過去を越えて
無理ゲー、死にゲー、クソゲー、マゾゲー。
どれも高難易度が過ぎるゲームの総称である。
何度もゲームオーバーを経験し、敵のパターンを覚えていくことでなんとかクリアできる難易度――いやクリアできる気がしないゲームもあるが……。
ライトゲーマーお断りなゲーム。
もしくは初見殺し。
快適な冒険を進めていたら突如現れる凶悪なボス。
明らかに強すぎてテストプレイしたのか疑いたくなる。
そしてセーブ地点に戻されて呆然としてしまうのだ。
理不尽な展開はゲーマーの心を折ってくる。
だがゲーマーは決してくじけない。
何度倒されようと死に戻り、経験を蓄え、攻略情報や攻略動画で学び、理不尽を乗り越えていく。
もしくはプレイ動画を眺めてクリアした気になり、心の中では勝利する。
そんなゲーマー魂はインベントにも受け継がれている。
どれだけ強いモンスターが現れても、観察し、弱点や突破口を見抜いてきた。
――しかし、まさか自分自身が攻略対象になるなんて思ってもいなかったのだ。
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ルベリオは特異な探知能力を有している。
かくれんぼならば誰にも負けない。
そして探知能力ゆえ、危機管理能力も長けている。
危険に対し誰よりも早く反応できるため、危険が近づいてくれば逃げればいい。
君子危うきになんとやらである。
ルベリオは勝てない勝負はしない。
当然ロメロには近寄らない。
クラマにも近寄らない。真っ向勝負すれば負けない自信はあるが仕留めきれない可能性があるからだ。
もしもルベリオが臆病者だったならばインベントと出会う事さえなかっただろう。
だがルベリオは刺激を求めていた。
と言っても勝てるかわからない相手に果敢に挑むタイプではない。
弱すぎず楽しく遊べそうなレベルの相手を求めていた。
そんな都合の良い存在が過去のインベントだったのだ。
どう見ても弱そうなのにアドリーが仕留めそこなった存在。
だが目論見は外れ、インベントに完膚なきまでに負けてしまう。
予想を大きく上回る戦闘力と、人が変わったかのような異常性に翻弄され負けてしまった。
ルベリオは自信が最強だとは思っていないし、最強を求めてもいない。
生まれ持った才だけで十分強い。
ただの暇つぶしでインベントと戦ったが目論見が外れ敗北を喫した。
それは人生で初めての経験だった。
だから――異様に人生初の敗戦に執着した。
クロが気持ち悪いと感じたのも無理はない。
インベントの戦い方は非常識の詰め合わせのようなもの。
たった一度の戦いで攻略される代物ではないはずなのだ。
だが執着心はルベリオに火をつけた。
インベントの動きを思い返し、【器】について学び、靄がかかっていたインベントの輪郭をくっきりとさせていく。
頭の中のインベント相手なら、自信をもって勝てると言えるほどに。
**
「ウフ、フフフ」
不敵な笑みのルベリオ。
「カハ、カハハ!」
不遜な笑みのインベント。
どれだけルベリオがインベント対策を練ってきたとしても負けるとは微塵も思っていない。
ルベリオがどれだけ積み重ねてきたかはわからない。
もしもオセラシアで再開したあの日――アイナが刺されたあの日に再戦していたならばもしかすれば負けた可能性はあるのかもしれない。
それでもインベントたちがこれまで積み重ねてきた時間が、ルベリオに劣っているとは全く思えなかった。
ルベリオを指差し「少しは強くなったみたいじゃねえか」という。
「フフ、まあキミを殺せるぐらいにはねえ」
「へっ! 減らず口だな。
こっちにはいくらでも強力な手札があるんだからねえ」
「へえ~、それは楽しみだね」
ルベリオの悪意がシロを不安にさせ、その不安がクロに伝わる。
クロはシロを安心させるため「とりあえず一撃喰らわせてやっか」と自信満々に言い放つ。
大きくバックステップし――
「いくぜえ~! 突進技からの下段強キック!」
あえてなにをするか提示し、提示通りの行動をとるインベント。
その動きは先程までより大振りであり、ルベリオは余裕をもって回避する。
「サマーソルトキック! からの~落下技!」
着地したインベントはまるで獣のように両手両足を大地へ。
「おりゃー! 連続下段キック!」
インベントの両脚は大きく旋回しルベリオの下半身に迫る。
とは言え雑な攻撃であり、避けるのはたやすい。
インベントの下段を中心にした攻撃の意図をルベリオは理解した。
そして――あえてその企みに乗ることにした。
「よっと」
ルベリオは足払いを真上に跳躍し回避する。
「今だッ!」
インベントは両手で大地を叩く。
すると丸太が、大地から生えるようにルベリオに迫る。
ルベリオならば受け流すこともできた。
だが、やはりあえて企みに乗る。
「ほっ」
丸太を踏み台にし飛び上がり、ルベリオは大きく跳躍した。
翼を持たぬルベリオはふわりと浮き上がり、頂点に達した後は落下してくるだろう。
そう――落下するまではルベリオは自由に移動できない。
「カッカッカ! 喰らえ! 波動砲!!」
ここぞとばかりに徹甲弾を発射するインベント。
浮き上がったルベリオに対しての遠距離攻撃。
これは一度目の戦いの際にルベリオを仕留めた攻撃である。
笑みを浮かべるインベント。だがまともに命中するとは思っていない。
(前回は武器を使わないって油断させといてからの飛び道具だったからな。
ま、さすがに二度も同じ手は食わないだろうが……完全回避は無理だ。当たりはするだろ。
受け流すか……それとも回転していなすかな?)
そろそろ一撃当てたい。
目的はシロを安心させるため、そしてクロの好奇心である。
過去に仕留めた攻撃をルベリオがどうやって克服するのか?
ルベリオは徹甲弾に対し左手を伸ばす。
クロは受け流すのだろうと予想した。
だが予想は外れる。
「ハァ?」
あろうことかルベリオの左掌に徹甲弾は直撃したのだ。
直撃した徹甲弾をルベリオは掴み、そのまま地面に降り立った。
ルベリオは徹甲弾を目線の高さまで掲げ――
「へえ~、重たいねえコレ」
と左手から右手へ。右手から左手へひょいっと投げた。
さすがにクロも戸惑いを隠せない。
その視線はルベリオの左手へ。
(掌が砕けて、腕が複雑骨折しても不思議じゃねえ。
……無傷? 強がってる? いや……んなバカな)
ルベリオは「返すね」と左手で投げた。
徹甲弾をキャッチした手から、ずっしりとした重さを感じる。
間違いなく発射された徹甲弾は片手でキャッチできるような代物ではない。
(なんだ……なにかしやがったのか?)
頭の整理が追い付かない予測不能の事態。
ルベリオは表情を変えず、ただただインベントを見ていた。
ただただ――悪意を垂れ流していた。
初見殺しと言えばガットゥーゾかな。