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揺れる想い

 空中で静止している『青猿アオザル』。


 インベントは警戒しつつも手甲や足防具を装備していく。万全とまではいかないが戦える準備は整った。

 屋根の上でインベントは歩いてみる。しかし『青猿アオザル』は反応しない。

 隣の屋根に飛び移ってみた。その時――


 インベントは目を見開く。

 『青猿アオザル』は真下に急降下。その速さは自由落下ではない。

 そして屋根よりも少し高い位置で急停止、直後にインベント目掛けて再度急加速。


(やっぱり――似てる!?)


 直線的な飛行方法を見て、インベントは『白猿シロザル』と飛行方法が酷似していると感じた。

 インベントは華麗に回避したため、『青猿アオザル』は目標を見失いバタバタと暴れ物見櫓に激突した。


 爆発音が鳴り響く。物見櫓内にいたと思われる人物は恐らく即死。

 物見櫓は倒れ、通行人が巻き込まれた。


 辺りは騒然としているが、何が起こったのかはわかっていない。

 まさか空飛ぶモンスターが物見櫓を破壊するなど思い至らない。


 粉塵の中に浮いている『青猿アオザル』。きょろきょろと目下を眺めている。

 まだ誰も『青猿アオザル』に気付いていないが、見つかるのも時間の問題。

 見つかればパニックになっただろう。だが、インベントは木片を投げつけた。


(なーに呆けてんだよ)


 インベントは億劫な顔で『青猿アオザル』を眺めていた。

 『青猿アオザル』はインベントに気付き、全身の毛髪を逆立て――


「ガダギィイイイ!!」


 耳をつんざく咆哮と同時に、再度インベントに突進した。


「何言ってんのか、わかんないね」


 本当はわかっている。「仇」だと言われていることはわかっている。

 しかし、わかりたくない――理解したくない。そう思いつつ回避し飛び上がる。

 『青猿アオザル』はもうインベントしか見ていなかった。インベントは少しだけ安堵した。


 ちらと眺めた。倒れた物見櫓。その近くにいたアイナ。


(狙いにアイナが含まれていなくて良かったよ)


 インベントがアイナから離れれば、とりあえずアイナの安全は確保される。

 びしょ濡れのアイナに再度目をやってから、インベントは飛び去った。『青猿アオザル』を引き連れ、町から離れていく。


 そんなインベントを見つめていたアイナ。アイナは嫌な予感がした。

 このまま行かせてしまえば、なにかを失う気がしたのだ。


 だから――


「待って!」


 届くはずのない叫び。


『待って!』


 続けて念話を試みる。

 【アンスール】のルーンは視認できていれば念話可能な者が多い。

 だが、アイナの念話は届かない。


 そんなわかりきったことを再認識し、アイナはこぶしを握り締めた。


**


 インベントは森の中へ急降下し身を隠した。


「ドコダ! イ! ンベントォ!」


 木を薙ぎ倒し、『青猿アオザル』は突き進む。


(なんで俺のことをそんなに恨んでるんだよ……クソ!

 とはいえ探知能力は無いな。隠れて進めばやり過ごせるか?)


 倒さずにやり過ごす方法を考えるが、最悪の事態を思いついてしまう。


(逃げ切ったとして――また俺の家に来るかもしれない。

 今度はドアからじゃなく、上空から強襲してくるかもしれない。

 あーもう、どうすりゃいいんだよ!)


 空を飛べ、圧倒的な攻撃力を持っている存在が非常に厄介だということに気付いたインベント。

 それはそっくりそのまま自分自身にも当てはまるのだが――


 インベントは飛び上がり、『青猿アオザル』は追いかける。

 小気味よいテンポで空中移動するインベントに対し、『青猿アオザル』は爆発的なスピードで直線的な空中移動。


(速いけど、スピードに振り回されている感じ。逃げるだけならどうにでもなる――か)


 追いかけっこをしつつ憂鬱そうに『青猿アオザル』を観察する。

 そして知れば知るほどインベントの顔は曇っていく。


 『青猿アオザル』の飛行方法は、空中で見えない壁を蹴り移動していた。もしくは壁にぶつかることで急停止。


「……見えない壁。インビジブルウォールね」


 知れば知るほど『青猿アオザル』の飛び方は、『白猿シロザル』に酷似していた。

 インビジブルウォールも『白猿シロザル』との戦いの際、クロが命名した技名である。


 『青猿アオザル』と『白猿シロザル』は動きに差異はあれど、非常に良く似たモンスターである。

 そして『白猿シロザル』が連呼していた言葉は「オレハオニイサン」。

 さらに『青猿アオザル』――ジンはインベントのことを「仇」と言った。


 インベントとしては導き出したくなどないが、導き出されたのは『白猿シロザル』は『青猿アオザル』の兄であるということ。


「くそ……なんなんだよ」


 インベントはモンスターに憎しみの感情を向けられたことは何度もある。

 しかし恨まれる経験は初めてである。そもそも――


「本当に兄弟なのか? モンスターが兄弟? なんだそれ。

 いや、アイナはアレに兄はいないって言ってた。でも……俺は兄を殺したから恨まれている。

 モンスターに…………」


 インベントは口をつぐんだ。

 真実はわからないが、事実はインベントにとって都合が悪かった。


 『青猿アオザル』はモンスターとしてインベントを恨んでいるのか?

 それともジンが人間としてインベントを恨んでいるのか?


 相手がモンスターならば一ミリも躊躇しない。インベントにとってモンスターを狩ることは至福の喜びである。

 しかし人型モンスターはとても曖昧な存在である。


 初めて出会った人型モンスターである『黒猿クロザル』。

 特殊なモンスターだとは思いつつも嬉々として狩った。モンスター化した人間とは微塵も気づかなかった。


 『白猿シロザル』は戦いの途中でおぼつかないながらも喋りだした。人間が基になっているのではないかと疑念を抱き攻撃することを躊躇してしまったが、クロのおかげで事なきを得た。


 それに対して『青猿アオザル』は、ジンという人間であることはほぼ間違いない。


 インベントは険しい顔で『青猿アオザル』を睨んだ。

 倒すのであれば、全力で戦わねばならない。『白猿シロザル』に似てるのであれば、強さも同等の可能性が高く、躊躇すれば命取りになりかねない。


 インベントは自らを昂らせていく。

 通常時、モンスター相手には必要無い行為だが、『青猿アオザル』を狩る対象として動機づけしていく。いつものような高揚感は無く、ただただ殺意を研ぎ澄ましていく。


 そして――がむしゃらに突進してくる『青猿アオザル』に対し、反撃すべくインベントはゲートを起動した。

 ――したもののインベントは舌打ちし、攻撃を取りやめる。


 どうしてもちらついてしまう。

 『青猿アオザル』ではなく、ジンの顔――そしてアイナの顔が。


「クソ、なんなんだよ! モンスターじゃないのかよ!」


 楽しく狩るべき存在であるはずのモンスター。

 なのに狩ることを躊躇してしまう例外的存在のモンスターに、苛立つインベント。


「オマエハ! カタキ! カタキカタキ!」

「うるさいうるさい!」

「カタキ! インベントハ、カタキ!」


 カタコトであっても人語を操る『青猿アオザル』。

 その言葉がインベントに一層プレッシャーを与えた。


「あんなの……人間じゃ無い。人間じゃ……」


 苦悩するインベントの脳裏に複数の人物が浮かんでくる。


 ロメロ・バトオ。

 クリエ・ヘイゼン。

 デリータ・ヘイゼン。

 アドリー・ルルーリア。

 クラマ・ハイテングウ。

 そして――ルベリオ・ベルゼ。


 『門』を開いた人物たちであり、インベントが戦ったことのある者たち。『人型モンスター』として本気で戦ったことがある者たちだ。


『オマエはヒトでも躊躇無くコロセル、ヒトデナシダロウ?』


 巨大な影がそう囁いている気がした。

 インベントは頭を振り、頭の中の突如現れた巨人を追い出そうと試みる。

 頭を空っぽにして、『青猿アオザル』を殺すことだけに集中しようと試みる。


 だが雑念は膨らんでいくばかり。



 インベントは揺れていた。

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