18手
『裏・絶影』に目を回していたインベントだが、大分落ち着いてきた。
ルベリオは衣服の土を掃い、息を整えながら言う。
「――失敗だったね」
「ああん?」
「想像以上の超高速連続移動だったよ。
あれは初見じゃ防げなかったかもしれないねえ。いや防げなかったかな。
事前に決められた動き? いやはや本当に恐ろしいねえ。本当に奥の手を隠していたなんてさあ」
ルベリオはおもむろになにかを取り出し、両手に装着した。
「武器? メリケンサックか? にしては小さいか」
「拳鍔だよ。結構値打ちものらしいよ?
通常の拳鍔は指四本を守るような形状だけど、ボクのは二指だけ」
ルベリオは両手に拳鍔を装備し、左掌をインベントに見せる。
そこからゆっくりと小指、薬指と畳んでいき――
「拳撃ってのはさ、指二本だけでいいんだよ」
そういって中指と人差し指を畳み、親指を添えた。
とても綺麗な握り拳である。
「カカカ、素手がポリシーかと思ってたけどな」
「普段は使わないねえ。使う必要が無いからだけど……まあモンスターを躾ける時には使うよ。
目とか柔らかいところ痛めつけてもいいんだけどね。
しかし……フフ、人間相手に武器を使うなんて初めてかもねえ。
別に卑怯では無いよね? キミは全身防具……というよりキミの速さだと全身凶器に近いよねえ。いやはや恐ろしい。ああ恐ろしいねえ」
笑うルベリオには不気味さがある。
対抗策があるのか? それともただのブラフなのか?
クロは判断する術がなく、不毛なので考えるのをやめた。
クロはルベリオは『裏・絶影』に対応できないと結論付けた。
どれだけルベリオの能力が高かろうが速度の暴力で押し切れる。
しかし『裏・絶影』はインベントの身体の耐久力を無視した技であり、何度も使用できる代物ではない。無駄打ちすればインベントが先にまいってしまう。
「チンタラしてる場合じゃねえか」
クロの勝利を確信する思いと、焦りが入り混じる。
強敵であることは間違いない。だがルベリオの性能のプロファイリングは完了している。
(メリケンサック使おうが、多少攻撃力がアップした程度だ。
身体能力は高いし、なにより物の怪並みの先読みと探知能力は厄介極まりない。
だからといって『裏・絶影』に対抗できるか? 先読みしようがスピードの暴力には敵わねえよ)
「カッカッカ」
クロは『裏・絶影』の動きをプログラミングした。
その数32回。
(スピードで撹乱しつつ、一旦距離をとる。
――と見せかけて徹甲弾(飛び道具)で牽制しつつ強パンチでフィニッシュ! これだ!)
「いくぜえ、ベン太郎!」
インベント本人の口からインベント本人に対しての呼びかけ。
クロは『裏・絶影』のルートを光で提示し、インベントは身構える。
後方に飛び退いた後、すぐに『裏・絶影』を発動する。
『32……31……30、29、28、27……26、5、4、3、2、1……20』
クロのカウントダウンと合わせ、インベントは徐々に加速し、直線的な動きに緩急を織り交ぜながらルベリオに接近する。
『19、タン、タン、タン、タン、タン、タ、タ、タ』
雷のように激しく、ルベリオの周囲を旋回する。
ルベリオはどうにか反応しているが、クロからは隙だらけに見えた。
『タン!』
インベントはルベリオの背後をとった。
『タタン!』
強襲! ――と見せかけて距離をとる。
『タン、タタン、タッタッタ!』
徹甲弾を射出し、と同時にインベント本人もタックルを敢行。
徹甲弾とインベント弾の二重攻撃。
防げるわけがないと思うクロ。
だが万が一防がれたとしても、その術をつまびらかにしてやろうとじっくりルベリオを観察している。
あっけなく倒せるのか?
それとも多少ダメージを受けつつ回避するのか?
よもや完全回避してしまうのか?
しかし予想外の展開が待っていた。
「痛!」
インベントはダメージを受けて声を上げた。
だがルベリオの反撃を受けたわけではない。
『距離をとり徹甲弾を射出し、と同時にインベント本人もタックルを敢行』するはずだったのだが、射出された徹甲弾は明後日の方向へ。そしてタックルするはずのインベントは後方へ倒れ、大地に頭を強打した。
頭が白黒するインベントは後頭部を押さえながら、ルベリオを見る。
すでにルベリオはインベントのほうを向いており、見下ろしていた。
その表情は無表情そのもの。
インベントは目を細めルベリオを見つめる。
(なにか……されたのか?)
インベントは冷静である。
だが――
『ハ? ハ? ハ? ハアァ? ハアアアァ!?』
心中穏やかではないのはクロである。
『ちょ、ちょっと待て。何が何が何が起き、待て待て。
と、飛び道具はどっかに飛んでいくし、ベン太郎はずっこけた。
は? アイツがなにかやったのか? それともベン太郎がしくじったのか?
それとも――――いやいやいやいや』
クロは自分自身が失敗した可能性が脳裏によぎるが、頭を振ってかき消した。
『どこだ、どこでミスった? いやアイツがなにかやったのか?
わかんねえ……絶影が失敗するなんて想定していなかった』
明らかに焦っているクロにシロは恐る恐る声をかけた。
『大丈夫? フミちゃん』
『大丈夫じゃねえよ! わけわかんねえ!
どういうことだ? なにか見落としてんのか?』
クロは必死に理由を探す。
原因が自分以外であって欲しいと思うからだが、それは原因が自分自身である可能性が一番高いからと思っているからである。
『アイツがなにかした感じはしなかった。
だったらこちらサイドに問題がある……のか。
絶影は繊細な技だ。タイミングが狂えば空中分解しちまう……』
クロは原因を探す。
インベントが負荷に耐えられなかったのか? それともクロ自身がなにかミスをしたのか?
だが万が一にも失敗するとは思っていなかったため原因を探る材料が乏しい。
全く想定していなかった分、クロは狼狽してしまっている。
そんな中、ルベリオは喋り出す。
「それにしてもさ。本当に恐ろしい技だねえ。
このボクでも追いきれない動きだったよ。人生で背後をとられるなんて初めてだ。これは屈辱だね。屈辱だよ。
でもまあ、自滅してくれるんだから笑っちゃうねえ」
インベントは――インベント本人は「自滅」と復唱する。
インベント本人は、自滅などしていない――と思った。
だがクロは、そうだ自滅させてしまった――と思った。
その感覚のズレを埋める術はなく、ズレを修正することもなく時は流れていく。
クロは大きくインベントを後退させた。
「カカカ、さっきは手数を増やしすぎちまった。
今度は20……いや18手で仕留めてやんよ。
し~っかり耐えろよ~ベン太郎」
インベントは『裏・絶影』の衝撃に備えた。インベントは僅かにもクロを疑っていない。
先ほどの『裏・絶影』は32回だったがラスト10回のタイミングで失敗してしまった。
だからこそ先ほどよりも10回以上少ない回数の『裏・絶影』。
(ニヤけ野郎を警戒しすぎた。
ちゃちゃっとフィニッシュだ。
回し蹴りで決める。掠っただけでも大ダメージ!)
『18』から始まるカウントダウン。
一気に距離を詰め、ルベリオを飛び越える。
(斜め上からの攻撃だぜえ~!)
ルベリオは微動だにしない。
反応できないのか、反応する必要がないのか。
ルベリオの周囲を高速移動し、最低限のフェイントののち回し蹴り。
18手で終わるはずの連続移動攻撃。
だが――カウントダウンの折り返し『9』の時点でインベントの動きは止まる。
ルベリオの横をすり抜けていこうとしたタイミングでピタリと止まった。
わずかに浮いた状態で静止したインベント。
だが『裏・絶影』は起動し続けている。無意味にゲートが開き虚空から丸太が顔を出してはすぐに閉じていく。
まるで時が止まったかのように感じるインベント。
無風のため木々は揺れていない。そしてルベリオも動かない。
異変に気付いたクロは『PAUSE?』と思わず呟いた。
だが、この世界はゲームではない。時が止まっている訳では無かった。
ルベリオの身体は微動だにしない。だがまるで人形のように首だけが回り、インベントを見たのだ。
そして、ずっと無表情だった表情から笑みが零れる。
――いや笑みが溢れる。悪意とともに。
「――イサ」
なにかを呟いたルベリオ。
ルベリオの右手に嵌められている拳鍔が怪しく光る。
予告通り、インベントを殺すための一撃が、動けないインベントに迫るのだった。
ザ・ワールド! 時よ止まれ!




