正論は心を抉る
アイナはジンのことをよく知っている。
ジン隊に所属していたのは一年足らずではあるもの、些細な事もしっかりと記憶している。
好意を持った相手のことを、深く知りたいと思う乙女心ゆえ。
小耳にはさんだ家族構成もしっかりと把握している。
「ジン隊長は長男じゃないですか。三兄妹で妹が二人」
ジンは時が止まったかのように硬直した。
アイナとしてはジンがどこか壊れてしまっていることは理解しているが、いわれなき罪をインベントに押し付けるのは止めて欲しかった。だから話しを続ける。
「可愛い妹さんなんでしょ? えっとお、ハイマちゃんとユーパちゃんでしたっけ?
年の離れた妹は手がかかるけど、それもまた可愛いって」
ジンはこめかみ付近をゆっくりとなぞるように触る。焦点が合っていない。
「えっとお、だからその。お兄さんは……いないんじゃないかな~」
するとジンは鋭い視線をアイナに向けた。
「い、いやいや! お兄さんみたいな人はいるかもしれないですよね!
お、お兄ちゃんみたいなお友達とか! ナハ、ナハハ」
焦るアイナだが、ジンは両手を絡めてぎゅっと拳をつくった。
「ハイマ? ユーパ? 妹? テ、テ、ト、ト、ル、ル、ルルル。
ウッ、ウ、ウッ……カロッサ、パリス、テルメア、メルペ総隊長、ジャス……」
ジンは堰を切ったかのように人名を羅列し始めた。重複しつつも50名以上の名前を言った。
その中にはアイナの知る人物も含まれている。
インベントは気味悪そうに眺めていたが、アイナからすれば所縁のある人物を思い出しているのだと察し、応援するように眺めていた。
そして最後に「セプテム」と呟く。
アイナは知らぬ名である。とはいえジンの交友関係全てを把握しているわけでは無い。気にも留めなかった。
だが、インベントは聞いたことのある名前に眉を顰める。しかしどこで聞いたのか思い出せない。
ジンは「セプテム……兄さん?」と言った。
アイナはセプテムとやらがジンが兄だと勘違いしている人物だと理解した。
だがジン本人はしっくりこないのか首を傾げている。
「セプテム……兄さん? 俺の兄さん? 誰だ?」
「お、お友達とかじゃないんですか?」
「違う……違う違う! セプテムは兄さん――兄ちゃんだ。
ボロボロになって、最期に俺に教えてくれた。空を飛ぶ奴にやられたって。気をつけろって。兄ちゃん! 兄ちゃん!」
ガリガリと頭皮を掻くジン。アイナは困った顔をした。
(なんか色々と記憶がこんがらがっちまってんのかな。どうしたもんかな)
アイナはジンを看病すべき対象として見ていた。
だがインベントは体を強張らせていた。
(もしかして……でも、どういうことだ? もしかして……一本に繋がる? いや、そんなこと……)
恐ろしい想像が掻き立てられていた。あり得ない妄想だと思いつつも、否定しきれない。
ジンは「ジン、ハイマ、ユーパ」と三兄妹の名前を言う。
ジンは続いて「セプテム、ジン」と言うが、しっくりこないのか首を傾げる。
ジンは何度も何度もセプテム、ジン、ハイマ、ユーパを順番を変えて唱え続ける。
そしてもう一人。欠けていたパズルのピースを発見した。
「オ――クトゥ?」
アイナは思う。なんかひとり増えた――と。
インベントは思う。繋がってしまった――と。
インベントはアイナの肩を先ほどよりもきつく握りしめた。
アイナは何事かと思いインベントを見るが、今までに見たことのない真剣で深刻な顔に、なにかを察した。しかしインベントがなにに気づいたのか理解できない。だが――
『アイナっち! 逃げろ!』
クロからのメッセージが頭に響いた。
「え? 逃げろ? で、でも」
困惑するアイナ。
インベントはクロの声に同調し頷き――
「アイナ、説明してる時間ないかも。早く逃げて」
「え? いや、ジン隊長をほっておけねえし……」
「あれ……多分、オクトゥだよ」
「あん? オクトゥってなんだよ? ジン隊長はハルゲート、ジン・ハルゲートだぞ」
「い、いや……そういう話じゃなくって」
そんなこんなしている間に、ジンはゆっくりと立ち上がった。
「俺は――オクトゥ。オクトゥ……ハルゲート。ン? オクトゥ……ウン、ただのオクトゥ。そうだただのオクトゥ。セプテムの弟、ただのオクトゥ」
インベントとアイナの目にはオクトゥの周囲が歪んでいくように映った。
アイナにはなぜそう見えるのかはわからないが、危険であることはひしひしと伝わってくる。
それとは別にオクトゥに目に見えてわかる変化が訪れる。
アイナは絶句し、インベントは顔を歪めながら『髪が伸びている』――と呟く。
直後、インベントの後方でバタンと音が鳴る。
アイナは振り向くがインベントは振り向かない。
そのままアイナを強引に抱きかかえ、ジンを――オクトゥを睨みつけながら後方へ思い切り飛び跳ねた。
ドアは開いていた。クロが礫を飛ばし開けたのだ。インベントは綺麗に家から脱出する。
両足をついての着地。そこから右方向に舵を切り、一気に加速した。
アイナは困惑しているが、インベントは気にしている余裕は無かった。
ただただ家から遠ざかりつつも、家を見ていた。
追いかけてくるのか来ないのか? 願わくば追いかけてこないで欲しいとインベントは思う。
だが――爆発音が鳴り響く。
インベントたちの家のドアとその周囲の壁が吹き飛んだのだ。
舌打ちをするインベント。
道に飛び出したオクトゥは、ボサボサに伸びた青い髪を振り乱し、周囲を伺った。
インベントは咄嗟に狭い路地に飛び込む。すれ違う通行人は何事かと目を回すが、インベントは気にせずは走り抜けた。
収納空間を巧みに使い、人を縫うように移動していく。
再度爆発音が鳴り響く。
「お、おい、インベント?」
アイナがインベントに問う。その瞳は不安でいっぱいだ。
だがインベントはあえて無視した。十中八九この爆発音はオクトゥが原因である。
家が破壊されているのかもしれない。住民が殺されているかもしれない。
それぐらい強烈な爆発音。
それでもインベントは逃げることを選択した。クロもシロも同じく逃げるべきだと判断した。
「な、なあ。どーゆーことなんだよ。なあ」
アイナが懇願するように、インベントを揺する。
インベントは何と言っていいかわからず、口をもごもごさせた。
(――言えない)
アイナとジンの関係性をインベントは知らない。
だが、他人ではないことは明らかだった。
だからこそ話せなかった。後方を警戒しつつあてもなくどこか遠くへ行こうかと考えていた。
しかし、インベントは立ち止まってしまう。
目を見開き、凝視してしまった。アイナもインベントの視線の先を追う。
遥か上空に真っすぐ飛び上がっていく存在。
それがジンであることはアイナすぐに理解した。
ソレは森林警備隊の隊服を纏っている。衣服を纏うという最も人間的な行為。
だが衣服を纏うということが人間の証明ではないことをアイナは知った。
カイルーン森林警備隊、隊長ジン・ハルゲート。
またの名をオクトゥ。
人型モンスターのオクトゥ。
カイルーンの空に現れた、人とモンスターの狭間の存在。




