相思相殺
インベントは現在、非常に浮ついた状態である。
ルベリオが「ボクたちの仲間にならない?」と言えば「なるなる~」とホイホイ寝返ってしまう状態。
『モンスターを創れる』という一点で、『星堕』は魅力的な組織なのだ。
ルベリオが父の属する輸送団を襲ったことなど、綺麗に水に流してしまうほどに。
ここがターニングポイントだったのかもしれない。
インベントにとっても、ルベリオにとっても、そして『星堕』にとっても。
少しだけ過去に遡る――
ルベリオは、人型モンスターであるオクトゥと亀のモンスターを連れてやってきた。
インベントが岩と合体したドレークタイプモンスターと勘違いしたのは、イング王国に大型の亀が存在しないからである。
目的は輸送団にちょっかいを出すため。
理想は全滅だが、イング王国からオセラシア自治区への移動が危険であることが伝わればそれでよかった。
ルベリオの異常に広大な探知範囲に輸送団が侵入してきた。
ルベリオは「やっと来たか」とつまらなそうに欠伸をした。
(さて……どうしようかな。
アドリーみたいに手駒を失うのはかっこ悪い。
こちらは無傷で、あちらだけにダメージを負わせたいよねえ。
護衛もついているだろうし、とりあえず引き離してみようかな)
ルベリオはモンスターを連れ、相手の探知範囲に入るであろう地点で待機していた。
そして予想通り護衛隊はモンスターを排除するために停止した。
(釣れた釣れた)
追ってくる護衛隊。追ってきた分だけ後退するルベリオたち。
護衛隊には二名の【人】のルーンを持つ隊員がいる。
どちらも優秀だが、ルベリオの【人】のルーンとは性能が違い過ぎた。
探知範囲も精度も桁違い。
それはルベリオの努力の結果ではなく、天賦の才である。
(うん、【人】はふたりかな?
左のほうが少し探知範囲は広いみたいだねえ。
この場所が探知範囲ギリギリのところか。
フフ、迷ってるねえ。
それじゃあモンスターを五歩前進させてみよう――
お、釣れた釣れた。ハハハ、バカだなあ)
手に取るように護衛隊の動きは読まれ、弄ばれる。
そして輸送団から引き離すだけ引き離した後――
突如消えるルベリオ。
護衛隊の探知範囲の際を嘲笑うかのように駆け抜けた。
そして、亀のモンスターを輸送団目掛けて突撃させた。
慌てふためく護衛隊を更に混乱させるため、あえてオクトゥとともに探知範囲に侵入した。
そして釣られたのがラゼンと【人】の隊員である。
全てはルベリオの掌の上。
ラゼンが思った以上の強者であったが、それでも想定の範囲内。
全てが想定内のはずだった。
だがオクトゥと泥仕合をしているラゼンを見物していたその時、誰かが高速でルベリオの探知範囲に侵入してきたのだ。
ルベリオは息を飲んだ。
(――真っすぐ来る。
これは空を飛んでいる動き。
クラマ? ふふ、そんなわけ無いよね。
方角がイング王国からだもんねえ。
それにクラマなんかより速い)
「アハ、ハハ、アハハハハハ!」
突如笑い出すルベリオに、怒声を浴びせるラゼン。
オクトゥとの戦いの合間を縫い、斬撃を飛ばしてくるがルベリオは見もせずに躱す。
(近づいてくるのは、ふたりだ。
背中に誰かが乗っているねえ。
いや~、素晴らしいね。素晴らしいよ。あの時と変わらない。
凄いなあ、どうやって……助けたんだろう? あの女。
いや、他の女かもしれないね、まあどっちでもいいけどサァ)
ルベリオは自然と指を鳴らし始めた。
ポキポキと。
ゆっくりと入念に両手を揉みほぐしていく。
「やっと――あの時の続きができるねえ。
やっと――殺してあげられるねえ」
それはまるで刃を研ぐように。
研ぎ澄ました刃で獲物を屠るために。
あの日、オセラシアでアイナを刺した後、インベントを殺す予定だった。
うやむやになってしまった決着をつける時がやってきたのだ。
**
亀のモンスターが瞬殺されたとき、ルベリオは嬉しそうに頷いた。
戦い続けるラゼンとオクトゥのことなどどうでもよかった。
「あ、そうだ。どうしようかな。
どうやってインベントをここに連れてくればいいんだろう?
フフ、フフフ、始めた会った時みたいに木でもぶっ倒せば気付いてくれるかな?
でもあれだなあ、邪魔者も一緒にやってきそうだ。
あ~悩ましいな。こちらから出向こうか。
う~ん……困ったな。困ったよこれは」
だがルベリオの心配は杞憂に終わる。
運命の糸で結ばれているかのようにインベントはルベリオがいる方向へ歩いてくるからだ。
興奮したルベリオは、急いでラゼンと同伴していた女を気絶させた。
運命の再会を演出するために。
アイナを連想させるための小道具として。
インベントに、自身がアイナを刺した憎い相手であることを思い知らせるために。
しかしインベントは乗ってこない。
おかしい。
だが、ラゼンを邪魔者扱いした。
ルベリオは安堵した。
インベントには復讐の炎が燃えているに違いないからだ。
ふたりっきりになれば、すぐにでも殺意を剥き出しにして襲いかかってくるに違いないと。
おかしい。
『オクトゥは人間の時の名前?』
『モンスターを創ってるの?』
『ラーエフに会いたい』
おかしい。おかしい。おかしい。
まるで世界が捻じ曲がっている。
インベントにとってルベリオは、ただのルベリオになってしまっている。
憎悪も嫌悪もなにも無い。
興味も持ってくれない。
ラーエフに会うための水先案内人扱い。
数年前の出来事が夢か幻だったかのように。
そんなことは許されない。
ルベリオがインベントのことをずっと忘れなかったように、インベントはルベリオを憎んでいなければならないのだ。
だから――――理由は後にした。
****
「ラーエフのところに連れて行ってあげるよ」
「本当に!?」
「さ、こっちだよ」
インベントに歩くように促すルベリオ。
インベントはうきうきと歩き出し、ルベリオに背を向けた。
ルベリオは自然と息を殺していた。
(ラーエフを殺させるわけにはいかないからね)
インベントがラーエフと会いたい理由はわからない。
だがインベントはルベリオを憎んでいる。
ルベリオが所属している『星堕』も憎んでいる。
憎んでいる相手には危害を加えるのは当然だ。
(仲間を殺させるわけには――いかないからねえ!)
仲間意識なんて持ち合わせていないルベリオ。
そんな些細な事はどうでもよかった。
理由なんて後付けで構わない。
事実があれば理由は自ずとついてくるからだ。
ルベリオの手がインベントの延髄に迫っていた。
殺し合いをすればいい。
だってボクたちはお互いを殺したがっているのだから。




