どつぼ
どうしても『青猿』を純粋なモンスターとして見ることができない。
できないならできないなりにインベントは対応しようと腹をくくる。
(とりあえず……観察しよう。なにか突破口があるかもしれない)
インベントは地上での戦いを選択する。
お互い空を飛べるため、空中戦に特段のアドバンテージが無いと判断したからだ。
(あとは覚醒だけは気を付けないと)
『白猿』と戦った際、追い詰めた結果『鬼化』した。
『青猿』も追い詰めれば、更なる力を発現する可能性があると考えたのだ。
だからインベントは『青猿』に大ダメージを与えることなく、観察に徹するつもりだった。
作戦というにはあまりにも消極的だが、どのような結末に向かうべきか見えていない状況で最善の選択だと信じて。結論から言えば、この選択は更に良くない方向へ進む。
インベントは二刀流で『青猿』を迎え撃つ。
迷いがあるため動きにキレは無いが、それでも危なげ無く戦うことができていた。
とはいえ『青猿』の動きも大したことが無い。
インベントは今のうちに、『青猿』を殺さずにどうにかする方法を模索していた。
(インビジブルウォールを利用した動きは、トリッキーだけど想定しておけば対応はできる。
しっかり回避しつつ……どれぐらいの攻撃ならダメージを与えられるのか?
どれぐらいの攻撃ならば……致命傷にならないのか?)
不殺を念頭に置きながら、『青猿』を分析していく。
どうにかして殺さずに無効化する方法が無いか模索しながら。
「ハッ!」
『青猿』の突進に合わせ左腕に斬撃を喰らわせた。
しかし、体毛は斬れたが肉に阻まれる。柔らかい鉄を斬っているかのような不思議な感覚にインベントは溜息を吐いた。
槍や剣を飛ばしてもみるが、全くダメージは無い。
やはり生半可な攻撃は意味が無い。
『青猿』はと言うと――
(なにを……見てる?)
『青猿』は攻撃してきたインベントではなく少し先の地面をじっと見ていた。
そこにはあるものが落ちていた。それは――
(……剣。俺が飛ばした剣だ)
『青猿』は剣の元へ向かい、握り手の部分ではなく、剣身を部分を掴み、手に取った。
インベントはその様子を気味悪そうに眺めていた。
すると、徐々に変化が訪れる。
全身を覆う体毛が短くなっていく。特に顔付近は顕著に。
前傾だった姿勢もピンと真っすぐになっていく。
そして掴んでいた剣身を離し、握り手部分をしっかりと握りしめた。
インベントは無意識に、一歩二歩と後退りしていた。
姿形はモンスターであるものの、所作立ち振る舞いは明らかに人間である。
「――カタキ。コロス」
ヒトらしき発言の後、モンスターの脚力で一気に距離を詰めてくるソレ。
モンスターらしくない攻撃――剣を構え、流れるような美しい斬撃。
インベントは剣の才に乏しい。どれだけ努力しても剣単体の腕は素人よりもマシなレベル。
それでも努力を重ねた結果、一言で剣術といっても様々なタイプがあることは理解できるようになった。
ロメロは正統派。あらゆる面で極まっているため異常な強さだが剣の道を目指すならお手本にして良い。そして必ず挫折する。
ノルドは自らの速さを活かすため変則的な剣技を多用する。我が道を行くタイプ。
アイナは剣の才はあるが非力である。その非力さを補うために工夫して戦う。特に受け流す技量は非常に高い。
さて――『青猿』の斬撃に対し、インベントは剣で受け止める。
しかし、衝突したはずの『青猿』の剣は弾かれず、滑るように移動していく。
焦ったインベントは、もう一方の剣で振り払おうとした。だが流れに巻き込まれたかのようにインベントは体勢を大きく崩してしまう。力の流れをコントロールされている。
「ぐぅ!?」
力任せな剣技をあざ笑うような技巧。
インベントはアイナに稽古をつけてもらっている場面を思い出した。
アイナがちらつき苛立つインベント。
『青猿』はインベントを突き刺そうとしてくるが、インベントは収納空間で強引に剣の軌道を変え『青猿』は飛びのいた。
身構えるインベント。『青猿』は右手に剣を持ち重さを確かめるように軽く剣を振るう。そして――
「変ワッタ――剣技ィ」
インベントは息を飲む。
「肩口――ライカライ――双剣――テカズ。
キリトリ――散々――俺――バウザ」
聞き取れない単語が並ぶ。だが人語に聞こえてしまう。
「仇――マルイ――俺の剣」
『青猿』の構えが変わる。
左腕を突き出し、剣を構えた右腕を引いた構え。様になっている。
「インベント。コス。インベント。コロス」
『青猿』はすたすたと摺り足で近寄ってくる。
突き出された左腕が鬱陶しく、インベントは剣で払いのけようとした。しかし剣が『青猿』に到達する前に弾かれてしまう。
左腕には薄く滑らかな幽力を纏われていた。
続けて迫る『青猿』の剣。
こちらも剣で払いのけようとするが、すかされてしまう。
(なんだよコイツ! 戦いにくい!)
左腕は防御。右腕は老獪な剣技。
防戦一方の戦いを強いられる中――『青猿』が次第に人間に見えてくる。
左手に盾、右手に剣を持つ戦闘スタイル、攻防どちらも高い技量だったこと。
森林警備隊のジンという存在が色濃く滲みだしてくる。
(こ、このままじゃだめだ)
インベントは戸惑い、焦る。
覚醒し、より凶暴になることは想定していたが、よもやより人間らしく覚醒するとは思いもよらず。
どうしていいか本格的にわからなくなり、インベントは飛び上がる。
『青猿』は飛び上がるインベントを見て、視線を右手に落とした。
握っている剣をじっと見つめ「――剣」と呟き、名残惜しそうにしつつも手放した。
再度追いかけっこが始まる。
終わりの見えない――終わらせ方のわからない鬼ごっこが――




