理解不能な主人公
一度前に使用した『裏・絶影』。
インベントは連続移動し衝撃に耐えている最中での僅かな違和感。
それはインベント本人しか気づかないほどの小さな違和感だった。
細い糸で引っ張られているかのようなとても小さな力。
だが『裏・絶影』の歯車を狂わせるには十分な力だった。
しかしながらその力の正体が、ルベリオから発せられたものか判断できなかった。
だが今回は違う。
(身体が動かない)
例えるならば歯車を狂わせるのではなく、歯車を完全に停止した状態。
明らかにこの世の理から外れた力がインベントに降りかかっていた。
瞬きもできない状態のインベントに対し、ルベリオの拳が迫る。
インベントは咄嗟に自らの腹部に徹甲弾を発射した。
「ぐへっ!」
吹き飛ばされるインベントだが、どうにかルベリオの攻撃からは退避することができた。
「おろっ?」
続けて倒れる前に丸太が地面から現れ、インベントの臀部を押し上げた。
宙に浮いたインベントに対し、小刻みに、少し乱暴に上空へと浮き上がっていく。
「に、逃げろ!」
乗っ取り状態はすでに解除されていたが、クロはなんとか一言発した。
クロは大慌てだった。だがインベントは首をひねる。
『や、やばいやばい!』
『どうしたのフミちゃん』
『どどど、どうしたもこうしたもあるか!
あの野郎止めた、止めたぞ! 人間を止める能力!? 時間停止!?
どっちにしたってやばいやばい! ざけんな! チート能力じゃねえか!
逃げるぞ! くっそ、こんなことならしっかり自動離脱プログラム準備しとくんだった!』
クロは大きく浮上させたインベントを、ルベリオから離れるように移動させようとするのだが――
『んあ!? なんだ? ゲートが開かねえ!? おいおい! こんな時になんだよ!?』
『ふ、フミちゃん?』
一目散に逃げようとするクロだが、ゲートを使用することができない。
ルベリオがなにかを仕掛けているのか? と思ったがすぐに原因を突き止める。
『ベ、ベン太郎が……』
『え? どうしたの?』
『ベン太郎がゲートを二枚とも使用している』
『え? え?』
インベントは二つの収納空間を持っている。
そして二枚までゲートを展開することが可能である。
シロもクロもゲートを使用することが可能だが、条件がある。
それは、インベントがゲートを使用していないことであり、インベントが使用しているゲートの権限を奪うことはできない。
『なんで……なーんでベン太郎はゲート二枚とも使ってんだよ!
これじゃ私にできることなんて……そうだ! おいシロ!』
『な、なに!?』
『信号出せ! カシオペアと北斗七星! 連打で出せ!
緊急事態だ! ベン太郎乗っ取ってさっさと逃げるぞ!』
『で、でも……』
『うるせえ! さっさとやれ! まじで……下手したら死ぬぞ!』
鬼気迫るクロに対し、シロは気圧され渋々納得する。
そして乗っ取りの許可を得るためインベントに対し星座を模した光を何度も提示する。
だが、インベントは一向に反応してくれない。
あろうことかゆっくりと落下していく。
『くっそ、なんでだ!? さっさと逃げないといけないのに!
こんな時にアイナっちがいれば、中継してもらうのにい!』
『ね、ねえフミちゃん』
『なんだよシロ。さぼらず星座連打しとけ』
『サボってない! ちゃんと星座出してる!
……でもそんなに危険なの? あのルベリオって人』
クロは大きく溜息を吐いた。
『未知数だよ。だが少なくとも超高速移動するベン太郎を停止させた。
停止だぞ停止! 物体の停止なのか時間停止なのかわからねえけどな。
どう考えてもやばいだろうが!』
『う、う~ん、確かに強そう……』
『ったく! 事の重大さわかってねえだろ!?
停止能力だぞ!? ザ・ワールドだぞ!?
妥協院もルナレポフもやられたんだ。
あとはグルルドとか。グルルドはベジーダがいたからどうにかなったが、チートなんだよ。停止能力なんてよ』
『え? え?』
クロは乱暴に髪を振り乱す。
『とにかく停止能力なんてまともに相手にしちゃだめなの!
くっそ……あんな能力隠しもっていたなんて……!
そもそもいつゲットしたんだ!? まさかもともと持っていた?
バカな! 使えるなら昔の時点で……そうか二回目に現れたタイミングでは使えるようになっていたのか? だから自信満々に……』
苛立ちながらルベリオを考察するクロを、シロは心配そうに見ている。
クロは再度大きく溜息を吐いた。
『ハア……事の重大さがわかってねえみたいだから説明するよ。
ルベリオの能力は少なくとも人間を停止させる能力だ。
いや……そういえば徹甲弾を無傷で受け止めてたな。あれも物体停止か……クソクソ!
人間を含む物体を停止させる能力ってとこか。多分な』
『多分?』
『そりゃそうだ。だってあんな能力を使えるやつ他に知らねえ。
つまりオンリーワンな能力の可能性が高い。
収納空間とか念話とか装備品を強化したり身体強化する能力は少なくとも複数人いた。
ルーンにレアリティがあんのか知らねえけど、一人だけしか持ってないルーンなんて無かった。
だが物体を止める能力なんて他に見たことない。だからなにができるかなんて全容はわからねえよ』
『そっか』
『ああいうオンリーワン能力ってのはラスボスの能力なんだよ。
仲間の犠牲とか、一度敗北することで全容を暴いて、対抗策を練ったうえで主人公が倒すってのがセオリーなんだよ。
正直初見殺しだ。マジでさっきのタイミングで死んでもおかしくなかった。
タイマンやってる場合じゃないってのが理解できたか?』
シロは不満げに頷く。
『シロはアイツを排除したがってたから逃げたくねえんだろ?
だけどな、あの停止能力の射程範囲はどれぐらいだと思う?
もしも10メートル以上だったら、近づいた瞬間に停止させられて終わるぞ?
効果時間は? もしも一分以上だったら無抵抗で死ぬぞ?
ベン太郎は自分をぶっ飛ばして解除してたけど、クールタイムがもしも一秒以下だったら?
連続で停止させられたら終わりだ。
わかるか? 能力のスペックがわからねえ以上勝負にならねえんだよ』
クロは両手をキーボードに叩きつけた。
『あああ、もう!
なのにどうしてベン太郎は逃げねえ!
どうして……ああ~近づいていく! 乗っ取りも拒否するんだよおお!』
クロの叫びは虚しく幽空間に響き渡る――
****
ルベリオは眺めていた。飛び上がって逃げていくと思われたインベントを。
しかし、ゆっくりと落下してきた。
「ボクの力を見た瞬間に、一目散に逃げた。
恐ろしい判断力だよね。ほんと、恐ろしいね」
森林に紛れインベントの姿は見えなくなった。
だがルベリオはインベントの位置を正確に把握している。
立ち止まり何かを思案しているようだ。
そして――
「へえ……歩いてきたよ。これはフフフ、本当に予想外の動きをしてくるねえ。
ボクに勝てる算段でもついたのかな? それともほかの理由かな?」
見えないインベントが近づいてくる。
ルベリオは拳鍔を擦り合わせ、甲高い音を響かせる。
「フフ……フフフ。さて、どうしようかな。楽しいな……楽しいね」
高揚感に心躍るルベリオ。
そして木々の陰から現れたインベントに対し笑顔で迎えた。
「やあ、おかえり」
インベントは表情を変えず少しだけ首を捻る。
目の前に羽虫でも飛んでいるのか、時折手で払うような動きをするが、その表情からは感情が読めない。
じっと観察するように見つめてくるインベント。
(余裕? まさかねえ。
ボクの【停止】は驚いただろう?
それとも……まだまだ対抗策があるのかい?
それとも本当に危険性を理解していないのかな?)
ルベリオはじっと観察してくるインベントを観察し返す。
上空に逃走するときは、明らかに焦っていたはずのインベントがここまで落ち着き払っている理由がわからない。
だからルベリオは――
「どうだったかな? ボクの切り札は?」
インベントを揺さぶることにした。
「キミに負けたことで手に入れた……わけではないんだけどまあキッカケはキミだよ。
だから絶対にキミを殺す時に使おうと思っていたんだ。
でもまあ、すぐに仕留めるべきだったねえ。
『星天狗』もだけど、空に逃げられると追う術がない。
本当に厄介だよねえ。厄介だよ。フフフ」
ルベリオは優しい笑みを浮かべた。
そして淡々と語りかけるのだ。
「だから逃げてもいいよ。
ボクはやっぱりキミを殺せる。
ある意味満足したよ。だから逃げていいよ。
でもさ、キミは絶対に殺すよ。
これからは手段は選ばない。
寝てるときにサクっと殺してしまおうかな。
まずはその前に、キミの大事な女の子から殺そうか。
それとも親? それとも仲間?
……でもキミって仲間とかいるのかい?
まあいいや。全員殺してあげるからねえ、フフ、アハハ」




