。
だが、どうすればいいのかわからない状況に比べれば、目的が定まっているほうがまだ動きやすかった。
「さあ来いよ『青猿』――いや、ジン。このクソ人間」




