決着
すごいなあ、さすがだなあ。
安心して任せられるね。うんうん。
だけどなにもしないのはちょっと悪い気がする。
すこ~しくらい役に立ちたいな。でもでも邪魔しちゃ悪いし……応援でもしよっかな。
声をかけたら気が散るかもだから、心の中で応援かな。
ふれーふれーフミちゃん。がんばれがんばれベンちゃん。
……あれえ、苦戦してる?
どうしよう……なにかしたほうがいいかな?
私にできることある? でも聞くと怒るかもしれないし……う~ん。
どうしよっかな。どうしよっかな。
**
移ろいやすく不安いっぱいな少女の心。
口に出して、気を引きたいわけではない。葛藤しているだけ。
本来、想いは言わねば伝わらない。だが、シロとクロの関係性は特殊であり、少し違う。
成り立ちはわからないが収納空間が創り出した小さな部屋。
存在するのはふたりだけ。思っていることがなんとなく理解できてしまう。
以心伝心――といえば聞こえが良いが集中している状況で、シロのふわふわした思考は邪魔でしか無かった。
『苦戦してる?』とシロが思った瞬間――図星だったからかバンと机を叩き――
『苦戦してんだよ! バーカバーカ!』
『え? な、なによ』
『シロがこのニヤニヤ野郎をぶち殺せって言うから、やってんじゃねえか! ちっくしょー!』
クロは苛立ちを露わにしつつも手は止めず、ルベリオに攻撃を繰り返す。
『人間の動きじゃねえ! 違う!
人間の動きだが、反応速度がおっかしい!
私の動きまで読まれてる。ナンダ! 私の心の声漏れてんのか!? ナア? 私の声漏れてんのか―!?』
苛立ちは歯軋りになり、中指で乱暴に机を叩き、貧乏ゆすりは止まらない。
『ベン太郎の動きも、私の動きにも適応しつつあるってことかよ。
進化の先は自滅なんだろ? 自爆しろ! ハゲハゲハゲハゲ!』
暴言とともにクロは手数を増やすが、超反応で回避されてしまう。
『どうなってんだこいつのCPUは!
シングルコアのくせになんでデュアルコアに対応出来んだよ!』
シロは不思議そうに『シングル? デュアル?』と呟いた。
『CPUの話だよ! といっても格ゲーのCPUじゃねえぞ!
CPUってのはパソコンの脳みそみたいなもんだ。脳みそ一つより二つのほうが強ええって話!
だいたいなあ――――』
シロはクロが何を言っているのかよくわからない。
相槌だけはしっかり打つのだが、愛想笑いならぬ愛想相槌にも苛立つクロ。
『あーもういい! ここから方向性は変えられねえ。ゴリ押しで行くしかねえ。
くそ、バッチ処理でも仕込んどきゃよかったか! こんな展開は想定外だったから仕方ねえけど!
だぁー! 鬱陶しいからメソメソ色んなこと考えんな! 集中できねええ! 集中……』
シロは『メソメソなんてしてないもん』と膨れるがクロは無視して、考える。
集中の反対語は分散である。
インベントを槍攻撃に集中させ、クロは収納空間からの援護に集中した。
逆にルベリオに対しては、徹底的に意識を分散させた。
『カカカ、そうか。集中の本質は一つに絞ることだ。
逆に分散は一つに絞らせないこと。
マルチタスクが効率が下がっちまうのは当然だよなあ、シロ』
『え?』
『1コンと2コン。一人で二つ操作すんのは変だよな。
カカカ、私たちもマルチプレイしようぜえ。私とシロとベン太郎でマルチプレイだ。
デュアルコアCPUからマルチコアに進化しよう。な、へへへ』
シロの理解は追い付いていない。しかし悪巧みしているのだけはわかる。
『要は――シロもプレイヤーとして参加しろってことだ――よっ!』
インベントは二枚ゲートを持っている。
優先権はインベントが持っているため、インベントが使用している時はシロもクロもゲートは使用できない。
だが現在はインベントにゲートを使用しないようにお願いしているため、使用権はシロとクロにある。
二枚のゲートは性能は同じだが、所有者は決まっている。
本来シロのゲートはシロしか使えないし、クロのゲートはクロしか使えないのだが、シロのゲートはクロが使えるように小細工されている。
そんなゲートが、本来あるべき姿に戻ったのだ。
『え!? え!? な、なんで!?』
『シロ~、ベン太郎を死なせたくないだろお~? 役にも立ちたいだろお~?
だったら働け働け。三人一丸となって戦う時だ。
ここまではベン太郎と私が二人で一人。両面宿儺みたいな状態だったからな』
『りょ、りょうめん?』
『あ~妖怪だよ妖怪。顔が二つで手が四本……八本だったかな? まあそんなことはいいや。
ふたりはプリ〇ュア状態だったけど、ここからは三本の矢! 三人そろえば文殊の知恵! 阿修羅マン!』
突如操作権限を与えられ戸惑うシロ。狼狽しているがクロには優しくフォローする余裕がない。
『とにかく手を出せ! 足を出せ!』
目まぐるしく戦況が動く中、シロはどうしていいのかわからない。
クロとしてはシロに期待しているわけではないが、ルベリオを混乱させる一手になれば良いと考えた。
『なんでもいいから行動しろ! 武器でも盾でも投げつけりゃいいんだよ!』
『わ、わかってる! わかってるから待って!』
無茶ぶりに戸惑っているのは事実だが、それでもクロが頼ってくる事態。
なにかしなければ――そう思いながらも中々手が出ない。
そんな時、シロはインベントに迫るルベリオを見た――
『危ない!』
咄嗟の判断で丸太を使いインベントを後方へ吹き飛ばす。
回避は成功したものの、力加減を間違いインベントは想定外のダメージを受けてしまった。
『な、なにやってんだバカシロー!』
『だ、だって!』
『今のは回避する必要も無かったじゃねえか!』
『そんなのわからないよ!』
言い合いをしている中、クロはハッとする。
ルベリオを混乱させるつもりが、クロ自身が最も乱されてしまっていた。
とはいえインベントもルベリオも何が起こったのかわかっていない。
どう舵取りするか迷うクロ。だが、インベントは動き出す。
指示が無いのならば、続行だと判断したのだ。
『ええい! シロ! お前は攻撃に専念しろ!
移動とか回避とか諸々は私が全部やるから!』
『わ、わかった』
**
インベントの槍攻撃。
使用するゲートを一枚減らしたが、ゲートの開閉、牽制、回避などマルチに実行するクロ。
攻撃しなければ――と思いつつ中々手が出ないシロ。
剣先がにょきっとゲートから顔を出したが、まるで臆病な小動物のように収納空間に隠れてしまった。
ルベリオは突然の変化に混乱した。ある意味クロの想定通りの働きをした。
だが、クロからすれば無駄打ちでもいいから攻撃を実行して欲しい。かと言って叱りつければ委縮してしまうかもしれない。
中途半端な動きでもルベリオは警戒している。これを好機にしなければとインベントとクロは思う。
インベントは迫る。クロも追撃する。
ルベリオは理解する。こちらが警戒し後手に回っていることをインベントが察知し、攻勢に転じてきたことも理解する。
ならばとルベリオも攻勢に転じた。交錯する両者。
そこから二度三度と交錯し、紙一重の攻防が繰り広げられる。
ルベリオは勝ち筋を見つけつつあった。
だが――予想外の攻撃が命中する。
シロが出そうか出すまいか悩みながら、やっぱりやめようとした槍が、誤って落ちてしまった。
落とした槍の柄が足に絡まり、体勢を崩した。そう――ルベリオの足ではなく、インベントの足に。
「あっ」
足が縺れ、よろけ、意図せず頭からルベリオに突っ込むことになった。
ルベリオは咄嗟にインベントの頭を叩きながら回避しようとした。
しかし全身に漆黒装備を纏ったインベントはかなりの重さであり、ルベリオも体勢を崩すことになる。
インベントは倒れようとしていた。
ルベリオはなんとか踏みとどまろうとしていた。
そんな時――インベントの槍が動いた。
バランスを完全に崩し言わば死に体の状態なのに、槍が動き、切先は正確にルベリオの眼球を目指していた。
ルベリオを捉えたかと思われた槍だが、寸前で幽壁が発動し拒絶した。
眼前に迫る槍を凝視しながら安堵するルベリオ。
だがこれまでに幽壁は二度発動させられていたため、不完全なものだった。
槍の軌道を少しだけ逸らしたものの、右上瞼を斬られ出血する。
「うっ!?」
ルベリオは目を押さえながら倒れていく。
だが左目はしっかりとインベントを捉えていた。
(たかが右目をやられただけだ。
ボクなら両目を閉じたって戦える!)
受け身をまともに取れず倒れた衝撃がルベリオの背面を襲う。
しかしぐずぐずしている暇は無い。すぐに立ち上がらなければインベントは襲ってくる。
だが一際大きな衝撃がルベリオの頭部を貫いた。
(い、岩――)
全てを見通せるほどの能力を持つルベリオ。
しかし、想定外に倒れた先に転がっている岩は予見できなかった。
(立ち上がらなければ――立ち上がらな――けれ……ば)
いまだ闘志は衰えていない。
瞳の中には槍に狂気を乗せ迫ってくるインベント。
今、立ち上がらなければ待つのは死。
わかっているのに、身体も心も言うことを聞かない。
死力を出し尽くした戦いはあっけなく幕が降りた。
たかが左目をやられただけだ!




