静動
ルーンの力は現世の理から外れた力。
【器】は現世のモノを幽世に収納、もしくは取り出すことができる。
インベントのように収納空間から運動エネルギーを発生させるのは、イレギュラーではあるものの無から有を生み出すという理から外れた力で間違いない。
それに対し【停止】は物体を停止させる力。
超高速で移動するインベントでさえも、問答無用で停止させることができる。
本来、高速で移動する物体を停止させれば強烈な反動が発生するはずだが、【停止】はまるで時が止まったかのように優しく停止させる。
理から外れたインベントの動かす力と、ルベリオの止める力。
正反対の力が向かう先は――
インベントは【停止】の全容を理解しつつあった。
思考を巡らせつつ、インベントはゆっくりとルベリオに近づいていく。
(有効範囲は幽結界と同じ。
それも恐らく、全身が幽結界に納まっていなければ【停止】は使えない。
腕だけを停止とかはできない。これは多分間違いない)
佇むルベリオに近寄るインベント。
近づくほどに集中力が研ぎ澄まされていくインベント。
すでにどのようにしてルベリオがインベントの技能を封じたのか見当がついていた。
「――【停止】の、連続使用に制限が無いんだね」
インベントが問いかける。
ルベリオはそれが、ルベリオからなにかを引き出すための発言ではないことをすぐに見抜いた。
言うなれば大きめの独り言。
「連続使用は可能だけど、恐らく効果時間に影響がでる。
むふ、チャージ時間に応じて効果時間が変動するスキルってわけだ。
でも、一瞬でも【停止】を喰らえば、物体も俺自身も速さが消失してしまう。
だからルベリオは、俺が加速した瞬間、発射した瞬間に、瞬きのような効果時間の【停止】を使っている。
瞬間の停止――『瞬止』っていったところかな、ヒヒ。
こりゃまた、あ~んまり使い道のない技だねえ」
ルベリオは鼻で笑う。
「そうだねえ。ボクの場合遠距離攻撃は回避すればいいし、近距離攻撃の場合、なんだっけ? 『瞬止』?
フフ、『瞬止』は汎用性が高いとは言えないねえ。
今後使うことは無いかもしれないね。
走っている相手に『瞬止』を使用しても、走ることは封じられない。
振り下ろす剣を止めることもできない。
連続する運動には意味がなく、一気に加速する物体から速さを奪うのが『瞬止』。
これが活きるのは――そう、キミのような動き。
つまり、『瞬止』はまさにキミ対策の技だ。フフ」
インベントは歩みを止めた。
インベントの前半身が幽結界に触れていた。
ルベリオというモンスターを狩るためには、やはり近接戦闘は避けて通れない。
通常の【停止】にすぐに対策を講じたように、『瞬止』にも対策を講じれば良い。
そしてその対策はすでに思いついていた。
インベントは急加速し、ルベリオに斬りかかる。
ルベリオは通常の【停止】でインベントを停止させた。
すぐさまインベントは停止状態を解除。
呼応するように『瞬止』を発動しインベントをその場に留める。
インベントは持っていた剣で斬りかかる。収納空間の力は使わない。
ルベリオは最低限の動きでこれを回避。
インベントは剣の柄を丸太で押し出して発射。
ルベリオは『瞬止』を使い、これを封じる。
剣は推進力を失い地面に――落ちずルベリオの顔面目掛けて飛んでいく。
ルベリオは身体を捻り回避しつつ、再度『瞬止』を使用し剣を止めた。
インベントは間髪容れず別の剣を装備。再度剣を発射する。
ルベリオはこれも『瞬止』で封じようとするが失敗した。それもそのはず――
「なるほど。しかしまあ、よく対策を思いつくねえ。
右手の剣を飛ばすと思いきや、左手の剣を飛ばすんだもの」
インベントは右手の剣を発射するフリをして、左手に持っていた剣を発射した。
フリといってもしっかりとゲートを開いたうえでフリをしたのだ。
その前の攻撃も、ゲートを開き発射するフリをしたうえでタイミングをずらして剣を発射した。
インベントが考案した『瞬止』対策は、ゲートを使用したフェイントである。
これはゲートの開閉を認識できるルベリオ相手だからこそのフェイントである。
(『瞬止』は、俺がゲートを使った瞬間に使わないといけない。
タイミングさえずらせば、『瞬止』は封じることができる)
インベントの想定は正しかった。
発射した武器に『瞬止』を使用する場合、ルベリオに到達するまでの僅かな時間に使用しなければならない。
ゲートを利用したフェイントは非常に効果的だった。
だが、このフェイントはもう通じなくなってしまう。
「ぐっ!?」
【停止】返し。
『瞬止』返し。
短時間で考案した返し技は及第点といってよい。
だがインベントはルベリオを攻めきれない。
何度チャレンジしても防がれ、反撃を喰らってしまう。
ルベリオはまるでインベントの思考を読んでいるかのように華麗にいなし、鎧の上から反撃し、吹き飛ばす。それでもインベントは諦めずに攻撃を続ける。
必死に攻めてくるインベントを見て、ルベリオは敬意と――憐みの念を覚えていた。
(本当に素晴らしいよ。
人生で初めての経験だよ、インベント。
これが波長が合うということなんだろうね。
父さんも、実の両親でさえも波長が合うことは無かった。
そんなことはボクの人生で起きえないと思っていたよ。
そして金輪際起きないだろうね。キミ以外とは)
インベントがゲートを使用したフェイントを使ってくる。
だがルベリオはインベントの想定していないタイミングで、想定していない場所へ体重移動を実行した。
ルベリオが想定する場所からいなくなってしまったがインベントは無理やり軌道修正をする。
しかし一歩遅く、ルベリオは優しく右掌でインベントの心臓部に触れ、軽く踏み込むような動きをすると、インベントの想像以上の衝撃で吹き飛ばされた。
(波長が合うからこそ、お互いが何をしようとしてくるのかわかってしまう。
対策も思いつく。隠し事はできないねえ。
それにしても『瞬止』対策は見事だったよ、インベント)
諦めず飛びかかってくるインベントに対し異様な構えをとるルベリオ。
その構えは攻撃に備えるためでもなければ、必殺の一撃を放つための構えでもない。
だが意図はある。
(キミは本当に面白いよ。
幻惑的で常に相手の裏をかくような動き。
だけど相手の裏の裏をかくような行動はしてこない。
相手を嵌めるような戦略はとってこない。どこか単調だ。
さて、こんなバランスの悪い構えをすれば、絶対に右側から裏をとろうとするだろう?)
インベントはルベリオの想定通り、右側にやってきた。
(奥の手はおそらく無いだろう。ボクもキミも。
だったら――あとは晒した能力でどう戦うか)
ルベリオは通常の【停止】でインベントを停止させた。
すぐさまインベントは停止状態を解除するが『瞬止』が来ることを想定し、駆けだそうとした。
だが――
「えっ!? がっ!」
来るはずの『瞬止』が来ない。
インベントは大きくバランスを崩し転がった。
そんなインベントを見て、ルベリオは優しく微笑む。
(キミは常に【停止】と『瞬止』が来ることを想定して戦わないといけない。
でもボクは使わざるを得ないタイミング以外では使っても使わなくてもいい。
対策ができたとしても、攻略できたわけではないよねえ?)
インベントとルベリオ。
どちらも相手の裏をかくことを得意とする。
だがインベントの戦闘想定している相手はモンスターなのだ。
謀略を張り巡らせる人間は想定していない。
そして謀略に関してルベリオの右に出るものはそういない。
張り巡らされた悪意に、純粋なモンスター狂は絡みついていく。




