インベントくぅん、あーそぼ
「ラーエフのところにキミを連れて――――――行けない」
インベントは落胆するが、ルベリオは笑みを浮かべた。
「フフ、残念だけどねえ。そう――今はダメかな」
インベントの表情はぱっと明るくなり「今は?」と復唱した。
「そうだね。ちょっと今は都合が悪くてね。もう少し後なら……」
「わかった! 三日後? 五日後? 十日後?」
「おいおい、焦らないでくれよ。ちゃんと連れて行ってあげるからさ」
インベントはただただ頷いた。
ルベリオはおもむろにとある方角を指差した。
「この先――歩くと二日ぐらいかな。小さな山があるんだ。
そこに拠点がある。山をくり抜いているから空からでも発見は無理だけどね。
ホラ、クラマが血眼になってボクらの拠点を探しているからねえ」
「ほほう! 秘密基地ですな!」
「キミが期待するような面白い場所では無いと思うけどね。
でもまあ、そんなに会いたいなら連れて行くさ」
小躍りして喜ぶインベントを見ながら――
「やれやれ。本当はすぐにでも連れて行ってあげたいんだけどね。
今は……勢揃いしているから行くと、さすがに殺されちゃうと思うから。
なんか気持ち悪いのがひとり増えたし。
……あ、念のため確認したいんだけどさ」
「なあに?」
「今更隠す気もないから言うけど、オセラシアに攻撃仕掛けているのはボクたちだ。阻止したいとか思っていないのかい?」
「うん、どうでもいいかな」
ルベリオは「あ、そう」と言いながら笑いを嚙み殺す。
「本当に……面白い男だねえ。モンスターにしか興味が無い。確かにラーエフと仲良くなれるかもね。フフ、フフフ」
「いやあ~楽しみだなあ~。あ、いつ頃ならいいの~?」
「う~ん、ちょっとわからないな。二十日以内には……大丈夫だと思う」
「二十日か~! くぅ~待ち遠しいね!
あ! どうやって連絡とればいい? カイルーンに来る? 俺の家に泊まる? というか身体大丈夫?」
矢継ぎ早に質問してくるインベント。
「身体はキミのせいだけど……まあ落ち着いてくれよ。
せっかくだけどカイルーンに行くのはさすがにやめておこうか。
大丈夫だとは思うけど、捕まるかもしれないしねえ。
うん、都合が良くなったら迎えに行くよ。町の近くで狼煙でもあげようか。
部外者に気付かれるかもしれないけどさ、キミは空から来てくれればいい」
「了解! 毎日確認するよ!」
ルベリオは頷いた。なぜか自然と笑みを浮かべていることに気付き手で口元を覆った。
「それはそうと、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのかい? もうすぐ夜だ」
「そうだね。帰ろうかな」
インベントはすぐにでも帰ろうとする。咄嗟にルベリオは話しかけた。
「あ――」
「ん?」
「その……本当にボクを生かしていいのかい?
自分で言うのもなんだけど、これほどのチャンスは無いよ?」
インベントは一笑した。
「何言ってんのさ。来るの待ってるから。
まったね~」
そう言ってインベントは小さく手を振った後、飛翔した。
「いや~楽しみだな~。ラーエフさん。早く会いたいな~ラーエフさん」
黄昏時もあと数刻で終わろうかという状況。
インベントはカイルーンの町を目指して移動する――かと思いきや。
「こっちかあ」
インベントはとある方向へ、ゆっくりと移動していく。
それはルベリオが指差した『星堕』の秘密基地がある方向。
今すぐにでも行きたいのだが、ルベリオの案内無しではたどり着くことはできない。
インベントは停止し、名残惜しそうにしながらもカイルーンの町へ向け飛んでいく。
「さて早く帰らないと。
あれ……なにか忘れている気がするけど……まあいっか!」
行きよりも心軽やかに、背中まで軽くなっていることを忘れているインベント。
行きは背負っていたアイナがいないことなどすっかり忘れてしまっている。
「いや~、はやく来たらいいな~ルベリオ。
楽しみだな~ラーエフさん」
再会の日を楽しみにしているインベント。
だが――
しかし――
**
『うおい。なんかまた会う約束しちまったぞ。バカシロ』
『うん。ハア……殺っちゃえばよかったのに。もう』
『ベン太郎の熱意には頭が下がるなあ。カカカ』
『笑い事じゃない』
『ハア。しゃーねえだろ。ベン太郎の人生だからな。
まあ、好感度は上がってたしジャンプ的なノリなら、昨日の敵は今日の友ルートじゃね?』
『安心はできないよ。あんな曲者みたいな人、すぐに心変わりしちゃうかも』
『わーってるよ。暗殺対策はしておかねえとなあ。あ~めんどくせ』
本音を言えばルベリオを殺しておきたかったシロ。
絶好のチャンスを失ったことに、頭を悩ませる。
だが――
しかし――
**
「行っちゃった……か」
飛び立ったインベントを眺めながら、なぜか物悲しい思いをしていた。
インベントがいなくなったことで命が助かった。なのに安堵ではなく、心に残るのは寂しさ。
その正体をルベリオは知っている。否――初めて知った。
「また会いたいから会いに行く。
うん――友達のところに遊びに行くのってこんな感じかな。
フフフ、なんだそれ、ハハハ」
ルベリオには友達がいない。
友達という存在は知っているが無縁のものだった。
同類と呼べるような人間もいなければ、興味を持てるような人間もいなかったからだ。
「ハハ、狼煙でもあげると言ったけど、家まで行ってみようかな。
こういう時は『インベントくーん、あーそぼ』って言うんだろ。
それぐらい、ボクだって知ってるんだよ」
ルベリオは上体を起こしている状態から、バタンと地面に寝転ぶ。
極度の疲労感の中、淡く温かい気持ちに包まれる。地面がひんやりと気持ち良い。
だが――
「ん……?」
誰かがやってくる。ルベリオの方へ。
その正体をルベリオは知っている。ルベリオは待った。そして邂逅する。
「やあ。■■■■。何しに来たんだい?」
そこから数分、会話にもならない会話をした後――
■■■■は去っていった。
上半身と下半身の分かれたルベリオを残して。
「フフ、ここで終わりか。それもまた人生か」
普通の人間ならば即死のはずだが、思った以上にゆっくりと死が迫ってくる。
ゆっくりと人生を振り返ってみるが、ロクな記憶が無い。
「空虚な……人生と言いたいのかい? 走馬灯のくせに。フフ、フ」
ルベリオは満面の笑みを浮かべた。
空虚かもしれないが、まさに人生の最期に欲しいものが手に入ったのだから。
ルベリオは最期の力を振り絞る。
最期の瞬間が幸せだったことを噛みしめながら、呟く。
「インベントくぅん。
あ~そ……ぼ」




