モノクロからカラーへ
インベントはルベリオという人間に興味が無い。
初めて出会ったときから興味が無く、今日まで変わらずず~っと興味が無い。
おそらく今後も興味を持つことは無いだろう。
アイナを刺したやつだから、嫌いと言えば嫌いだが憎いとまではいかない。
当時の記憶が曖昧であり、もはや過去の出来事である。
久方ぶりの再開。インベントに対し執着心を燃やしているがそんなことはやはり知ったことではない。
モンスターを創っている『ラーエフ様』に会うための水先案内人程度の存在。
戦う気も起きないから、クロにすべて任せるつもりだった。
だが――
二度目に使用した『裏・絶影』が失敗に終わったとき――身体を小さく引っ張るような違和感を覚えたとき――
強烈な快感がインベントの身体を駆け巡る。
まるで眠りにつき、『モンブレ』の世界に入るときのような多幸感。
瞬間的だったため、その違和感の正体がルベリオから発せられたのか断定することはできなかった。
だが、可能性が一番高いのはルベリオだった。
そして三度目の『裏・絶影』。
18手の連続移動は10手目で止められてしまう。
だが、『裏・絶影』を発動した瞬間にインベントだけはルベリオの変化に気づいていた。
モノクロだった世界がカラーに変わるように、ルベリオが色鮮やかに見えたのだ。
だが一度距離を取った後、ルベリオは元に戻ってしまっていた。言うなればモノクロルベリオに。
不思議に思ったインベントはルベリオを観察する。
そして、ルベリオが拳鍔を宙に投げ停止させたとき、やっと気づいた。
ルベリオが【停止のルーンを使用するとき――
ルベリオが色鮮やかになる。それはロメロやクラマのような『人型モンスター』の気配。
――インベントはルベリオという人間に興味が無い。
――インベントはルベリオというモンスターには興味がある。
モンスターならば、狩らねばならぬ。
理性的に考えれば死地に飛び込むような状況でも立ち向かう。
それがモンスターを狩るということだからだ。
**
インベントの両の手に握られた双剣、『死刑執行双剣』。
切っ先が平ではあるものの、小型モンスターならば一撃で狩ることが可能。
先ほどまでのインベントは武器を持たず、徹甲弾や炸裂弾は使用してきたがどこか舐めた戦い方をしていた。
ルベリオにとっては、そんな戦い方はとてもインベントらしい戦い方なのだ。
どこか人をおちょくったような、見下したかのような戦い方――それはクロの戦い方である。
ある意味、ルベリオがインベント本人と戦うのは初と言っていいのかもしれない。
(さっきまでとは雰囲気が違うねえ。
入れ替わったのかな? いや元に戻ったのかな?)
ガルガインという人物を真似し、『道』に辿り着き【停止】のルーンを得たルベリオ。
経緯は違うがインベントもまた『道』に辿り着き新たにもう一つの【器】を手に入れている。
インベントに複数の人格があったとしても驚きはしない。
誰よりもインベントのことを理解している。
そう――自分たちは似た者同士だからである。
インベントは両手を組むように交差させ剣を構えた。
そして軽く飛び上がった後、落下する自重を利用して反発力を発生させた。
動きの起こりは一切無いがそれでもルベリオは反応する。
瞬間的に開いたゲートを見ればインベントがどこに移動するのかわかってしまうのだ。
木々の合間を縫いルベリオの周囲を飛び回るインベントを、ルベリオは余裕をもって見ている。
(さっきみたいにどうしようもない速さではないねえ。
あれはもう人間の動きを超えてたからねえ)
『裏・絶影』に比べれば現在のインベントは遅く見える。
だが、ルベリオは感心していた。
(昔のキミは瘦せて、武器に振り回されるような動きだった。
だけど現在のキミはとても洗練されている。
キミ独特の戦い方を極めるために肉体から鍛えたんだろうね。
重心がとても安定している。左右のバランスが奇麗だね)
積み上げてきた努力が、無駄なく血肉になっている。
ここ数年の努力が目に浮かぶようで、ルベリオは感心していたのだ。
感心し――嘲笑う。
「それでも、ボクには届かない」
インベントは木を通り抜けるタイミングで、手斧を上空に投げる。
続けて右手の剣を柄の長い剣に持ち替え、反発力で発射。
さらに発射した剣を追いかけるように加速し、一回転ののちに回転斬り。
かと思いきや、剣から長槍に装備を切り替えていた。
ルベリオの【停止】を警戒し、間合いの外からの攻撃。
複数の攻撃がルベリオに襲い掛かるが、たった一歩動いただけで飛来する斧も剣も回避する。
そして槍はルベリオの喉にあと数センチのところで槍を持つインベントごとピタリと静止した。
間髪容れずルベリオは槍を奪い取る、と同時に動けるようになっているインベント。
ルベリオは槍でインベントを突こうとするが、すでにインベントは射程範囲外まで移動していた。
ルベリオはつまらなそうな顔で槍を投げ捨てた。
ルベリオは消え入りそうな声で「すごい、すごいな」と呟く。
斧はともかく、剣と槍は明らかに殺しにくる一撃だった。
無視できないレベルの攻撃をフェイントとして織り交ぜた連続攻撃。
もしも【人】のルーンが無ければ、あんな化け物に勝てない。
もしも『道』に届き得たルーンが【停止】で無ければやはり勝てない。
そんなことを思いつつ――
(キミの努力も才能も異常性も全部飲み込んでボクが勝つ。
とは言え、あの一連の動作の中、ずっとボクのことを見ていたねえ。
怖いねえ。フフ、その観察力)
高速移動の中、インベントはずっとルベリオを観察していた。
ルベリオはそんなねっとりと絡みつく視線に、これまた感心し愉悦に浸っていた。
お互い手札は見せ合った状態。
あとはどのように手札を使うのか? もしくは相手の手札にどのような対策を講じるのか?
死と隣り合わせの戦いだが、ふたりに共通していることはどちらも楽しそうに戦っている。
ルベリオが思っているように、ふたりは似た者同士なのかもしれない。
似た者同士だからこそ楽しく殺し合いができるのだ。




