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思い人

第十五章 愛_浮気編 始まります。

 インベントは森に行く。毎日行く。

 それはモンスターを狩るため――ではなく狼煙を誰よりも早く発見するために。


 インベントはルベリオと約束をした。

 モンスターを創ることができるラーエフなる人物に引き合わせてくれる約束。


(今日こそは……今日こそは!)


 ルベリオは20日以内と言っていたが、本日ルベリオと別れた日から20日目。

 数え間違いなはずは無かった。何度も何度も確認しているのだから。


「う~ん、長引いているのかな~。まあ色々あるよねえ」


 待ち人来ず。


**


 アイナは定期的にカイルーン森林警備隊本部に出頭している。

 名目上では活動報告をするために。とはいえアイナ率いるアイナ隊は非常に特殊な立ち位置にある。

 背後に『宵蛇よいばみ』がいるため基本的には報告義務が無い。

 アイナは大半の場合「特に変わったことは無い」で報告を済ませているし、それが許されている。


 逆に情報収集するのがアイナの日課となっている。


「アァ!? 変わったことなんて無えよ!」

「ほ~ん、あそ」


 アイナが会話している相手はデグロムである。

 カイルーン森林警備隊の総隊長であるメルペの実子であり、元々は隊長職だった男。

 アイナとは同期であり、アイナをポンコツ扱いしていた男でもある。

 だが、『軍隊鼠アーミーラット』に指を喰い千切られてからモンスター恐怖症になってしまった彼は、メルペの雑用係として日々忙しく、そして騒々しく暮らしている。


 アイナはじとーっとした目でデグロムを見た。


「なんだその疑いの目は!?」

「いや~、森林警備隊なんて日々色々なことが起きるのに、変わったことはなんもないのかってね。

 ププ、まさかデグロムには情報が回ってこないだけなんじゃねえの?」

「っテンメエ! 舐めてんのか! このポン…………チッ!」


 『ポンコツ』と言いかけて押し留まるデグロム。哀しきかな自らも今はポンコツだからである。


「ちょっと待ってろ! ハゲ!」


 デグロムは席を立ち、アイナは髪に触り「髪は多いほうだっつーの」とおどけてみせた。

 戻ってきたデグロムは書類をバンと乱暴に置いた。


「マジで連絡するような大事はなーんもねえよ!

 大物モンスターの目撃情報なんて無えし、最近はモンスターとの遭遇件数もかなり減ってる。逆に静かすぎて不気味だってよ。静かならそれでいいじゃねえか! ハッ!」


 アイナはうなづきつつ――


(ウチのインベントのせいだろうな~。まあ報告なんてしないけどさ)


 デグロムは愚痴りつつもパラパラと書類に目を通す。


「ったく……マジで平常運転なんだよな。なんか共有することあったか……無えよ。無え……。

 あ、なんかリスのモンスターの被害者が増えてんな。上空から噛みつかれて耳が千切れたとか、頭皮にデケエ傷を負ったとか」


 アイナは相槌を打ちながら――


(態度は相変わらずクソなんだけど、仕事はできるんだよな~。隊長の時も結構優秀だったみたいだし)


 アイナは自分でも驚くほど冷静にデグロムのことを見ていた。

 アイナはデグロムのことが大嫌いだったし、もう二度と会わないつもりだった。

 ポンコツ扱いされたアイナは、全てを投げ出してアイレドの町に逃げたのだから。


(ふふ、な~んか色々あったからかねえ、どーでもよくなっちまった。

 インベントに比べれば、デグロムはわっかりやすいヤツだしなあ~シシシ)


「おい! 聞いてんのか!?」

「んお? ああ、悪い悪い」

「ったく、自分から聞いておいて…………あ」

「ん?」


 デグロムは少し戸惑ったような顔をした。


「ま、一応報告してやっか。ちょっと気味悪い事件があった」

「気味が悪い?」

「ダーナル隊は知ってるか?」

「あ~名前ぐらいは」

「ま、ベテラン部隊だからな。けどな、20日前に全滅した」


 アイナは眉をピクリと吊り上げた。

 森林警備隊は死と隣り合わせの仕事である。毎年少なからず死者は発生する。だが隊員が全滅するケースは少々珍しい。


「ふ~ん。不意を突かれて隊形が乱されちまったのかな」

「ケッ、ただの全滅なら事件になんてならねえ。奇妙なのは全滅の仕方だ。ダーナル隊は四人なんだが死体がほぼ一か所に固まってやがった」

「ん? んん?」

「気持ち悪ィだろ? 全滅するにしてもモンスター相手に劣勢になったら逃げるだろ?」

「……瞬殺されたとか?」

「ケッ、ベテラン部隊を瞬殺か? そりゃー随分凶悪なモンスターだな」

「ムム、まあ考えにくいけど……」

「一応オヤジはその線も想定してたがな。だが厳戒態勢で索敵したがそれらしいモンスターは見つからなかった。今年一番の事件っていえば事件かもな」


 アイナは目をぱちくりさせた。


「な、なんだよ! 大事オオゴトがあるじゃねえかよ!」

「ああそうだな。森林警備隊なら全員知ってるだろうよ。ま、だーーーれかさんのように家にいなかった奴以外は」

「……あ」


 ダーナル隊が全滅したのは15日前。そのころアイナはカイルーンの町を離れていた。


「ケッ! 仕方なくテメエの家まで行ったのに、あの気味悪い男だけだったしな! なーんで特別扱いされてんのか知らねェけど、報告ぐらいしろっての!」


 輸送団の元へ向かったあの日。想定ではその日のうちに帰ってくる予定だったが、インベントに放置され馬車でアイレドの町を経由しカイルーンの町まで戻ってきた。アイナは予期せず七日間以上カイルーンの町を離れてしまったのだ。


 全部インベントのせいだと叫びたいアイナだが、落ち度は自分にあることを認め「すんません」とおどけてみせた。と同時に――


(その危険モンスター……大好物モンスターはインベントが片づけちまったのかもしれねえな)


 そう思い納得した。デグロムは不満気である。


「ケッ! この前までは結構ピリピリしてたんだぞ。神隠し事件の再来じゃねえかって」

「……神隠し?」


 デグロムはアイナを睨みつけ、呆れた顔になる。


「そうそう、だーれかさんは神隠しン時もカイルーンにいなかったもんなあ。隊に連絡もしねえでカイルーンから消えちまったもんな」

「あ……」

「テメエがいなくなってすぐ、神隠し事件ってのがあったんだよ。結構な部隊が全滅したり、失踪したりしちまった事件がな」


 アイナは頷き「耳にはした」と言う。


「あれも気持ち悪ィ事件だったな。昨日まで普通に話してた先輩たちが理由もよくわからず消えていくんだからよ。俺たちに関りがあった隊だと、どこだ?

 ベルケン隊、クロニ隊。あ~あとはあそこか、ジンさんのとこか」


 アイナの肩がぴくりと動いた。


「テメエが初めて配属された隊ってジンさんのとこだったな。明るくて、面倒見のイイ人だったよなあ」

「……ハハ」


 アイナは「さてと」と言い立ち上がる。


「ま、今は平和ってことがわかったよ。報告サンキュー」

「ケッ! もう来るんじゃねえぞ」

「シシシ、またよろしくな」


 手をひらひらと動かしながら去っていくアイナ。

 デグロムは舌打ちしながら資料を纏めていく。


「あ……」


 言い忘れたことを思い出したベルケン。


「そういやダーナル隊の件、奇妙な点があるんだった。

 ダーナル隊長の死体……なぜか()だったんだよな。ま、どーでもいいか」


**


 とぼとぼと帰路につくアイナ。


「ジン隊長……か」


 インベントとロメロに連れられて半ば強引にアイレドからカイルーンに戻ったあの時。

 デグロム以上に会いたくなかったのがジンである。


 アイナが初めて配属されたのがジン隊だ。

 ジンは【大盾ソーン】のルーンと卓越した剣技で攻守のバランスが良く、率先して前線に立ちぐいぐいと隊員を引っ張るタイプの隊長だった。


 ふとアイナの脳裏に浮かぶジンは、青みがかった髪をたなびかせ快活に笑う少年のような顔と、隊長として頼もしい凛々しい顔。新人だったアイナに優しく接し、たくさん褒めてくれた良き隊長。


 顔が火照っていることを感じ――


「な~に思い出に浸ってんだか」


 そう言って、下手くそな口笛を鳴らしながら歩く。

 ぽつりと――


「会いたくなかったけどさ~、本当に会えなくなっちまった」


 望みが、望まぬ形で現実になってしまった。もちろんアイナに責任など無いが、思い出すと少し憂鬱な気分になる出来事である。だが――


「ん?」


 家の前。誰かが立っている。

 フードを被っているが、フードからはみ出した髪色は――青い。


 単なる偶然。青い髪なんて特段珍しくない。

 森林警備隊の誰かが訪ねてきたのだろう。


「あ~どもども~」


 努めて明るく話しかけるアイナ。

 ゆっくりと振り向いたフードの男。


 アイナの呼吸が止まった。



「ジ、ジン隊長?」

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