ままごと
アイナは狼狽した。
フード越しから見る顔は紛れもなくジンだった。死んだはずの男。それも死亡したのは何年も前。
(双子の兄弟? いやいや、ジン隊長には男兄弟なんていない! 妹さんがいるだけだし!
従妹? 隠し子? へ? なになに? 似過ぎてる。
え? まさか本物? 死んだはずなのに? もしかしてデグロムにずっと騙されていた?
いやいや死亡扱いなのは間違いない。そんなの……間違うはずが無え。
でも……実は生きていて入院してたとか? バカバカ、だったら死亡扱いが取り下げられる。
んあ? んあ? ほあ? だめだ、意味わかんねえ。
あ、違う町にいたとか!? ノルドさんみたいに別の町で保護されていた!?
んなわけあるかーい! ノルドさんは超レアケース。
え? なに? ホントにわかんねえんだけど!)
混乱極まり、アイナは硬直し、ジンらしき人物をただただ見つめている。
顔立ち、髪色、背丈は完全にジンである。他人の空似はあり得ない。
しかし多少不自然な点はある。
フードを被っているとはいえ、ジンの髪はかなりボサボサで傷んでいるように見える。
服もかなり汚れている。記憶の中のジンは快活で嫌味にならない程度に洒落た男だった。それに――
(目つきが……ちょっと怖い)
ジンもアイナを見ていた。
だが表情は無表情のまま、焦点が定まっているのかも怪しい。
しかし、目線を上下させ始めた。頭から爪先までゆっくりと五往復した後、ゆっくりと口を開いたかと思えば閉じる。さらに数回往復した後、何かにおびえているかのように恐る恐る呟く。
「――ア、アイナ?」
アイナはビクリとした。掠れているもののジンの声に間違いないからだ。
「ジン隊長? ジン隊長なんですよね?」
ジンは――ジンと思われる人物は頷いた。
何度も何度も頷いた。だが急に頭を抱えうずくまる。
「た、隊長!?」
両手で顔を覆うジンに近づくアイナ。
「う、う、う、う」
「隊長!? 大丈夫ですか? お体悪いんですか?」
アイナはこの人物がジンで間違いないと判断した。
過程は皆目見当もつかないが、ジンは生きている。ただなにかしら後遺症が残る怪我でも負ったのだろう。
「と、とりあえず中に入ってください!」
アイナは肩を貸しジンを部屋へと招き入れ、入ってすぐの場所にある椅子に座らせた。
「横になりますか?」
ジンはゆっくりと頭を左右に動かしていた。その動きが拒否を示すものかと思ったが違うことにアイナは気づいた。ジンは部屋全体を眺めていた。悪く言えば物色するように。
「――倉庫じゃ……ない」
聞き取りにくく、瞬間戸惑うアイナ。
「……あ~、ああ! 倉庫! いや~今は倉庫だったこの家をご厚意で使わせてもらってるんですよ」
努めて明るくふるまうアイナ。だがジンは間をたっぷりと空けて「そうか」とだけ呟いた。
沈黙に耐えられないアイナ。
「お、お茶でも淹れますね! ナ、ナハハ」
そそくさとその場を離れるアイナ。動悸が激しい。
わからないことだらけである。
(死んだはずのジン隊長が生きていた。それは嬉しい。嬉しいよ。
だけど……森林警備隊では死亡扱いだ。もしも生きていたら大騒ぎになっているはず。
え? アタシたちには秘匿されていた? え? なんで? わっかんね!
というか……言っちゃ悪いけど、出歩いていい体調じゃない気が……。
病気か? まさか病院から抜け出してきた?
てかなんで我が家に来た? 偶然? まさかアタシに会いに……ってバカバカ!
わかんないわかんない! すべてがよくわかんない!)
とりあえずお茶を持っていくアイナ。
椅子に座るジンは、フードを脱いでじっとしていた。
髪は肩にかかるぐらいまで伸び、艶も無い。煤ぼけたように見えるがやはりジンで間違いない。
アイナは少し頬を赤らめる。若かりし頃の憧れ――恋心。
アイナはテーブルを挟んで向かい側に着席した。
「ど、どぞ」
無言でお茶を受け取るジン。
「あはは……どうしてジン隊長はウチに来たんですか?」
「――――」
じっとアイナを見つめるジン。背筋が伸び顔が強張っていくアイナ。
「やることが――――ある」
「や、る、こと?」
「ああ」
沈黙。しかしキャッチボールには程遠いが会話することはできそうだと判断したアイナ。
「え~っと、ジン隊長はその……長い間行方不明だったみたいですね。
どこにいたんですか? あ、もしかしてずっとカイルーンにいたんですか?」
横に首を振るジン。
「遠くにいた。ずっと。ずっと遠くに」
「遠く……ですか」
縦に首を振るジン。
「ま、まあ、ジン隊長がお元気そうで良かったですよ。
ジン隊長はこれからどうするんですか? あ、やることがあるんでしたね」
ジンは頷きながら「ジン」と呟いた。
そして伏し目がちに「ジン……ジン……」と何度も呟いた。
さらに今まで手を付けていなかったお茶を飲んだ。
次の瞬間、アイナは飛びのきそうなほどに驚いた。
ジンが笑っていたのだ。昔のように快活に。
「アイナじゃないか。今日は非番か?」
「うぇ?」
まるで人が変わったかのように饒舌に、記憶の中のジンのように話し始めた。
「ふっ、アイナも成長したなあ。あーんなに小さかったのになあ」
アイナは驚きつつ、胸が締め付けられる。
ジン隊にいた頃、新人だったアイナは何度も「小さい」とからかわれた。
嫌な思い出ではない。どちらかと言えば甘酸っぱい思い出。
お決まりのやり取り。アイナは懐かしむようにそのやり取りに乗った。
「身長は変わってません」
「お? そうだったかぁ? 昔はこーんなに小さかった気がするのにな~」
ジンは右手で身長100センチメートルぐらいを表現した。そして――
「そんなアイナも俺の隊を卒業か」
アイナは目を丸くし、色々と察し、キューっと胸を締め付けられる。
ジンの中でアイナは、ジン隊にいた頃の新人のアイナなのだ。
ままごとのようなやり取りをアイナは続けた。
あの頃の自分を思い出し、真面目で堅物だった自分を演じる。
「そうですね。お世話になりました」
「ふっ、固い! 固いよ! 若いんだからもっとキャピキャピしてなさい。彼氏でも作ってさ」
「そういうことに興味無いですから」
『そういうことに興味が無い』という嘘も思い返す。本当は――あなたが――
「ま、困ったことがあればいつでも相談に来いよ~。人生の大先輩の俺がいつでも待ってるからな」
「大先輩っていうほど年は離れていません」
「いやいや、こういうのは精神的なものであってだな。あ、今笑ったな!?」
アイナは実際笑っていた。と同時になぜか涙が零れそうになっていた。
ジン隊を卒業してその後――カイルーン森林警備隊で努力していった先にはそういう関係になれたかもしれない二人を妄想して。
しかしアイナは現実に引き戻される。
ギイィと音を立てゆっくりとドアが開く。インベントが立っていた。
アイナはいつも通り「おかえり」と言おうとした。だが、インベントの表情は硬い。
あまり記憶にない表情に、アイナはどうしたのかと思いを巡らせる。
だが、原因は一つ――一人しかなかった。ジンである。
(え? あ。
インベントのいない合間に、ジン隊長を連れ込んだとでも思ってるのか?
へ? も、もしかして……嫉妬?
て、てかこれ、アタシが浮気してるって思われてんじゃ!?)
咄嗟に「違う」と叫ぼうとしたアイナだが、つい先刻までままごとをしていた自分を思い返す。
一ミリも浮気心が無かったかと言えば――ウソになる気がしないでもないアイナ。
(ど、どうしよう! インベントにそういう感情があったことに驚きなんだが! てか想定外!
や、やべ、どうしよう! あわわわわわわわ)
昔の男と今の男。
修羅場が始まろうと――しているのかはわからない。