狂気と悪意を飲み込む悪意
インベントの意志とは関係なく開閉するゲート。
騒々しいと感じるほどに開閉を繰り返すため、多少戸惑うインベントと、大いに戸惑いルベリオ。だが――
『――と、突撃!』
クロの突撃命令は、インベントの戸惑いを吹き飛ばす。
シロとクロが言い争う声が混じっているが、それは些細な事。突撃命令は絶対だ。槍一本で果敢にルベリオを攻め立てる。
目で追えぬほどの『裏・絶影』に比べれば酷く稚拙な槍攻撃。
収納空間を利用しないインベントの槍攻撃など、ルベリオからすれば文字通り目をつぶっても回避可能な児戯に等しい。
ルベリオはいとも簡単に槍を回避する。槍の連撃は一撃一撃の繋ぎが甘く隙だらけ――だが反撃には移らない。警戒を強め、眼球をせわしなく動かしていた。
警戒の対象は当然開閉を繰り返すゲート。
ルベリオはゲートからもインベントの思考を先読みしていた。しかし現在、ゲートはインベントの周辺で一定間隔で開閉を、まるで意志と切り離されたかのように繰り返しているだけ。突然の変化にルベリオは困惑していた。
(これは……厄介だね。気が散るね……気が散るよ。
まるで収納空間が自分の意志で入り口を開いたり閉じたりしているみたいだ。本当にキミは厄介だよ)
開閉を繰り返すゲートだが、いつ武器が飛びだしてくるのかわからない。
稚拙な槍攻撃はルベリオを誘い込むための罠に思え、迂闊に反撃に転じられない。
警戒を強めるルベリオだがインベントは容赦なく槍で突く。
何度も突く中で、ひと際大振りで隙だらけの突き。そんな最中ルベリオは槍ではなく、咄嗟にインベントの足元を見た。
インベントは右手を振りかぶり槍で攻撃しようとしているが、左つま先付近でゲートが開く。
ルベリオは一定間隔で開閉していたゲートのリズムが僅かだけズレたことを察知した。
槍攻撃は見もせずに回避し、開かれたゲートを注視する。
そしてゲートから飛び出したものは――
(――果物?)
戦いの場にふさわしくない赤い果実がポロっと飛び出した。
視線が釘付けになる。次の瞬間――
(槍先が!?)
インベントの持つ槍先が分離し、飛来してくる。
突いた槍を引くタイミングであり、最も警戒が薄れるタイミング。
そもそもルベリオは見ずとも避けられる槍を警戒していなかった。
「くっ!?」
迫る槍先を首を捻り回避するが、頬が薄皮一枚斬れた。
ルベリオは槍先が飛び出す細工が施されていたことに驚くが、インベントの槍は分離などしていなかった。
飛来したのはナイフ。絶妙なタイミング、そして絶妙な角度で発射されたナイフが、あたかも槍先が分離したかのように思えたのだ。ルベリオは急いで距離をとった。
インベントはすぐに追撃しようとするが、ルベリオの頬を伝う血液を見て、笑みを浮かべた。
「なるほど、そういうことかあ」
あからさまに、なにかを納得したかのような言動。
ルベリオはとても小さく、インベントにも聞こえないように舌打ちした。
(ボクの動きを読み切ったとでも? 次はこうはいかないよ。次は……次……)
槍を構えるインベント。
点滅するかのように開閉を繰り返すゲート。
さきほどと変わらない。
だがルベリオは一歩後ろに下がった。
(そうきたか……本当にいやらしいね)
先刻までインベントはフェイントとしてのゲートの開閉を何度か行ってきたが、ルベリオの観察力はそんなフェイントさえも看破してしまった。
だが、こうもやたらめったらにゲートの開閉を繰り返えされるとルベリオも虚実の判断がつかない。
更に一工夫が加えられた。
先ほどまではインベントの身体周辺で開閉していたゲート。
それが身体から一メートル以上離れた場所でも開閉するようになった。
ゲートの開閉を察知できるルベリオにとって、連続開閉していることだけでも鬱陶しいのに、さらに範囲が拡がることで余計に気が散る。
(フフ、でも負けやしないよ。必ず隙ができるはずだ。
収納空間に集中すればするほど、他が疎かになるはず)
**
それから濃密な五分間が経過した。
ルベリオは神経を研ぎ澄まし、インベントの攻撃を回避し続けた。
徐々に鋭くなる槍攻撃はしょせん素人芸。警戒すべきは収納空間。
ルベリオは【停止】を織り交ぜつつ圧力をかけていけば、綻びが生まれると予想していた。
しかし槍攻撃の勢いは止まらない。むしろ躊躇がなくなり、【停止】を使おうとも全く動じず、解除された瞬間を待ち、攻撃に転じようとしてくる始末。
収納空間も猛威を振るう。一定間隔でゲートの開閉を繰り返すかと思いきや、突然リズムが早くなったり、不規則なタイミングに切り替わる。
勢いよく武器が飛び出したかと思えば、放り投げたかのように放物線を描き飛んでくる。
特に厄介なのが徹甲弾で、ふわりと発射されたかと思いきや、空中で加速してきたり、真下から突きあがるように発射されたり。
ルベリオは捌ききれず、何度か攻撃を受けた。
しかしまともに攻撃を受けたのは二度。顔面への徹甲弾と、途中で軌道が変化した槍攻撃のみ。
どちらも幽壁が発動したため無傷。しかしかなりの幽力を消費してしまったため、再度幽壁が発動するかはわからない。
満身創痍のルベリオだが、五分間は無駄ではなかった。
五分間の中でインベントの真理にたどり着いた。
(……ふたりいる)
インベントの狂気も悪意も知るルベリオだが、それは二重人格のようなものだと思っていた。
普段物静かな人物が、戦闘の時だけ声を荒げるかのように。切り替えることが可能な人格。
狂気のままに槍攻撃を繰り返すインベント
悪意に満ちた収納空間術を繰り出すインベント。
切り替えているのではなく、同居していなければ成しえない攻撃。
まるで前後に顔を持ち、四腕を振るう鬼神。
ルベリオは自身の脳にもう一人の自分がいたらと想像してみるが、頭を振った。
奇妙な妄想はしても仕方が無いからだ。
結論は、どういう形式か不明だがインベントの中にふたり存在するということだけ。
理解はできずとも、そうなのだと確信することが重要だった。
(狂気も悪意も――すべて飲み込めばいい)
狂気を崩せば、悪意が乱れるわけではない。その逆もまた然り。
ならば、受けて立つまで。
ルベリオはこれまでの左手を前に出した基本の構えを解いた。
そして身体のど真ん中を晒すように立つ。
前後左右どこからなにが飛び出してきても捌ききる覚悟を決めたのだった。
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『へ、へっくち!』
昔からウワサされるとくしゃみがでるというが――
ウワサされていないもうひとりがくしゃみをしていた。




