決意
ルベリオは危うきに近寄らず。逃げに徹すれば彼を捕まえることは誰にもできない。
とはいえルベリオは好奇心が強く、手に負えない危うきには近寄らないが、火遊びはしたい。
人生で唯一見誤ったのがインベント。なんとか敗走した時、彼は復讐を誓った。
念入りに対策は済ませ、【停止】のルーンを得た上での再戦。
まさか再度危機に陥るとは思ってもみなかった。またもや追い込まれているルベリオ。
一生無縁だと思われた――覚悟を決めることになったのだ。
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少し膝を曲げてはいるものの、ルベリオは自然体で立っていた。
両掌は腰よりも上にあるとはいえ、構えと呼ぶには全身がだらりと脱力しているため、身構えていないように見えた。
ルベリオはゆっくりと歩き出した。不用心にも見える歩行だが、その表情はこれまで見たこともない真剣な表情だった。インベントは気を引き締めつつ槍で牽制する。
「な!?」
最低限の動きで払われた槍が、なにか大きな力で引っ張られたかのように大きく軌道が逸れ、インベントは体勢を崩す。
ルベリオは歩みを止めず、さらに一歩インベントに近づいた。
インベントは払われた槍を強引に引き戻し、横薙ぎ攻撃に転じた。
ルベリオは肘から手首までの部分で槍の柄を滑らせ、また大きく軌道を逸らした。
ルベリオの右手が僅かに上がり、五指が内側に少しだけ曲がる。
直後、ルベリオの右足元からナイフが飛来する。だがルベリオは咄嗟に右腕を内に畳み、迫るナイフを回避。
更に直後、インベントが槍を振り下ろす。ルベリオは腕で軌道を逸らせようとするが、腹部目掛けて水平方向に発射された丸太が迫る。
ルベリオは大きく身体を捻り、丸太と身体を擦りながら回避し、丸太を蹴りながら距離をとった。
「――コオォ」
独特な呼吸音とともに再度構えるルベリオ。
クロは思わず『ブルースリーかよ!』と毒づいた。
インベントは丸太を飛び越え、ルベリオに迫る。
再度、刹那の攻防が繰り返されるが、今度はルベリオの攻撃がインベントの顔面に肉薄する。
咄嗟に首を右に捻り躱そうとするインベント。
咄嗟に身体を左方向に回転させて躱させようとするクロ。
「ぐえっ!?」
視界が想定外の動きをして戸惑うインベント。
ルベリオを見失うが、幽結界で位置は捉えているため、すぐに視線を戻しつつ今度はインベントが距離をとる。
汗を拭うインベントと、大きく息を吸い、長く息を吐くルベリオ。
――と、爪を噛むクロ。
『ったくなんなんだよ、あの優男!』
クロはインベントに聞こえないように毒を吐く。
幽壁を二度発動させ、追い込んでいるのは間違いない。
だが、ここにきてルベリオの動きが変わるのは想定外だった。
クロの焦りを感じ取りシロは不安げに声をかけた。
『な、なんかやばめ? ベンちゃんに指示出す?』
クロは唸る。大きく唸る。
(何回バリアが発生するのか知らんが、あと一回……いやもう発動しない気もする。
あと一歩ってとこまで来てんのに! なんでもう『独立展開・奇々怪開』に対応してやがんだ!?)
ここまではクロの目論見通り進んでいた。
ルベリオが嫌がることを考えた末のゲートの連続開閉。ゲートを探知できるからこそ無視できない。それゆえ煩わしく、神経をすり減らしていった。加えて人が変わったかのような行動パターンの変化に対応できず、二度のクリーンヒットに成功した。だが――あまりにも対応が早過ぎた。
しかしルベリオは対応したのではない。開き直ったのだ。
どうせ読めないのならば、自身の反応速度を信じ、全て捌ききると決意したのだ。
(適応能力が高すぎる!
クソ……こっちも変化しなきゃだめなのか? むむう、かといって小手先の変化じゃ……。
ベン太郎の武器……槍から変えっか? いや……私との連携レベルが落ちるし、リーチの短い武器は危険だ。
かといって細かい作戦を追加するのは厳しい。話せるようになったといっても、トランシーバーレベルだし……)
『こ、このまま続行だ!』
クロは手を擦り合わせた。気合を入れなおしたクロがとった作戦はゴリ押し。
それから、まさに息つく暇もない戦いになった。
インベント側からはせわしなく繰り返す槍の連撃と収納空間からの波状攻撃。
対するルベリオは守りに重点を置き、全てを躱し、受け流した。時折攻撃に転じようとするが、クロが牽制し阻止した。
つかず離れずの距離。散乱する武器。
インベントはルベリオを倒すために特化した戦い方を。
ルベリオはインベントを倒すために特化した戦い方を。
互いを深く知り対策を講じ合う、濃密なコミュニケーション。
(……キツイな)
ルベリオは素直にそう思った。
収納空間からの攻撃は嫌らしさを増した。性格の悪さが滲み出ていた。
さらにインベント本体の動きも良くなっていた。さきほどまでは簡単に捌けていた槍攻撃が急に難しくなったのだ。
(腕前が急に上がったわけじゃない。ボクの動きに合わせてくるようになった。
そうか……『幽圏』だね)
払おうとした攻撃を寸前で停止させたり、回避しようとした攻撃の軌道を変化させた。
ルベリオのお株を奪うような相手の動きに反応し、攻撃に変化を加える。
つかず離れずの距離での戦いで、インベントは『幽圏』――『幽結界』の使い方を覚え始めていた。
これまでインベントは四メートル以内を探知することができる『幽結界』を、奇襲防止能力程度にしか考えていなかった。もしくはモンスターの攻撃の起こりを察知する程度の便利能力だと考えていた。
しかし対人戦において『幽結界』は非常に強力である。
目のように一方向から見るのではなく、全方向から対象を把握可能な『幽結界』は、使いこなせば相手の動きを容易に読めるようになる。
それは対象範囲は違えども、ルベリオが常日頃行っていた先読みと同じ能力。
残念ながら技量が伴っていないため、ルベリオを仕留めるには至っていないが確実に追い詰めていた。
このままでは圧し負けると思い、ルベリオは突破口を探す。
息が上がっていることを気取られないように装いつつ、思考を止めない。
そして発見した。というよりも舞い込んできたのだ。
(……収納空間からの攻撃が減った?)
開閉速度が若干遅くなったのだ。それが罠の可能性もある。
むしろ悪意に満ちた収納空間は、それぐらいやってきても不思議では無い。
それでもルベリオは踏み込んだ。
千載一遇のチャンスかもしれないと思い、死地に踏み込んでいく。
隙間を縫うように攻撃を避け、いなし、接近し、罠であることを考慮しながらも鋭く尖らせた手刀でインベントの目を狙う。インベントは首を傾け回避するが、それはルベリオも織り込み済み。
手を嘴のような形状に変化させ、追いすがる。捉えたかと思いきや――
「ごはっ!」
インベントが大きく吹き飛んだ。ルベリオの攻撃が命中したからではなく、丸太がインベントを吹き飛ばした。それ自体は珍しいことでは無い。だが――
「げほっ! がはっ!」
胸に手を当てむせ返るインベント。
目を見開き驚いているようにも見える。
そんなインベントを見て、ルベリオはなにがなんだかわからなくなり、眉をひそめた。




