陽炎
インベントは一定距離から踏み込まない。
ルベリオは坦々と攻撃を回避し、受け流す。
そんなとき、ふとロメロの顔が脳裏をよぎる。
「――埒が明かないな」
一旦距離をとるインベント。
ルベリオは「いやあ疲れたねえ」と言うが、飛び回るインベントと、その場に留まっているルベリオでは明らかにインベントのほうが負担は大きい。
インベントは両手に剣を構えたまま、ルベリオへすたすたと歩き始めた。
ルベリオは当然警戒を緩めたりはしない。
しかし不思議に思うルベリオ。インベントから敵意を感じないのだ。
ルベリオにとってインベントほど弱者に擬態するのが巧妙な存在はいない。
この瞬間にも一気に距離を詰めてくることもできるだろうし、剣を発射することもできるのがインベントである。
剣を装備し接近してくる行為は敵対行為に違いないのだが、どうにもこの接近には本当にただ接近しているだけな気がしてしまう。
ルベリオは警戒しつつも接近してくるインベントをただ見ていた。
そしてルベリオとインベントの距離が五メートルの地点でインベントは止まる。
まるでインベントはこの地点は【停止】の有効範囲外だと言い張るように。
ルベリオはやれやれしょうがない男だといった雰囲気で笑う。
「そこが――」
「うん?」
「そこが際だと思っているのかい?」
インベントはじっとルベリオを見つめ「多分ね」と答える。
「フフフ、まあ信じるかは任せるけどね。正解だよ。
良かったらどうして分かったのか教えてくれないかな?
まあ……信じるかどうかはわからないけどさ、フフ」
インベントは頬を膨らませ逡巡し――
「まあ……なんとなくロメロさんに似ていたからかな」
「ん? ロメロっていうとあの『陽剣』かい?」
「うん」
「ん? ボクと『陽剣』が似てる? あんなバケモノと似ているのかい?
まあ近くで見たことは無いんだけど」
「姿形じゃなくて――間合いかな」
「間合い?」
インベントは思い返す。
ロメロの付きまとわれていた日々を。そして――
「あの人の『幽結界』に侵入するのは大変だったなあ。
『幽結界』に侵入するだけならまだしも、そこから攻撃に繋げるのは……」
ロメロと一緒にいたころよりも強くなったと思っているインベント。
だが、もしも再度ロメロと戦って勝てるかと言えば――勝てる想像はできない。
「キミ、『陽剣』と戦ったことがあるんだねえ」
「ま、短い間だけど同じ隊だったこともあるしね。
何度も何度も暇つぶしの模擬戦に付き合わされたよ。
だからまあ、『幽結界』の恐ろしさ……いや恐ろしいのはロメロさん本人か。
まあなんにせよ『幽結界』の範囲には敏感なんだよ。
『幽結界』の攻略はロメロさん攻略の入り口だから」
ルベリオは興味深くインベントの話に耳を傾けている。
ロメロと同じ隊だったことなんてホラ話にしか聞こえないが、インベントが嘘をついていないことはルベリオはわかっていた。
そしてなぜロメロと自身の類似点や、『幽結界』が話題に上がる理由がわかっていない。
話を続けるインベント。
「ルベリオの……【停止】だっけ?
これまでに使用したタイミングを考慮すれば恐らくかなり接近しないと使えないんじゃないかと思った。
かといって触れていなくても使用できる。
色々考えるとさ、『幽結界』の範囲内でしか停止能力は使えないんじゃないかってね」
ルベリオは感心した。そして周囲に手を伸ばす。
「なるほど『幽結界』か。ボクにとっては全く不要だから気にもしてなかったよ。
そういえば父さんが言ってたけど、本来【停止】って強いルーンじゃないらしいよ。
ガルガインは触れた物体以外停止させられなかったらしい。
ボクのような天才だから触れていない物体も停止させれると思ったけど、なるほど『幽結界』か。
対象距離を伸ばそうとしても頭打ちだったのはそういう理屈か、なかなか興味深い」
ルベリオは頷いて、インベントの足元を指さした。
「でもさあ、その位置は確かに範囲外かもしれないけどさ。
ボクが一歩進めば範囲内だよ? 確かにキミは速いけどさ、さすがに油断しすぎじゃないかい?
それともキミならこれだけ近づいても射程外から攻撃できると思っているのかな?」
インベントはせせら笑い「油断ねえ」と呟く。
「ルベリオとロメロさんを比べれば、やっぱりロメロさんのほうが強いかな」
「そりゃそうだろう。あんなのは化物だよ」
「けどまあ、ロメロさんはどこまでいっても手を抜いて……ちょっと違うか。
楽しく本気で戦ってた気がするな。それでもまあ、俺を殺さないように配慮して戦ってた。
それに比べればルベリオは、俺を殺すために色々努力してきたんでしょ?
対策を講じてきたんなら、ある意味ロメロさんよりも戦いずらいよ。
ロメロさんは基本的に能力を隠すようなことはしなかったしね。
で? そんなルベリオに対して、俺が油断? ハハハ」
インベントは半歩近づき、前傾姿勢になった。
ルベリオにはインベントの顔だけが近づいてくるように見える。
「遠距離からどうにかできるならそうしたかったけど、それは無理だ」
そしてもう半歩――
「だったら踏み込むしか……ないよねえ? ヒカヒカカ」
ルベリオは息をのんだ。そして忘れていた少年の時の記憶が蘇る。
暗がりに飾られた白面に恐怖した思い出。
人ならざる白面がルベリオを見ていたのだ。
想像力が作り出した白面の化け物。
それがインベントと重なる。
(本当に――気色悪いねえ)
インベントの顔だけがルベリオの幽結界に触れていた。
その結果、インベントの顔がまるで白面のように顔だけが浮いてるように見えてしまったのだ。
このインベントの挑発行為に対し、ルベリオは倒れこむような体勢から一気に加速した。
(――捉えた)
そもそも顔が幽結界の範囲内に入っていたのだ。半歩近づけば【停止】の射程範囲にインベントを収めることができた。
そしてルベリオが【停止】を使う直前――
インベントは右の手首だけを動かし、剣の切っ先をルベリオに向ける。
そしてゆらゆらと揺らしている左の人差し指と、奇妙な笑い声が、まるで切り取られたかのように止まった瞬間――
徹甲弾で自らの右腕を前方に吹き飛ばすインベント。
インベントは手を挙げた状態になった。
右手に持っていた剣は飛んでいく。
前傾姿勢で迫るルベリオの眼球目掛け飛んでいくが、とっさに体を捻り回避した。
ルベリオは息を飲んだ。そして思う。
嗚呼、本当にコイツは狂っている――と。
「ヒヒ、カカカ!」
いつ【停止】を使われるかわからない状況に飛び込んだインベント。
不利なことは間違いないが、それでもインベントは接近戦を選んだ。
――モンスターは狩らねばならないから。




