修羅場
ピリピリとした空気が流れる。
昔憧れていた先輩を家に連れ込む行為。
エッチな行為があろうが無かろうが、浮気と疑われても仕方がない。
もちろんアイナにそんなつもりは毛頭無い。
死んだはずのジンが家の前にいた。そして頭痛を訴えていた。家に入れて休ませるのは当然と言えば当然だ。
しかしながらジンは現在、健康面に不安があるように見えない。
異性と楽しくお茶をしていた――と思われても仕方がない状況。
アイナの脳はフル回転し、最善の一手を模索する。
(ちゃ、ちゃんと説明すればわかってくれるはず! インベントは頭のいい子だからな!)
立ち上がり説明しようとするアイナだが――
一手遅く、インベントは「アイナ、そいつはなに?」と言った。
初対面の相手に対し『そいつ』呼ばわりするインベント。
完全に怒っていると思いアイナは更に焦る。
「ち、違うんだ! 違う違う! ま、まずは話を――」
事態の収拾を図るアイナ。しかしそうは問屋が卸さない。
今度はジンがバッと立ち上がった。
「ふっ、なんだなんだ騒々しいな! 誰だ? 若いな? アイナの同期か」
ジンはインベントを見て、アイナを見た。
説明に困ったアイナは、口ごもる。
アイナとインベント。
同期でもなければ、カイルーン生まれでもないインベント。その関係性を説明するのは非常に難しい。
そもそもジンはアイナのことを新人だと思っているため、アイナ隊の隊員であることを伝えると余計に混乱を生む可能性が高い。
インベントの顔は更に険しくなっていく。
「アイナ。そいつはなんなの?」
「せ、先輩だよ。ジン隊長だ」
アイナとしてはジンが死亡扱いされていたことを伝えたいのだが、本人が目の前にいる状況で話して良いものか悩み、言葉が続かない。
「おいおい、態度がでかいんじゃないか? まったく新人のくせにさ。ま、多少ハネっかえってるぐらいがちょうどいいのかもしれんがな」
先輩面のジンに対し、インベントは目を細めた。
一触即発の空気が漂う。
アイナはインベントに駆け寄った。
「ま、待て待てインベント! 違うんだインベント! 色々と事情があったんだ! 一回落ち着こう! な? な?」
インベントはアイナの肩を掴み、ぐいと引き寄せた。
「う、うぇ!?」
インベントの脇にすっぽりと収まるアイナ。
筋肉がつきやすい体質ではないが、しっかりとトレーニングを重ねたインベントのボディは中々の安心感をアイナに与えた。
(ちょ……ちょっと強引! え? 『オマエは俺のオンナだ』的なことか!?)
これまでにない展開に驚きつつ、胸が高鳴るアイナ。
「あ、あの、その、インベントくん?」
アイナは頬を赤らめ見上げるが、インベントの表情は非常に険しい。
どうにもインベントらしくない。
(ジン隊長もジン隊長で変だけど、インベントもやっぱり変だ! インベントはいつも変だけど、今日は方向性が違うし……こりゃ夢かもしれね! もう夢であってくれ!)
どうしていいかわからないアイナだが、ここで変化が訪れる。
ジンが顔を歪めだしたのだ。
「ぐッ! う、うう! アイ……ナ。イン……ベント」
左頭部を力いっぱい抑えながらジンは苦しみ始めた。
今度はジンに近づこうとするアイナ。だがインベントはアイナを掴んで離さない。
「は、離せインベント! ジン隊長は……ジン隊長は多分病気だ。
心なのか身体なのかどっちもなのかわかんねえけど、多分負傷しておかしくなっちまってんだ」
アイナの必死の訴え。だがインベントは聞く耳を持たない。
ジンは倒れそうになりながらも机を支えにどうにか姿勢を維持する。そして――
「そうか、そうか、そうか。お前がイ、ンベントだ。
ワガカダギ」
インベントとアイナは言葉を聞き取れなず眉をひそめた。
「インベント……インベント……我が仇」
「は? 仇?」
見ず知らずの相手から仇扱いされるインベント。
「そうだ。お前だ。お前が仇。インベント」
怒りに顔を歪めるジン。困惑するふたり。
「お、おい、インベント。仇ってどゆこと?」
「知らないよ。なんなのコイツ」
アイナは想像する。インベントがジンの親族や友人を殺した可能性を。
あり得ない――と思いつつも、モンスターに夢中になったインベントが人道的に間違った選択をし、結果的に誰かが死んでしまった可能性は捨てきれない。
疑惑度は30%と言ったところだろうか。
ジンは床が抜けるほどに地団駄を踏む。
「空を飛ぶ男! それがインベント! 仇! 仇ィ!」
疑惑は深まる。アイナが知る限り空を飛ぶ男はインベントかクラマしか存在しない。
ジンがインベントを他の誰かと勘違いしている可能性はほぼ無くなった。
ジンは両膝を地面につけ、頭を抱える。
アイナは駆け寄ろうとするが、インベントはがっちりと掴んで離さない。
「お前は仇……インベントが殺した。仇はインベント! 空を飛ぶインベント!
お前が兄さんを――兄ちゃんを殺したインベント!!」
インベントは理不尽な非難に顔を歪めつつも、ここまで断定されると記憶に無いだけで本当に自身が殺してしまった――もしくは関与してしまったのではないかと疑念を持った。それほどにジンの気迫は凄まじいものだった。だが――
「ジン隊長」
アイナが語りかける。インベントが仇だと吠えるジンに対して、ゆっくりと語りかける。
「ハハ、おかしいですよジン隊長。やっぱりインベントは仇じゃねえですって」
「違う! インベントだッ!」
アイナはいや~と言いつつジンの発言をやんわりと否定した。
ジンが勘違いしていると――そもそも仇など存在しないことをアイナは知っているからだ。
「だって――ジン隊長にお兄さんなんていないじゃないですか」