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理解の先に

 まるで全身が泥沼に浸かっているかのように身体が重く、抜け出したくても動けない。

 かろうじて呼吸はできているが、瞼が重く息苦しい。


 ルベリオはゆっくりと目を開けた。

 死後の世界かと思いきや森の中。身体中が痛い。後頭部は特に酷い。だが槍に貫かれた痛みは存在しない。


(なにが……どうなった?)


 インベントの行動パターンを想定しつつ、予測ではなく本能的に対応してきた。

 とはいえ意図せずコケさせるのはさすがに想定外。さらに背後の石に頭を強打してしまうことは想定外の不運。

 意識を失う寸前、世界がぐにゃぐにゃに歪んでいく中、殺意に満ちた槍が迫ってきたことは記憶にある。


 どちらかの死をもって終了する戦いだったはずである。とどめを刺さなかった理由がわからない。

 最後に見たインベントの表情は、殺意と愉悦に満ちた表情だった。寸前で人殺しをすることをためらったとは思えなかった。


 間違いなく殺されたはずなのに生きている。ルベリオはなぜ生かされたのかわからない。


**


 殺すことに躊躇など無かった。

 千載一遇のチャンスに仕損じるなどあってはならない。

 倒れているルベリオにとどめの一撃――が到達する直前。


「ッ!」


 どうにか攻撃の軌道をずらし、槍はルベリオの耳のすぐ隣を通過した。


 先程まではインベントは確かにルベリオを殺そうとしていた。否、人型モンスターを殺そうとしていた。

 シロは危険人物なので排除しようと思っていたし、クロもシロに同調していた。

 つまりチームインベントは一丸となってルベリオを抹殺しようとしていた。


 だがルベリオは人型モンスターとしては不安定な存在。

 【停止イサ】のルーンを使っていない状態では人として扱われる。ルベリオが気絶した瞬間、『ぶっころスイッチ』はオフになった。そしてインベントは大切なことを思い出し、急いで槍を止めた。しかし―― 


「あっ!」


 ゲートが開く。クロがとどめを刺そうとしていた。


「だめだめ!」


 インベントはゲートの使用権を奪い取り、ルベリオは九死に一生を得た。

 クロが『殺れよ!』とインベントに語りかけるが、インベントはルベリオから距離をとり話し始めた。


「危ない危ない……忘れてた。ルベリオには聞かないといけないことが、ハハハ。

 モンスターを創ってる、ラーエフ。そうラーエフさんのことを聞かなくっちゃ」


 冷静になったからこそ、『星堕ほしおとし』のラーエフのことを思い出した。

 モンスターを創り出せるインベントにとっては神のような人物。

 ルベリオが危険人物であることはインベントも理解しているが、チャンスでもあるのだ。


 そんなわけでインベントはルベリオが目覚めるのを待っていた。

 暢気に収納空間の整理をしていたが、クロがルベリオが覚醒しつつあることに気付き『起きそう』と声をかける。


「あ、本当だ。そろそろ目覚めそうですねえ」


 それはクロに向けての発言だが、ルベリオの耳にも届いていた。もしかするとインベント以外に誰かいるのではないかと思った。誰かが合流したのかもしれないと思いつつ、ゆっくりと視線を向けてみるが、そこにはインベントしかいない。


「はは、大丈夫ですよ。多分」


 インベントはまるで隣に誰かがいるかのように話している。一般的に成人した男性が空想上の友達と話している様子は、非常に危うい。お子さんには見せられない人物。

 だがルベリオはその空想上の友達が実在していることを知っていた。


 ルベリオはできるだけ深く息を吸い込み、発言しようとした。しかし「ボクは」とだけしか言葉にならなかった。

 インベントは不思議そうにルベリオを見ている。ルベリオはどうにか会話を試みる。


「どうして――ボクは生きている?」


 インベントは笑みを浮かべ、両掌を擦り合わせた。

 先ほどまで殺し合いをしていたとは思えない、迎合した態度にルベリオは目を細めた。


「いやあ、本当に殺しちゃうところだったけど、えっとですねえ。

 ラーエフ……そうラーエフさんにお会いしたくですねえ」


「……ああ」


 ラーエフの名が出てきたことで、ルベリオは納得し大きく息を吐いた。


(そういえばラーエフに会いたがっていたねえ。

 なんで会いたいのかわからないけど、よくもまあ、あの状況から切り替えれるものだ。

 アドリー(ババア)は、インベントが快楽殺人者だと言ってたねえ。

 確かにそうかもしれない……そうかもしれない一面がある。

 だけど……今のインベントはそうじゃない。二面性……とは少し違うか。

 もう一人のインベントがそうなのか?)


「ねえねえ~頼むよお~」


 羨望の眼差し、愉悦の笑み、ねだるように擦り合わせる両掌。

 ルベリオは「キミはインベントかい?」と呟き、インベントは理解できずただ首を傾げた。


 ルベリオはどうにか上体を起こし、インベントを見上げた。

 見つめる先にはインベント。視線は自然とインベントの周辺に誰かいないか探していた。もちろん誰もいない。だが間違いなく存在している。ルベリオは確信していた。


「キミはラーエフに会いたいんだね」


 インベントは食い気味に「もちろん!」と答える。

 ルベリオは先程の戦いで酷使した目を両手で押さえ、優しく揉んだ。


「ラーエフに会いたいのはわかったよ。

 目的は――殺すこと?」


「違う! 違う違う! 会いたいの! 会ってお近づき……ふふ、なりたいなあ」


「あんな変人とお近づきに……ねえ」


「モンスターを創れるんでしょ? 素晴らしい人物に違いないよ! ウン、マチガイナイ!」


 ルベリオはインベントの思考が理解できない。だが嘘を言っていないことは理解できた。

 しかし、それでも、やはり納得ができない。


「ラーエフに会わせるかどうかを判断する前に、聞いておきたいことがある。

 負けたボクが要求できる立場じゃないことは理解しているけどさ」


 インベントは「なんでもどうぞ!」と嬉々として答えた。


「それじゃあ聞くけど、キミはモンスターを創れることにとっても関心があるみたいだねえ。

 その理由が知りたい。ボクには理由がまったく思いつかないからね」


「うんうん、なるほど」


 インベントが話し始めようとしたがルベリオは遮った。


「それにもう一つ。キミはラーエフを殺すつもりはないみたいだね。

 信用するよ。確かにキミは殺すつもりはないんだろう。

 でもさ――別のキミはどうなんだい? それとも同居人とでも言ったほうがいいのかな?」


 ルベリオはクロの存在に気付いている。その正体がなにか知りたいのだ。


 ルベリオは大抵、言葉無しでも相手を理解できてしまう。

 そんな彼が言葉無くしては理解できないと判断した唯一無二の存在。


 インベントは頷いた。知りたいという熱意を感じ取った。


「う~ん……長くなるけどいいの?」


「構わないよ。どうせボクは動けないし」


「そっか――それじゃあ話すね」


 そこから本当に長い話が始まる。

 ルベリオはどれだけ長くなっても構わないと思ったが、五時間以上語るとは思ってもいなかった。


 なぜラーエフに会いたいのか? それはモンスターが好きだから。

 なぜモンスターが好きなのか? 『モンスターブレイカー』の世界に憧れているから。

 つまり――『モンスターブレイカー』がいかに素晴らしいかという話から始まるインベント語り。


 いつまで経っても終わらない。『モンスターブレイカー』の話だけで四時間以上経過した。

 それでも終わらない。そんな時シロが『もうモンブレの話はいいんじゃない?』と伝えた。


 先程まではルベリオを排除しようとしていたシロだが、長すぎる話にルベリオのことがいたたまれなくなるというよくわからない事態。


 結局、日が落ちる寸前まで話続け、なんとかシロとクロが存在することだけは伝えることができた。


**


 ルベリオは眠気を誤魔化すために顔を擦った。


「にわかに信じられない話だけど……よくわかったよ」


「あ、ホント!?」


 ルベリオは天を仰ぎ、暗くなった空を見上げた。


「ボクってさ、ウソを見抜くのは得意なんだけどキミの話はどこにもウソが無い。

 さっきまでの話が全部作り話なら、キミは天才詐欺師だよ」


「作り話じゃないよ!?」


 ルベリオは力なく笑い「わかってるよ」と頷いた。

 にわかには信じられない話だが、ルベリオはその全てが真実だと確信を持っていた。

 インベントに執着してきたからこそ、これまでの出来事が一本の線に繋がっていくように。



 全てを理解したルベリオの決断は――

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、自分だったら、変人(インベント)の相手は変人(ラーエフ)に任せよう、と丸投げするね。
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