QTE
上空からルベリオを見下ろすインベント。
「さて師匠。どうしますか?」
どこか他人事に話すのはインベント本人。
首を回しインベントは笑いながら話す。
「カカカ。ここからけっちょんけちょんにしてやっからな」
自信満々に話すのはクロ。
一つの口を使って交互に話している。
『ねえ、大丈夫なの? 本当に大丈夫なの?』
心配そうなシロだが、その言葉はインベントには聞こえていない。
インベントにはシロの不安な想いがなんとなく伝わってくる。
「けっ! シロはうるせえぞ。
ちょっとばかし想定外だったが――」
『本当にちょっとばかしなの? 炸裂弾は対人用なんでしょ?
全然通用してなかったけど……』
「うるせえ! ちょっと想定外だっただけなの!
クックック、安心するがいい。すでに勝利への道筋は見えている」
自分自身の口から発せられた言葉に「おお」と歓喜の声をあげるインベント。
「あのニヤケ野郎は確かに強い。先読み能力は物の怪レベルだ。
炸裂弾も完全に先読みされて、範囲攻撃なのに回避しちまうなんてまったくムカつくぜい」
インベントは机をドンと叩くように右手を振り下ろす。
「裏をかくのが難しいことは把握した。それは確かにその通り!
だがしかし! だからと言って手がないわけではない!
ここからの作戦はずばり、『QTE』だッ!」
『え? きゅーてぃ~?』
「違う! 『Q・T・E』だ!」
『アルファベットなんだ……なあにそれ?』
「知らねえのかよ。
クイックタイムイベントだよ!」
『え? 何の話?』
QTEとはゲーム用語であり、画面に表示されたコマンドをプレイヤーが素早く入力するイベントである。
基本的には入力に成功すれば、相手にダメージを与えるなどプラスのイベントになるが、失敗してしまうと逆にダメージを受けたりする。
「モンブレでは無いけど、画面に『上、三角、下、丸』みたいに表示されるんだよ。
それを時間内に入力できれば成功。間に合わなかったり間違ったら失敗」
『う~ん、なんか見たことあるかも……。でもそれがどうしたの?』
インベントは下にいるルベリオを指差した。
「カカカ、これからアイツに『QTE』を仕掛けるんだよ。
アイツは先読みができる。つまり言うなれば私の攻撃――コマンドが見えてるってわけだ!」
シロは『なんか強引』と茶々を入れるがクロは無視する。
「『QTE』ってのは見えているコマンドを入力するだけの単純なイベントだ。
だが! 難易度設定によっては失敗する人続出だ!
ユーザーから怒りの声が上がることも珍しくない!
クソゲー扱いされてしまうこともしばしば!
さてさて、どうして失敗するかわかるか!? シロ!」
『え? う~ん……焦っちゃうからかな?』
「うむ! それは正解だな!
突然画面にコマンドが表示されても、心の準備ができていないから焦ってミスる。あるあるだ!
加えてコマンド数が多いとより難しくなる。
更にコマンド入力時間が短くなれば、難易度は爆上がりってワケ。
事前に覚えておかないとどうしようもなくなるクソイベになっちまうわけよ。
そもそも『QTE』なんて爽快感も無いしなんで取り入れるか意味不明だ、某運営さんよう! カカカ!」
インベントにだけ見える光がクルクルと回り、ルベリオにフォーカスする。
インベントは目を見開いた。
そしてクロはインベントに語り掛ける。
「いくぜえ、ベン太郎。
今からアイツに仕掛けるのは理不尽な『QTE』だ。
先読みされても構わねえ。スピードと手数で翻弄してやるからな~。
――振り落とされるなよ」
そう言ってインベントは落下する。
落下しながら「――『裏・絶影』」と呟いた。
『絶影』は超高速の連続移動である。
ゲートの開閉をクロに委ね、事前にプログラミングしておくことで、本来ならば不可能な実現不可能な連続移動を実行する。
インベントはゲートに指をなぞることで動きを選択。
そしてゲートを閉じた瞬間、『絶影』が発動する。
インベントは指示さえ出せば後は身構えておくだけの技である。
だが『裏・絶影』は――
「ヒヒヒ、行くぜえ」
インベントは――インベント本人はあるものを見て身構える。
光の線が見えたのだ。
すぐにインベントは理解する。
『絶影』はインベントがクロ側に指示を出して発動する。
しかしながら『裏・絶影』は発動前にクロからインベントに対して光を見せる。
その光は言うなれば予告である。その予告を見たインベント本人は息をのむ。
(な……なんか動きがすごく複雑な気がしますよ……師匠?)
光の線の形状。
それは、波のような曲線から始まり、突如稲妻のようなキザギザの線に変わる。
『絶影』よりもより複雑怪奇な動き。
そして複雑であればあるほど……身体への負担は跳ね上がる。
インベントの身体は優しく前進するが、インベントは衝撃に備え全身に力を籠める、歯を食いしばる。どれだけの衝撃が襲ってくるか想像もつかないからだ。
そして連続して加速していく。まるでジェットコースターの急降下前のような気分。
対するルベリオは警戒し構えをとっていた。
そしてインベントの幽結界内にルベリオを捉えた時――
インベントは弾けるように加速し、ルベリオの周りを飛び回る。
ルベリオは【人】のルーンでインベントの位置をしっかり把握している。
ゲートの開閉も確認しているため、動きを予測することもできている。
だが、どれだけ予測しても追いきれないほどインベントの動きは常軌を逸していた。
身体の正面をインベントに向けようとしても、あまりにも速過ぎた。
「くっ!?」
インベントが蹴り上げた土がルベリオの服を汚し、顔にかかる。
咄嗟に目を守るが、口に土が入った。
そして直接的な攻撃はせずインベントはルベリオから距離をとった。
ルベリオの表情は変わっていた。
それは驚きなのか、恐怖なのかわからないが、緊迫感は伝わってくる。
インベントは――
「ぐ、ぐ、ぐへえ」
『裏・絶影』の衝撃にインベントは目を回していた。
そもそも『絶影』でも連続移動による肉体のダメージはあるが、『裏・絶影』は『絶影』と比べると倍近い衝撃。気を抜けば自爆してしまうほどに激しい。
なにより、目まぐるしい動きは脳の処理が追い付かず、視界がぐらぐらと歪む。
「かーっかっかっか! どうだこの理不尽な『QTE』は!?
さすがのオマエでも反応できなかったみたいだなあ? ええ~?
……おええ」
啖呵をきるクロ。
吐き気を催すインベント。
「なんだか、キミも辛そうだけどねえ」
「へへん、これぐらいどうってことは……ないぃぃぃ」
『裏・絶影』を発動したことによる強烈な酔いをどうにかやり過ごすインベント。
呼吸を整え、身体を落ち着かせていく。
それに対しルベリオは、口に入った土を吐き出し、服についた土を掃っていく。
そんな時――
(あれ? なんだろう……なにか、う~ん)
インベントはなにか違和感を覚えていた。
その違和感の正体がなにかわからない。
だが、その違和感は決して嫌な予感の類では無かった。




