エピローグ 暴力系ヒロインは流行らない
インベントの父、ロイド・リアルトはイング王国とオセラシアを行き来する輸送団の団長となった。
しかしモンスターの襲撃で暴走した馬車は、輸送団本体から大きく離れた場所で大破してしまう。
まさに万事休すの状況に駆け付けたのは悪魔――もとい愛しき我が子インベントであり、彼の活躍で事なきを得た。
その後、無事に輸送団と合流したロイドは大いに驚かれた。まさに奇跡の人扱い。
鼻高々に自慢の一つでもしたいところだったのだが、現在はイング王国の森林地帯のど真ん中。アイレドの町まで数日かかるためゆっくりしている状況ではなかった。
輸送団は後れを取り戻すべく進行を開始した。ロイドの馬車は大破してしまったため他の馬車に乗ることになったロイド――――とアイナ。
「ふう。やっぱり揺れるな。ハッハッハ、まあ道はお世辞にも整備された道ではないですからなあ」
「ア、ソウデスネ」
「しかしまあ、アイレドからオセラシアまで道があるなんて、何年も運び屋をやっているが誰も知らなかった。いやはや世の中は不思議でいっぱいだ」
「フ、フシギだな~」
輸送団員は突如現れたアイナに困惑していた。
だが護衛団である『陽だまり』もとい『暁』の隊員が身元を保証したことで受け入れられた。
それよりもロイドが「この方は私の恩人であり天使だ!」と訳がわからないが強い口調で言い放ち、皆を納得させた。奇跡の人パワーである。
「それよりも、インベントは戻ってきませんな。
出発してしまったが合流できるんでしょうかねえ」
「イヤ~ダイジョウブカト」
ロイドは頷く。頷きつつ明らかに緊張しているアイナの顔を見て、一つ咳払い。
「あ~それでアイナさん」
「ハ、ハイ?」
「息子とはお友達……というわけではないんですよね?」
アイナは驚いて肩をビクっと上げた。
インベントとアイナの関係はとても微妙である。
出会ったころはアイレドの隊員同士だったが、紆余曲折あり現在はカイルーン森林警備隊に属している。属しているが『宵蛇』からの口添えで特別扱いを受けている。
男女関係としては両想いといえば両想いなのだが、恋人らしいことはしていない。
だが同棲しているのもまた事実。
「アノォ……カイルーン森林警備隊で……」
「そうそう! そこなんですよ! どうしてカイルーンに行ってるんでしょうか?
アイレド森林警備隊は辞めてしまったんですか?」
アイナは「ええっと」と首を掻く。現在インベントの状況はアイナもよくわかっていないのだ。
インベントは『黒猿』を狩った後、アイナを連れ、アイレドを離れカイルーンへ向かった。理由は報告が面倒だったことと、森林警備隊からずっと監視されていたことに対しての不信感。
森林警備隊からすればインベントとアイナは報告も無しに部隊を去った逃亡者。もしくは森の奥で行方不明――つまり死亡したか。
とはいえ総隊長のバンカースはインベントが『黒猿』を狩ったことを知っている。
アイレド森林警備隊としては死亡扱いにしたいのだが、総隊長のバンカースは最大の功労者を死亡扱いにするわけにはいかないとせめぎ合う。
結果、とりあえずの落としどころとしてインベントとアイナは休職中扱いになっている。
つまりアイレド森林警備隊に所属しているのは間違いない。
だがアイナとしては確かめるのも面倒――面倒だけならよいが拘束なんてされてしまっては、かったる~い以上のことになりそうなので確認しに行くなんてごめんである。
「辞めてはいないかもしれないデスケドー、辞めてることになっているかも……」
「ど、どっちなんですか?」
「い、いやあ、どっちなんでしょう、ナハハ。イロイロ……イロイロありましたんで」
「色々ですか、う~む……それはそうと、ゴホン。アイナさんはインベントとお付き合いされているんでしょうか?」
「え? あ。そ、そうなのかなあ? え~っと……どうなんでしょう」
多弁なロイドだが、心配そうにアイナを見ている。
ロイドにとってインベントは大事な一人息子である。
変な女に捕まっているのではないかと心配になっても不思議ではない。
アイナはロイドの思いを察するが――――
(へ、変な女とか思われたくねえんだけど!
変なのはそちらのお子さんですよって言いてえ! 言えねえけどさ! ちっくしょう!
も、もしかするとアタシの……お義父さんになるかもしれねえし……って何言ってんだ!
どうしよう! 説明難しい! お友達ですって言おうかな? でも同棲してるしな!
ぎゃー! かったるい―! 逃げたいー!
インベントのやろーなにしてやがんだ! さっさと帰ってこいよお!)
アイナの苦難は続く。
だが――
夜になっても、翌日になってもインベントは一向に現れない。
(あのやろー! ひとりで帰りやがったのか!? アタシはアンタの父ちゃんの相手でこんなに苦労してんのに! 薄情者ォ!)
怒りを募らせるが、次第に不安が襲ってくる。
(まさか怪我とかして動けないとかじゃねえよな?
まさかのまさか……死んじまったり?)
怒りと不安に悩まされつつも、ロイドの相手までしなければならない。
どうにかアイレドの町まで戻ってきた際、ロイドと別れ際に「一度我が家に遊びに来てください」と言われなんとか笑顔で返すのが精いっぱい。
**
アイレドの町から馬車でさらに三日後。
夕刻、やっとカイルーンの町へ。足早にわが家へ。
何事もなかったかのようにインベントは家にいるはず。そう信じて駆けた。
「あ、おかえり~」
そして信じた通り倉庫で何事もなかったかのように荷物整理しているインベントがそこにいた。
安堵するアイナ。だがアイナは怒りに支配されていく。
腕をわなわなと振るわせ、がに股気味で大きな足音をさせながらインベントに近寄る。
「おい、ベーン」
「ん~?」
目と目が合って、何事も無かったかのように平然としているインベントを見た。
アイナは微笑み、と同時に自らの爪が掌に突き刺さるぐらい強く拳を握りしめた。
後はもうお察しである。
強烈なボディブローでインベントをノックアウトし、ながーいながーい説教タイムが始まるのだった。
だがこの時――
更なる試練がゆっくりと近づいてきていた。
愛の試練が――
****
イング王国とオセラシア自治区。
森林と荒野の境目に立ち、オセラシア自治区を眺める男――『星堕』のリーダーであるイスクーサ。
遠くに見える町に手を伸ばし、握り潰すような動きをした。
彼の表情には自信が漲っていた。
「すべては計画通りだ」
不安など何も無い。
悠々と盤上の駒を動かしている気分。
それは間違ってはいない。
オセラシアという盤上を、イスクーサは誰よりも俯瞰して見えている。
「ふふふ」
余裕の笑みを浮かべる。だが――
まさか最も大切にしていた駒――ルベリオが盤外で死亡していることをイスクーサは知らない。
第十四章 盤外の悪魔 完
十四章完結です。
物語も終盤に入ってきましたが……次章のテーマは『愛』です!
ドロドロのラブロマンスが繰り広げられる……?
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