ただのインベント
物体を問答無用で停止させる【停止】のルーン。
だが外的刺激を与えれば解除することができる。
また徒手空拳で戦うルベリオは遠距離攻撃に対し反撃手段がない。
逆に言えば反撃手段が無い分、回避に集中することができる。
回避に集中したルベリオに攻撃を当てるのは至難の業。
だからインベントは接近戦を挑む。
そこに活路があると信じて。
二刀流のインベントは猛然とルベリオに斬りかかる。
いつ【停止】が発動されても大丈夫なように準備しながら。
対するルベリオはあえて【停止】を使わずに攻撃を捌く。
元々備わっている対人向けの先読みスキルと、ゲートから行動予測するインベント専用先読みスキルを併用するのだが――
(ふふ、速いね。
まるで剣が生きているようだ。
このボクが【停止】を使わなければ……捌ききれなくなる。
本当にすごいよ、キミは)
インベントは【停止】で停止させられる前提で接近戦を挑んでいる。
それならば【停止】を使わず対応できれば完全勝利であり、それはルベリオの理想の展開。
だが出し惜しみして勝てる相手では無かった。
出会う前は【停止】無しでも勝てると思っていたが、インベントの成長具合は予想以上だった。
ルベリオの体勢が少しだけ崩れるが、対応しきれずインベントに崩されたのだ。その瞬間にインベントは加速する。
それに対し【停止】でインベントの動きを止めるルベリオ。
が、すかさず剣の柄に丸太を当て停止状態を解くインベント。
【停止】のルーンが使われているが、戦いは止まらない。
この戦いに観客はいないが、傍から見れば休まず戦い続けているように見えるだろう。
渦のように――踊り続けるように。徐々にテンポは速まっていく。
テンポの速さはインベントの高揚感に比例して上がっていく。
(もっと速く――もっと鋭く――)
さきほどまでクロが『裏・絶影』を使用していた影響か、インベントのスピードに対するリミットはおかしくなっていた。
無意識に制限をかけていたスピードの枷が外れてしまっている。
どれだけスピードをあげてもなんとかついてくるルベリオのせいでもあるのだが。
脱力すべきタイミングでは脱力し、必要なタイミングで力を籠める。
そんなアイナやロメロの兄であるピットから教わった肉体の使い方を高い次元で極めていく。
元々の収納空間を駆使する高い技能と相まって、もはや人間を辞めているレベルに到達している。
だが――それでも――
六度目の【停止】を使用されたもののインベントは即座に停止状態を解除した。
「うん……なるほどね」
ルベリオは、迫る剣戟をスレスレで回避し、頬を伝う汗をぬぐいながら呟いた。
インベントは斜めに振り下ろす斬撃――
振り下ろした剣を射出する攻撃――
収納空間から引き抜いた槍を投射――
小盾と短剣を続けて発射――と連続攻撃を繰り出すがルベリオはまるで未来予知したかのように回避した。
インベントは剣の切先から反発力を得て移動しようとしたそのタイミングで――
(――【停止】)
移動するはずの身体はその場で停止する。
だがすかさずインベントは強引に自身の身体を丸太で押し出して【停止】を解除した。
そしてインベントは次の瞬間、目を見開いた。
剣を振るには近すぎる距離にルベリオは移動していたのだ。
判断を迷ったインベントはいったん後方に距離をとる。
仕切り直しへ。
ルベリオはくすくすと笑いだした。
「すごいねえ。
【停止】をこうも簡単に攻略されるとは思わなかったよ。
まあ……攻略されたとは言い切れないかな? ウフフ」
ルベリオは意味ありげに左手をインベントに向けた。
インベントは多少警戒しつつもルベリオに突進する。
ルベリオに斬りかかるかと思いきや、沈み込むようにルベリオの左側に移動する。
――よもや誘い込まれたとも知らず。
(キミは本当に面白いね。
息を吸うように相手の死角を狙ってくる。
相手の死角に入るなんて達人の技能だと思うんだけどねえ。
不思議だよ。若々しいキミから老練ささえ感じるよ。
人生二度目なんじゃないかってぐらいにさ。
でも――ボクに死角なんてものは無いんだけどさ)
ルベリオはわざとらしく右手をインベントに向けた。
そしてハッキリとした口調で「【停止】」と言い放つ。
【停止】を使うタイミングを伝え、寸分違わぬタイミングでインベントを停止させた。
ルベリオの悪意を感じ取り、インベントは嫌な予感を覚える。
だが間髪容れず停止状態を解除する。
左肩口を丸太で押し出し、右方向へ移動するインベント。
一メートル近く移動し、再度仕切り直す。
――はずだった。
「え?」
インベントは大地に両脚をついていた。
一メートル移動するはずだったのに、停止させられた場所からほとんど動いていない。
思考が追い付かないインベント。
一秒にも満たない時間だが、【停止】関係無く停止してしまう。
ルベリオは先程同様に宣告し【停止】を再度使用する。
停止するインベントだが、反射に近いスピードで停止状態を解除した。
今度は先程よりも押し出す力を上げ、二メートル近く移動するインベント。
二メートル分移動するエネルギーがインベントの肉体に伝わる。
だが、やはり停止させられていた場所からほどんと動いていなかった。
今度は剣を地面に突き刺すような動き。
反発力を得て真上に飛び上がる――はずなのにやはり動かない。
インベントは舌打ちし、大きく横薙ぎで剣を振るう。
ルベリオは最低限の動きでこれを回避するが、インベントは振るった剣をルベリオ目掛け発射した。
が――剣は真っすぐ地面に落ちていく。
インベントはめげずに攻撃や移動を繰り返す。
だが、ことごとく封じられていく。
それも収納空間を利用した技が全て不発に終わっていく。
結果――
「悪くない剣技だねえ。インベント。
たくさん努力したんだろうね。努力を感じるね。感じるよ」
インベントはこれまで通りに戦っているつもりだが、収納空間を利用した技が不発。
すると、インベントはまるでただの二刀流剣士のようになってしまった。
そしてどれだけ努力したとしてもインベントには本来剣術の才は無い。
収納空間技能が無いインベントは、二流二刀流剣士なのだ。
インベントの攻撃に対し、ルベリオは大ぶりな回転蹴りを放つ。
いつものインベントならば簡単に回避できるはずの攻撃だが、インベントはモロに喰らう。
「ぐはっ!」
全身を防具で固めているインベントだが、ルベリオの蹴りは身体の芯まで響いた。
吹き飛ばされるインベント。
インベントは蹴られた部分を擦りつつ、収納空間に剣を刺してみる。
するとこれまで通りに反発力を得ることに成功した。
現在、インベントはルベリオから四メートル以上離れており、『幽結界』の外――つまり【停止】の範囲外。
収納空間技能が封じられているのはやはり【停止】の力で間違いなかった。
今なら収納空間を使い逃げることができる。
だが――
インベントは向かっていく。
例え【停止】で【器】が封じられたとしても、インベントは向かっていく。
なぜならば目の前に人型モンスターがいるからである。
モンスターを狩るまで『ぶっころスイッチ』は止まらない。
もしくは――
モンスターに狩られるまで『ぶっころスイッチ』は止まらない。




